第〇〇七二話 路地の葬儀について語る王配
ラーゴを伴う外出準備が整ったのは、昼まであと二時間をきったころだ。
お忍びと云う話だったが、市街の治安は悪化の一途をたどりつつあるという、悪い噂も聞こえていた。また年始も近づき、ガニメデの泉の復活祭を控えて村里からの出場者同士や、王都で力自慢を名乗る者との間で喧嘩が頻発する。
そんな事件もしばしばあるため、日ごろよりも厳重な警戒が必要ということになったからだ。
まだ十分落ち着いたとはいえない城内。やや浮かれた気分も流れ込み、何事が起こるかわからない状況で、近衛隊からマーガレッタ隊長を出すわけにはいかない。幸いゴードフロイの待機軍には余裕があるため、ほとんどを教会軍で固めることとなる。
一応お忍びという体裁から斥候二名、主力七名、一般兵士と精鋭を十二名、しんがり三名にゴードフロイの腹心の部下を部隊長として、二十五名ほどの部隊が編成された。もちろん影鍬も二名張り付くが、それは兵力に数えられていない。
予定より一時間以上も遅れたため、第一の訪問先であるレオルド卿が王城まで迎えに来た。そして卿の鹿車のキャリッジに同乗して向かうことになったようだ。もちろん帰りは殿下単独を想定し、もう一台空のキャリッジがついてくる。
本日は、ミリンの父にあたるレオルド卿の飼育小屋訪問が、建前上メインの訪問先であった。それもラーゴを、年末には孵化する両足蛇の卵に会わせ、生まれた後に仲良くさせるため、親にも慣らしておこうという話らしい。孵ったら、両足蛇の親子のほうを城内に連れ帰る予定だが、今はまだ孵化前で動かせないので、ラーゴを連れて行く段取りになったのだ。
考えてみればトカゲと蛇を会わせるために、二十人からの兵を動かすのは、納得できない話じゃないか、と余分な心配がよぎる。さらには迎えに来たレオルド卿が同行するに至り、十人近い護衛が増えた結果、けっこうな大行列となってしまった。
キャリッジの中には随伴する教会軍兵士の司令官と、レオルド卿、ミリンとラーゴといった顔ぶれである。どこかに影鍬も張り付いてはいるのだろうが、ゆったりと六人座れるキャリッジ内部に、決して窮屈な感じはない。
人数が多いからというわけではないのだろうが、当然一行は大通りを進んだ。城から延びる大通りを抜け、噴水のある市民聖堂前の広いロータリーの交差点を曲がる。その後しばらくは、やや狭まった通りを進まなければならない。
二本目の路地の先に、ラーゴが昨日目撃した、殺人事件の現場が見えるところを通り過ぎようとしたとき、レオルド卿が声を上げた。
「ちょっと、停めてもらえないか」 レオルド卿が御者に命じて鹿車を停車させると、キャリッジから降りる。そして周りの護衛に少し声をかけると、そのあたりの家から出てきた婦人になにかしら尋ね、すぐ戻ってきた。「出してくれ」
「どうされましたか、レオルド卿?」
ミリンを警護するため同乗した、ゴードフロイの部下 ── ヨセルハイというらしい ── が尋ねる。レオルド卿が、鹿車の通り過ぎかけた路地奥を窓越しに指さすと、そこはラーゴの記憶に刻まれた昨日の殺人現場だった。
「知りあいの事務所だったところなんだが。 ── どうも事件があったようだ」
「事件 ── ですか?」
怪訝そうな声を発したのはミリンだ。路地奥の事件現場の建物では、いわゆる葬儀の準備が進められている。現場の建物の前には机が並べられ、山のように積みあげられた多数の献花が窺えた。
「すまない、もう一度停めてくれ」 路地奥が見えなくなったあたりで、再び鹿車を停車させたレオルド卿は、扉だけを開けた。キャリッジの目の前にいる花売り娘に声をかけ、扉の前まで来るように指示すると、キャリッジの周囲に付き従う護衛が囲みを解く。「その花をすべて、あの葬儀に‥‥」
そう言うと金袋から、大きめの銀貨を取り出し手渡した。ラーゴ感覚で十歳前くらいの娘は、無言で首を振って拒絶する。どうやら、声が出せないらしい。そこへ先ほどの婦人が、走り寄って来る。
「すいません、旦那様。この子、しゃべれないもんで。でも、いけませんや旦那様。こんな大金じゃお釣りもだせないし、そもそもこの界隈じゃ通りの決まりで、献花は一人一本までと決められているんですよ。しかもあちらは、そういうことに義理堅いおうちでね‥‥」
「それは失礼した。だが一人一本にしては、献花がただならぬほど集まっているのだね」
「そりゃあ、みんなタオさんの身内にはお世話になってましたからねえ。亡くなったのはハヤジさんっていう、タオさんの片腕だった人だから、そりゃあ、このくらいは集まるさね」
