第〇〇六三話 再会、ダメッ娘優等生とうっかり劣等生
ラーゴは驚いた。
冬の朝日とはいえ直射日光の下、自分で結界を張って飛んできたとみえる。
クラサビが問う。
「あなたはええと‥‥」
「遅れてすいません、0032番です」
ダブルオー ── しかも上位者だとわかる番号だが、今までの推薦者と違い、クラサビに対し敬語で答えたのをラーゴは見逃さない。さらにはそう言って、クラサビを見たカマールは、明らかに動揺した。おきまりで意識を見せてもらうと、いつもとは違う驚きがある。
{もしかして、9037? 生き延びて、それにきれいになったのね。きっと幸せなんだわ。よかった ──}
なるほど、昔どこか ── おそらく魔王城 ── で遭ったことのある、再会の驚きってやつか、とラーゴは理解した。
「いいよ。入れてあげて ── 。もうそろそろ、終わってたんだけどね」
「す、すいません。わたしドンくさくって、えと、えと、うっかり場所をまちがえちゃったみたいで‥‥」
ぎこちない返答に疑問を持ち、たえず意識透視を行なっておくことにする。
{本当は彼女に聞いた場所が違ってたからだけど‥‥}
他人のせいにするといった、言い訳はできないタイプのようだ。
クラサビが、0032を人の姿に変えたとたん、そのいで立ちに驚きの声を出す。
「あなたー」
クラサビのほうは、知り合いだと確定しかねたようだが、それよりも彼女の見た目に驚き声だ。たしかに、前半の娘たちのそれと比べてみすぼらしいものの、遅刻といい、なにか事情がありそうに思える。クラサビが文句を言いだしてはと思い、フォローのつもりで口をはさんだ。
「めずらしいスタイルだね」
{はずかしい、いくら魔力不足といってもこれじゃあ ──}
本人には、フォローにならなかった。
「あ、あ ── すいません、ちゃんとしてくればよかったんですけど、すいません。そういうもんだって知らなくって!」
ちゃんとするには、魔力が足りない? ラーゴが千里眼で透視ると、残量はゼロに等しかった。魔力保持限界は ── クラサビに比べればはるかに大きいと思われるものの、それを調べる方法の用意はないので、聞くほうが速い。
「魔力は、かなり持ってたんだよね? 対人間比魔力保持容積はいくつなの?」
「たぶん六十‥‥」 まわりから驚愕の目が集中する。「八あります」
人の魔力を一としたペスペクティーバの基準でいうと、彼の魔力の倍をさらに超える。それは、まわりの気持ちもわかるというものだ。ちなみに隣にいるラージナンバー9644の意識は ──
{エリート以上って、化け物?}
(─ あぁ、エリートが五十に満たないんだったね。まあ、吸血鬼の君も化け物だよ)
などと思いながら、0032に聞く。
「じゃあ、どうして今は ── いいかな、言っちゃって。魔力残量、一ないよね」
ざわっと顔色の変わる、クラサビたち。
「すいません、わたしドジなんです。つい、余分なことに魔力を使って、どんどんなくなっちゃったので‥‥」
心を覗くと、そうではないのはわかる。そして、先ほどの面接に落ちた娘の意識とも一致した。
「 ── 嘘、つかなくてもいいよ。みんなにあげた、いや、とられちゃったんだね」
「うううぅ‥‥すいません、すいません。わたしダメっこで、友だちもほとんどいなくって。みんながこんなときは魔力を分けてっていうもんだから‥‥つい。でも、いつものことなんで‥‥」
泣かれると、少し困ってしまう。ふと疑問に思い、クラサビに耳打ちする。
「ウイプリー同士で、魔力授受ってできるの?」
「エェー、ウイプリーは吸った血を魔力に変換しちゃうけど、変換前の血ではなく、その魔力をやり取りできるって聞いたことないわ。魔族同士でも魔力のやり取りができるのは、一部の種族だけっていうし。彼女の生来固有能力だと思うわ。でも、あげられるだけだったら、それは辛い能力よね」
大量の対人間比魔力保持容積があっても、他人のタンク代わりに使われるだけではかわいそうだ、ということらしい。だが一方で、周りへの慈愛にあふれていないと生かせない力でもある。
そのとき気がついた。0032の眼に、ペスペクティーバと同じ以上の光があるのを。もちろん聞いていた通り、ウイプリーにはほぼ全員単純な透視能力 ── 十里眼の力が見える。しかし0032の眼には、もっと強力な力があるのだ。調べてみると自分に対して×〇・一、いわば百里眼といったところだろうか。それに、どの程度のことができるかはわからない。今日見てきた女の子たちすべてが十里眼レベルだったので、少なくともそれよりは千里眼に近い能力があるとみていいだろう。ただし魔力が枯渇している今、おそらくこれは機能してないように思えた。
「ここへ遅れたのも?」
「ごめんなさい、集まる場所も間違ってたみたいで、もう一度エリートさまのところへ連絡したら、遅いと怒られて。それから残った魔力で結界を張ってここまで‥‥」
百里眼に加えて、やはり結界も張れるようだ。しかも気持ちは『間違ったのは自分のせいにしておこう』といっている。それはなぜか、気になった。
「『間違った』場所を教えられた、そうだね」
「 ── だけど、わたしに嘘をついた娘も、きっと悪気があってやったわけじゃないんだと思います。自分が主様の役に立ちたいから。わたしみたいなダメっ娘に来てほしくなかっただけなんです」
「それ ── つまり相手の気持ちがわかってしまうんだね」
その言葉にうなずく0032。いや絶対、本人は悪気があってやっていると思えるので、心底の根性までは読み切れていないと思うが。やはりある程度、相手の気持ちは読めるようである。
