第〇〇七三話 アネクドート・暗殺棍デバチーン
デバチーンは、王都に入った。
(予定より一時間遅れか。昼飯が遅くなってしまうぜの)
デバチーンが、本部から預かった命令はただ一つ。王国にマフィアの影響力を見せつけろ、だ。
これまで、そのためにとる具体的な行動は、タオとかいう、王国における陰の実力者を始末することだ、と主張されてきた。
しかしそんな程度では生温い、王国を牛耳るのにかえって時間がかかると、デバチーンは考えている。
「タオなんぞ、後でもいいと、ユニトータの頭に伝えるぜの」
デバチーンは、マフィア・マウントースシンジケートの幹部だ。
実力主義のマウントースでは、血を流しての手柄が評価され、地位の決定は稼いだ金嵩に依った。
高い地位はだれからも狙われ、常に命の危険が付きまとうものであるため、上位の者ほど実力を持つのは当然の摂理だ。よってトップ三人は獣人であり、スリートップの周りに座すのは、組織内の者が強制排除部隊と呼ぶ九人の実力派幹部。
デバチーンはそのうちの一人であり、このように第一線に出された場合、現地におけるすべての命令権を掌握することになるのだ。
マフィアの強制排除部隊とは、暗殺銃、暗殺薬、暗殺刃、暗殺毒、暗殺針、暗殺拳、暗殺経、暗殺骨と冠される実力者の集まりで、暗殺棍と呼ばれるのがデバチーンである。
各自、自分の殺し道具を冠につけていた。
しかし本当の切り札を、ときに敵にもなりうる他人に見せびらかすバカはいない。いや中にはいるかも知れないが、自分はそうではないとデバチーンは思う。
たしかに必殺の棍棒を振り回したときの殺戮能力は、部隊の実力者の中でも右に出る者がない。とはいえもっとも自分が恐れられるのは、その頭脳によるものと自負している。
だから今回、王国の一番槍に差し向けられたにもかかわらず、デバチーンの評価が序列九位であるのはかなり不満の種であった。
頭脳の良し悪しというものは、それを正確に測れないのがいけないのだ。
「しかし好機なので、可能であれば強力な手勢を借りたい、という要請でした」
「なら連れてきた、麻薬強化人間が八体いるぜの? 三体もいれば、四~五十人くらいの相手ならできるはず。あれに貸してやるぜの」
ユニトータの頭の名前は、マヒルだったかマヨナカだったか ── はっきりと思い出せない。
なぜならユニトータなど、デバチーンにとって取るに足らない存在でしかないからだ。どだい護衛の兵士すらもたない、ごろつきの親分を殺るのにどれほどかけるのか。マフィアの一員なら、真っ先にそいつが処分されるところだ。
昨夜も調べがいいかげんで、抹殺対象を取り逃がしている。マフィアの中では、そのような失敗など決して許されない。
トップクラスであっても、失敗即粛清と言うルールがあまりに徹底し、厳しすぎるために無能な者でも、上位にせり上がってくる。そうしたケースも決して珍しいものではなかった。
デバチーンは、トップスリーの獣人の中にも少なくとも一匹、生き延びるのがうまいだけで昇りつめた、半端者がいると考えている。
それでも、マフィアの中枢は獣人が占める組織だ。ただの人間が下手にトップスリーに紛れ込んだが最後、横あるいは斜め下から、どんな足をすくわれるかわかったものではなかった。
「それより、こちらの襲撃の準備は整ったぜのか?」
「はい。後はターゲットの将来的な危険性によって判断される、襲撃決行の是非と、いつごろターゲットが動くのか。その二つを、エージェントから連絡があるまで待つのみでしょう。今から二時間もあれば、通りの周囲の民家はすべて占拠し、お取り寄せいただいた爆弾も、あらかた仕掛け終わります」
「ご苦労ぜの。まずは、懐柔の可能性を確認しろと本部がうるさい。それは確実に裏をとって、歯向かうというなら ── おめえたちは追い立てるだけでいいぜの」
「はっ、心得ておきます。それについてもターゲットと、デバチーンさまの前に立つ者には手を出さないよう、エージェントにしっかりと伝えておりますので」
まあ、こちらはこちらでもっとも効果的な一撃を振り下ろすだけのことだ。常には地下でごそごそしているモグラを叩いても、国民にはモグラが死んだかどうかわかるすべもないだろう。その程度の人間を生かしておいて、何の障害になるというのかと頭をひねらざるを得ない。
そんな枝葉の刈り取りよりも、マフィアに逆らうとどれほどの不幸が身に降りかかるかを、王国中の人間に一度で思い知らせる。この一撃が、なにより大事なのだ。
ではここ、王国における不幸とはなにか?
この国の未来の希望であると、王室や貴族、そして賎民が信じている、王国の『至宝』と呼ばれてきたものをぶち壊せばいい。即座にすべての国民が、明日への希望を失って、マフィアの前に膝をつくはずだ。
「すぐに、自分たちの弱さを知らしめてやるぜの。殺すのもいいが、かわいがるのも ── 好きぜの」
他の暗殺階級の中には、麻薬などを使って廃人にまで追い込む者もいるが、デバチーンならそんな下手はしない。かわいがると言えば、もちろん力で屈服させることしか考えてはいなかった。
だがそれが、マフィアに逆らうというなら逆だ。そしてしっぽを振るやつらだけは、手なずけて飼い殺してやってもよい。国や国民は、自然とそれについてくるだろう。
これまでもそうやって、他の国や領地を支配下に組み入れた。王国に対しても、その手段は変わらない。この国の王は、女しかなれないと聞いている。
つまり明日の希望も、若い女ということだ。それを飼い殺すのか否かは、たまたま本日その意向を確認できる機会ができたらしい、エージェントの連絡を待つのみである。
(ひねりつぶすのには暖簾に腕押しだ。だがそれはそれ、逆らうと決まったなら、熟れた果実のように棍棒で潰してジャムにしてやるぜの!)
デバチーンは、そんな恐ろしいことを考え、舌なめずりしながら、自慢の棍棒を磨くのだった。




