第〇〇六四話 クラサビ◆不運な強請りグループの敗退
クラサビは面接後に開始された血液エネルギー配分中、外からの乱入者を察知。順番ラストのミツが吸血を行なう最中の、ベッドルームに飛び込んだ。
そこでクラサビが見たのは、ミツのあらわな姿の上に覆いかぶさった、主様の化身とも言えるラゴンの姿。
そんな場所へ、鍵を外から開けた男たちが侵入してきた。
「おい、ここに怪しい逢い引きものが入ったって聞いて、調べに来たぞ!」
屈強そうな男が四人。後ろにはこの宿の主人がこそこそと隠れている。
「そうだ、ユニトータの幹部、モモハデさまの直々のお取り調べだ。お前ら、王国の身分証は持っているか? 手配者じゃないだろうな」
(どうも駆け落ち者とでも間違われて、通報されたのかしら、それとも ──)
クラサビは、どう対処したらいいものかと悩みながら、後ずさりしてベッドルームの中に押し込まれて行く。そんなクラサビを品定めしつつ、男たちの一人が舌なめずりをしながら迫ってきた。
「たしかに上物だ。違法滞在者は、奴隷に売っていいんだよ、ねえちゃん。それとも、もみ消してほしいのかい?」
もちろんラゴンとミツは、もっと状況がわからないはずだ。しかも、ここで正体をさらすわけにはいかない。そうこうするうち下っ端と思われる二人が、ベッドルームまで押し入ってくる。ミツも起き上がって、毛布を引き寄せ、何が何だかわからない様子だ。
「おう! アニキ! お坊ちゃんはもう一人、えらい別嬪とやってますぜ。こっちの姉さんと終わった後、二回戦目か、それとも見せながらっていう趣味かねぇ」
「たしかに、こっちの赤毛も掘り出しもんだが、黒目黒髪でこんな別嬪は初めてだ。マニアに高い値で売れますぜ」
「一人は先にいただいても、かまわないですよね。モモハデさま」
「後でいいから、もう一人も回してくださいよ」
そんな言葉のやりとりで、こいつらが何をやろうと考えているかクラサビたち全員が把握する。
当初はラゴンとクラサビを違法滞在者に仕立て上げ、脅迫し強請りにかけるか、奴隷にでも売り飛ばしてやろうと乱入して来た。だが三人で楽しむ趣味を持つ放蕩息子相手に、代わるがわる肉体を開くような女たちと見たのだからそれではすまない。自分たちでまず味わってからその手のルートへ売り飛ばし、金にしてやろうという下種どもに違いなかった。
自分たち魔族でも、同じ種族の尊厳を、金品に換えようとは考えないのに、ときとして人間は魔族よりたちが悪いとクラサビは思う。
そうしている間にも、黄色いシャツを着た毛深い男が、裸のミツに近寄って手を出してきた。
「やめろ」
男の手を妨げようと、隣に座ったままのラゴンが右手を伸ばしたとき、とっさに男のパンチが飛んでくる。もちろんその手を払おうとしたが、なぜかわずかの差でそれは届かず、軽くおでこにパンチを食らったラゴンはベッドに倒れた。クラサビの血相が変わる。
(こいつ、なんてことを ── !)