この娘を敵に回すのは危険だ。懐柔し、他にも何ができるかは聞いておかないと、自分の気持ちも読まれてしまう。
「あなた! それで怒ってないの! バカじゃないの!」
クラサビが声を荒らげる。自分と変わらない弱い考えが、他人事とは思えず許せないのだろう。
「怒れないの。だってその娘もきっと、心を痛めながら嘘、ついてしまってるのよ。解るもの。それにわたしが困ってたら、きっともうしちゃいけないって思ってくれるはず ── 。あなただって、そう言ったじゃない9037!」
そもそも血も涙もない魔族を集めたのだから、その性根を攻めるつもりはさらさらない。だがさきほど退場してもらった女の意識を見る限り、騙して魔力を奪ったことに、そんな殊勝な気持ちは認められなかった。0032は魔族にあるまじくヒトがいい ── いやヒトではないのだから、このグループの中において、しっかり『バカ』がつく部類だ。
それにもし、本当に自分の口からそう言ったのであっても、劣等魔族として辛酸をなめ尽くしたクラサビは、そこまで脳天気じゃない。おそらく、自分を慰めるための方便として漏れた、『あきらめの言葉』に過ぎないだろう。
「あ ── あなた、あたいのこと‥‥」
「覚えてるわよ、今、部屋に入ったとき、すごくきれいになったって、びっくりしたんだもの」
ようやく本心が素直に言え、クラサビも思い出したと見える。二人とも笑顔で見詰め合っているが、今にも泣き出しそうだ。
「もう一人、合格者が増えたみたいだね」
0032の素養は間違いないだろう。顔やスタイルの見た目から、クラサビの仲間たちに差をつけようという気もなさそうだ。きっとクラサビや他の娘たちともうまくやって行けるに違いない、とラーゴは確信する。その声で、クラサビの目からも涙があふれ、0032はもちろん、残りの二十一人も、ほとんど涙ぐんでいた。
「いいメンバーが、集まったみたいだ」
「わたし、使ってもらえるんですか? みんなと一緒に ── お役に立てるの ── ?」 クラサビも、自分と0032の顔を交互に見ながら、満面の笑顔だ。0032が、オートマトンに跪いて誓いをたて始める。「主様、0032は今日から、この身が灰と煙に還る日まで、わたしの絶対服従以上の、超魔忠誠を奉じてお尽くし申し上げます」
それを皮切りに、全員から同じような誓いを立てられる。もちろん、クラサビからもだ。きっと今朝クラサビから言われたものより、たいそうな誓いなのだろう。クラサビまでもが、そちらに乗り換えていた。後でその意味は、クラサビに確認する必要がある重要要件、と心にメモしておく。
「ありがとう、ボクはそれほど慕われることをしたとは思わない。だけど、キミたちががんばってくれるなら、きっとみんなで幸せになれるよう、一生懸命やるからね。そんなボクを、クラサビと一緒に支えてほしい。よろしくお願いします」
と頭を下げると、どうも当惑顔が並んでいる。トップたるものが、下手に出すぎてドン引きされた感じだ。魔族社会においては、あまりにも謙虚すぎてもよろしくないと見える。それから数字ではわかりにくいし、名前が与えられる評判は良さそうなので、一人ひとりに名前をつけてあげることにした。たしか社内のモチベーションアップに、社員同士がニックネームで呼び合う組織が存在したという覚えがある。
まあ、名前のセンスはないため、クラサビにならって既成知識から聞いたような名前になる、数字の語呂合わせで考えて行こう。
(─ 9644は、く、ろ、で四はスーとも読んだような気がするので、『くろすす』省略して『クロス』かな。9350は『クミコ』0はカットだ。9071は『クレナイ』で‥‥)
こうして二十二体のウイプリー全員に名前がつき、クラサビを加え二十三人の親衛隊ができあがった。
ラーゴは面接が終わった後、オートマトンから親衛隊メンバーへ血液を供給する作業に入るが、とくになにもすることはない。クラサビがオートマトン ── ラゴンとラーゴの関係や、これからの血液補給の手順などを詳しく説明してくれているようだ。面接も終わり、この場はしばらくみんなに任せておいても問題ないと判断する。
一方、何かあったとき知らなかったでは困ると思い、ペンディングにしていた緊急アラームのシステムに着手した。自分からコピーした意志決定呪文暗号の中に、幾つか見つけた緊急対応呪文暗号が呼び出される部分の冒頭に暫定部分修正を行なう。これはオートマトンの操縦者へ、データが戻る処理の追加にすぎない。
書き換えはペスペクティーバの研究から推察された通り、心にその変更呪文暗号 ── いわゆるコンソール生体呪文があった。それを起動して、外部からはプログラムをエディタで修正するごとく、割と簡単に変更は完了する。
(─ こういう修正を加えると、システムの他への影響が気になるなあ。やはり、検証や呪文暗号のドキュメント化を、行なうツールプログラムの開発は急務だ)
もちろんこれは、バックアップがとれるオートマトンだから可能なのだ。生身の人間に対し、余分なことをして精神や身体に異常が出たら困るので、安易にやってよい作業ではない。またペイストボウドは幾つかあるし、必要と言えば増やせるだろう。これからもこまめなバックアップは必須だ。
もしも今のように『人間の呪文暗号も書き換え可能』という事実を、だれかに教えることがあったとする。そのときこの話は、必ず伝えておくべき重要事項だと、相続者の智慧が大声で叫んでいると感じるのだった。




