第〇〇五九話 クラサビ◆最後の合格者と泪
ウイプリーならだれでも、男が見たら目が離せない身体のラインを誇る娘ばかりなのに、やせぎすで胸もほとんど目立たない。そういう服なのかも知れないけれど、もともと貧相な見た目なら、なぜもっと努力して埋めてこないのかイライラしてしまう。どうしてこの娘が0032で、しかもエリートが推薦してきたのかわからないと、首をひねらざるをえなかった。
「魔力は、かなり持ってたんだよね? 対人間比魔力保持容積はいくつなの?」
うつむいたまま、梳かしていない前髪が顔にかかって見えない表情。だが主様の質問に対して、もじもじしながら自信なさげに0032は答えた。
「たぶん六十‥‥」 自分とともに落ちこぼれ組の目が集中する。「八あります」
下を向いたまま自信なさげなのは変わらないが、その発言に他の受験者たちはドン引きした。
(六十八? エリートだって五十もないっていうのに、なんで六十八なんて化けものがエリートじゃなくて0032なのよ? 魔力勝負なら、十三将にでも勝つんじゃないの?)
「じゃあ、どうして今は ── いいかな、言っちゃって。魔力残量、一ないよね」
主様がこの娘に興味を持っているのがわかると、無いはずの心に嫉妬の火がついてしまう。しかしクラサビにも、興味がわいた。
(どうして? 魔力が枯渇してるって言っても、最低でも二割くらいは残っているもんじゃない? あたいだって、残存二以上はあったのに)
「すいません、わたしドジなんです。つい、余分なことに魔力を使って、どんどんなくなっちゃったので‥‥」
手を前で組んだまま、0032は床にひざまずいて座り込んでしまう。
「 ── 嘘、つかなくてもいいよ。みんなにあげた、いや、とられちゃったんだね」
「うううぅ‥‥すいません、すいません。わたしダメっこで、友だちもほとんどいなくって。みんながこんなときは魔力を分けてっていうもんだから‥‥つい。でも、いつものことなんで‥‥」
主様が自分を伺い、耳打ちでウイプリー同士の魔力授受ができるのか尋ねてくる。だが、吸った血は魔力に変えてしまうウイプリーに、変換した魔力を譲渡する能力なんて聞いたことがない。あるとしたら、彼女の生来固有能力なのだろう。
「ここへ遅れたのも?」
結局主様は、最初から彼女の事情をお見通しのようだ。話の流れから、クラサビにはなんとなくそれが分かった。
「ごめんなさい、集まる場所も間違ってたみたいで、もう一度エリートさまのところへ連絡したら、遅いと怒られて。それから残った魔力で結界を張ってここまで‥‥」
「『間違った』場所を教えられた、そうだね」
「 ── だけど、わたしに嘘をついた娘も、きっと悪気があってやったわけじゃないんだと思います。自分が主様の役に立ちたいから。わたしみたいなダメっ娘に来てほしくなかっただけなんです」
「それ ── つまり相手の気持ちがわかってしまうんだね」
言い当てられ、静かに頷くだけの0032。
「あなた! それで怒ってないの! バカじゃないの!」
どちらかというと自分もだまされる口だ。主様に選ばれるまで、ずっと騙され疎んじられ、それでも力もない落ちこぼれだから怒ったりはできなかった。
自分が困っていたら、相手はもうしないだろうとか、自分自身に嘘までついて ── 我慢ばかりの半生だったと言ってよい。だが今は違う。だから余計、その運命に抵抗しない娘の態度や考えが許せず、つい大きな声を出してしまった。
「怒れないの。だってその娘もきっと、心を痛めながら嘘、ついてしまってるのよ。解るもの。それにわたしが困ってたら、きっともうしちゃいけないって思ってくれるはず ── 。あなただって、そう言ったじゃない9037!」
自分をごまかすために、魔王城でクラサビが漏らした嘘を、彼女も信じてしまっていたと云う。いったい痛める心など、だれが持ち合わせるというのか。周囲はすべて生き鰐の眼を抜く魔族にもかかわらず、とんだ人のいいダブルオーがいたものだ。
「あ ── あなた、あたいのこと‥‥」
「覚えてるわよ、今、部屋に入ったとき、すごくきれいになったって、びっくりしたんだもの」
泪声だった。しかしその表情は、昔馴染みに会えた喜びでほころんでいる。もちろん、自分だってそうだ。
(ああ、あのときの驚きようは ──)
「もう一人、合格者が増えたみたいだね」
主様がやさしい言葉をかけてくれると、クラサビの目からも、魔族には持ち合わせないはずの、涙がひとすじ零れ落ちた。
(合格なんだ。あたいも嬉しい)
他人の痛みがわかる魔族を、見つけたということなのだろう。残りの二十一人も、程度の差はあれ涙ぐんでいた。魔族がないはずの心を打たれ、しかも二十三人ものウイプリーがその感動で泪したなんて。 ── エリートに知られたらなんて言われるだろうか?