そう考えたクラサビの出したかと思える、女の太い声が部屋中、いやこの建物を震わせてとどろいた。
「何をする! 失せろ人間!」
瞬間、黄色いシャツの男と部屋に入ってきていたもう一人の、ゆうに体重百キロ以上はありそうな巨漢の男がその場から吹き飛んだ。数歩後ろの壁にたたきつけられて正体を失う。それぞれぶつかった柱と壁の腰桟は折れて、壁全体がへこんでいた。ウイプリーでは、エリートのレベルでしか使えないと言われるサイキックだ。
魔力の大きさだけでなく、こんな狭い部屋で使うにはかなりの業が必要という。
ただの力業では部屋ごとつぶしてしまい、下手すればラゴンも吹っ飛ばしかねないからだ。ミツは微妙な調節を使いこなしているようで、この距離にいるクラサビでもその発動を感じられない。
やはり十三将を凌ぐのではないかと、若干引いてしまう。外の二人と主人に、動揺が走った。一人は、刃物を持っている。おそらく用心棒だろう。
「やっちまってくだせえ!」
親分らしき男が掛け声をかけると、用心棒が素早くベッドルームに入ってこようとした。今度は、クラサビのキレる番だ。
「バカぁ!」
一秒 ── の半分もかからず、用心棒とソファの部屋にいた幹部の男が崩れ落ちる。心臓に正拳突きの直撃は、巨大猪の突進をはるかに超える衝撃だ。その拳は有り余る魔力に裏打ちされ、ウイプリーの出せる最高硬度は鉄の塊を凌駕する。それが貫いた部分にあったあばら骨は、折れたというより砕けたに違いない。
ちなみに『バカぁ』の声は、いやらしいことをしていたラゴンに向けられるべきものだった。ここへくるまでにラーゴの血の運び屋をしたため、魔力が満タンに近いクラサビ。その怒りの対象になった男たちは、自分たちに害をなそうとした無頼漢だとはいえ、運が悪かったとしか言いようがないだろう。
「アッアーッ、助けてくれぇ」
部屋の外にいた、店主が逃げ出す。その背中を追いかけて、ラゴンの命令が飛んだ。不自然に手もつかず、腹筋だけで起き上がっている。
「逃がすな! とらえろ。隷属も許可する」
たしかに、逃がしてはいろいろ面倒だ。どどっと、階段を落ちるような音がする。主人が、階下に逃げたのだ。しかし、クラサビが急いで追いかけようとしても、駆け出すけはいはない。
(おや? 足でもくじいた?)
── と思っていると、今度はゆっくり階段を上がってくる音。
(なによ、やる気なの?)
階段の上まで駆け寄っていたクラサビは、一目散に逃げた宿屋の主人が破れかぶれで戦う気になったのかと、踊り場で立ち止まった。すると主人の影が登ってくる直前、宙に舞って見慣れた顔が現れる。
「ハァーイ。あっちだよ」
8000 ── ハッチだ。
彼女は対人間比魔力保持容積がクラサビの半分に満たないので、自分の姿を保つ力の節約に、第二次性徴期の子供の姿をとっていた。ただし、少女の身体としても違和感ないよう、ボディが膨らみかけているのを微妙に表現する。それはウイプリーとしての、自尊心がなせる業だ。よからぬ趣味を持つ、おじさん受けしそうな超絶美幼女といえた。
自分のことを『アッチ』という癖があり、一方血液による奴隷を操る術において、この子ほど長けた者はいない。対象を吸血するだけでなく、血管に皮膚の外から触れただけでもその効果を発揮できるうえ、同時に隷属する数に限度を知らないと云う。
(まあ都合よく、ここに来てくれたものね)
「ハッチ、その男はもう隷属済み?」
「もちろん! 階段から落ちたところで、擦りむいたとこをタッチ」
「じゃあ先に、ラゴンさまの前へお連れして。あたいは他にだれか残ってないか見て来 ──」
「この家の中には、もうだれもいないよ」
「見てたの?」
すれ違って、踊り場から下へ降りようとしたが、足を止めるクラサビ。同時に、ハッチたちの動きも止まる。
「うん、あっちねぇ ──」
その言葉をさえぎるクラサビ。
「ねえ、もう名前をもらったでしょ。それもよく似たハッチという名前なんだもの、あっちをやめてハッチにしたら?」
「あぁ、それはいいね。ハッチねぇ、ずっと見てたから」
素直な子だ。 ── と思い、また『ずっと』とはどういうことかと疑問をもつ。
「そうだったのね。でも、ずっとって言うと、あいつらが押し入ってきたときから?」
「違うわ、部屋に入ろうとする前からよ。ハッチねー、吸血した部屋のベッドに、髪留めを忘れたの。仕方なく、取りに行っていいかなーって感じでさ、屋根の上から部屋の中を窺ったら入りにくそうだったんだ。そのまま覗いてたら、こいつらが二階に上がってきて、そこから話を聞いたり、ミツのすごいの見たりで。そしたらこいつが逃げようとしたから、すぐ屋根から降りてつかまえたんだよ」
宿の周囲には、余人が見張りに立っているなどの、けはいはないと云う。若い男女二人ということで、圧倒的な戦力と高をくくったに違いない。では危険はないだろうと、先ほどの部屋に戻るため、三人は階段を上がり始めた。
「それは、タイミングがよかったわね。でも‥‥」
そしてなぜ取りに入れなかったのだろうと、わざとらしく首をかしげる。もちろん、その答えはわかっているクラサビだった。