「なるほど、実は僕も昔からタオさんには、お世話になっていてね。ハヤジくんとも面識はあったのだが ── そうか、亡くなったのか。しかも僕はこういう身分のものでね、どうか釣りはいらないから、それでハヤジくんの弔いをよろしく頼むよ」
そう言いながらレオルド卿が婦人になにかの章を見せる。すると銀貨を押し戴いた夫人は、それ以上の固辞が不敬にあたると了解し、深々とおじぎをした。もちろん、花売り娘の態度も大差ない。すぐにレオルド卿は扉を閉めて、御者に進むように告げる。
「レオルド卿の、知己だった方ですか?」
「そうだね。ずっと昔からの知り合いだ」
ラーゴは、鹿車の後からついてくる護衛隊の向こうに視界を切り替えた。見えるのは、先ほどの婦人から声をかけられ、、献花机のほうへうれしそうに歩いて行く四~五人の花売り娘たち。
「それでタオさんと言われるのは、昨日のお話に出た人ですか?」
「そうだ。きみ ── 、あーヨセルハイくんだったね。これは王国の暗部の話で、口外無用にしてほしいのだが‥‥」
「はっ、心得ております」
レオルド卿は、やはり平民情報に詳しい人だったようである。
ミリンが生まれる前、先王がもととなった王国動乱後の時代に、衛士の組織が弱体化してしまった。一方兵隊崩れなどの野盗が村や都市にも現れ、当時はとくに王都の治安状況が地に落ちていたようだ。
そのとき市民と商人の市を無法者から守るため組織された、自警部隊の中心にいたのがタオだと説く。
他にも港から流入する、危険な輸入品の積み卸しや、無法な流入者を毅然として阻止してきたのだ。同時に、巡業芸能団や格闘演技団などの保護や、国内移動における警護を支援するため、集めた荒くれ者を擁して対応した。そうして長い間、国内秩序の形成や復興に一役買う事業を、広げてきたのだと解説する。
「実際、僕たち為政者がやらなければならないことを、代わってやってもらってきている、と思っているんだ」
「わたしが生まれる、ずっと以前のお話なのですね」
レオルド卿は肯定し、さらに話は続いた。真王が即位するとハルン大教会本部が北ハルン王国改め、グラン・シァトゥルの支援を開始する。マーガレッタや大司祭たちが派遣され、王国の復興に尽力した。
都市の治安が改善してからは都市内の衛生事業や、都市間の護衛任務などにあたっていく。培われた腕でモンスター緩衝地帯における、高級スポーツ場 ── 高原球技を管理。国外酒や海外の進んだ陶器類などを、輸入販売するといったまともな事業で、王国内に一大組織を築いたのがタオだそうだ。
「僕の領地は王国の西の果てにあるだろう。商人たちが王都からの道中、世話になっていてね」
「それで、お付き合いが‥‥」
そのタオが、事業を発祥させた事務所こそ、先ほどの場所だという。事件は昨日深夜に発生し、何者かが集団で魔法の武器を持って乱入、一人が死亡、十人が負傷したらしい。
最盛期は二十人以上が寝泊まりする宿舎兼事務所だったなどと、護衛にあたる兵士が調べて知らせてきた。
「狙われたのは、タオだと思う」
「なぜですか? それほどの人徳ある方が‥‥」
元はその組織の一部門であり、過去に犯罪や暴力行為をやったと咎められ、タオに破門されて独立したのが結社ユニトータだ。現在、市の出店権益など縄張りを横取りしようと、タオの組織に抗争をしかけているらしい。
しかもユニトータは、国際的に蔓延るマフィア、マウントースシンジケートを後ろ盾にする。最近では、殺傷能力の高い魔法道具 ── 魔法銃も装備しはじめていた。
いざこざが起きるたびに死傷者が続出。タオの事業組織が弱体化するにしたがい、街の治安は悪化の一途をたどっているというのが、昨夜の話の背景だと締めくくった。
(─ ── 今朝の悪漢たちは、あくまでそこの一兵卒的な存在だな)
ラーゴは今朝の騒動で、もとよりならず者が誘発した魔族の暴走とはいえ、間違ったことはしなかった自信をもつ。
「タオに恩義を感じるものはいても、恨みに思うのはそいつら一派だけだろう」
「 ── 本当に王都の地下では、すでに恐ろしい陰謀が暗躍しているのですね」
「ヨセルハイくん、きみたちも市街地に出る機会もあるのだろう。気を付けると同時に、王都駐在の間は、ミリン ── ミリアンルーン殿下のことをよろしく頼んだよ」
「はいっ。もとより王国の平安のため、派兵されました身でございますので‥‥」
少しのんきそうな男に思えたが、そのときばかりは張り詰めた気を発揮し、軍属らしい発言で返すヨセルハイ。
そんな周囲の様子を感じていると、ラゴンに仕掛けておいたアラームから、他人に呼びかけられたというコールがあった。