「いいメンバーが、集まったみたいだ」
「わたし、使ってもらえるんですか? みんなと一緒に ── お役に立てるの ── ?」
主様は、0032に笑顔で頷いた。クラサビは、自分の愛しい支配者に感激する。
(主様、サイコー)
0032は涙でぬれた顔を拭い、主様に跪いて誓う。
「主様、0032は今日から、この身が灰と煙に還る日まで、わたしの絶対服従以上の、超魔忠誠を奉じてお尽くし申し上げます」
(わぁ、さすがダブルオーは、言うこともすごい!)
現在かけられている絶対服従は、魔族にとって逆らえない戒めだ。それでも、封滅を賭して抵抗することはできる。
しかし、絶対服従以上の超魔忠誠を奉じるといったら話は違った。「魔族としての倫理を超え」自分の意志や信条にそぐわない命令も遂行する。たとえ魂を永遠の牢獄に落として、文字通り消滅という終わりすらない苦痛の中に自分を投じても主に尽くし従う忠誠。魔族最高の誓いと言われるものなのだ。
(その代わり超魔忠誠を奉じた魂には、誓いを捧げる相手に応じた、恩寵がもたらされるとも伝えられているのよね。都市伝説という噂もあるけど)
「わたしもです」
「あたしもお誓いします!」
「アッチも」
「もち私も ──」
「こんな主様になら、あたくしも!」
どうやら魔族最高の誓いも大安売りのようだが、そんな娘たちばかりを集め、その琴線にふれたのだからこの結果は当然かも知れない。
「もちろんあたいも、主様に絶対服従以上の超魔忠誠を奉じると誓います。それにもうあたいのすべては、主様のものだよ」
主様は微笑んで、二十三人全員の顔を確認して云われた。もともとオートマトンには表情はない。そう教わったが、街に送り出す前に行なわれた作業により、まるで人間のような表情の出るまでになっている。だがおそらくはこの誓いの意味は理解できていないので、クラサビはまた時間のあるとき、説明しておかなければと記憶した。
「ありがとう、ボクはそれほど慕われることをしたとは思わない。だけど、キミたちががんばってくれるなら、きっとみんなで幸せになれるよう、一生懸命やるからね。そんなボクを、クラサビと一緒に支えてほしい。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる主様。実際は主様の操るオートマトンだけれど、最高の誓いを捧げた自らの征服者に、これほど下手から出られてはどうしたらいいのか。それは超優等生の0032でもわからないだろう。
感動してまた泣き崩れる0032に、近づいて手を取り、立たせて祝福の言葉をかけると強く抱きしめた。0032もむせびながらしがみついている。
「『クラサビ』ってあのときつけてもらった ── 。あなたの、いえ、わたしたちの主様って最高にすてきだわ。だからあなた、そんなにきれいになったのね」
クラサビは無言で抱きついたまま、何度も頷いて肯定の意志を伝えた。それから一呼吸、また新たに気づいた記憶があり、抱擁を解いて0032の顔に向き直る。
「 ── あなたあのとき、9032って言ってたよね? あなたも嘘つきじゃない」
「ごめんなさい。だって0032なんて言ったら、お料理を教えてもらえそうになかったもの ──」
たしかに0032の性格が、わかる前から番号を聞いたのであったら、自分からは話しかけもしなかったに違いない。もともと0032のほうは、自分を天下無敵の落ちこぼれと知っていても、分け隔てなく付き合ってくれている。なんと差別意識という悪癖は、蔑視されたと思い込んだ側に、根強いものがあるかと思い知るのだった。




