第〇〇五四話 ニセイの悪夢と曖昧宿
あまたの魔族が居並ぶ場所の、玉座にラーゴは座している。いや、座ったというよりは、ラーゴのサイズからいうと玉座に置かれた感じだ。
ほぼウイプリーとの会見時と同様の位置関係で、残存魔族が集まったようだが、その数はおよそ ── 万を超えるのだろう。凝視するのが恐ろしいため、千里眼を駆使して詳細までは確認できそうにない。とはいえいずれも、おぞましい異形の姿をした者たちばかりが並んでいる。
あまりのおぞましさに、逐一確認できないくらいだ。そいつらが一糸乱れぬ形で平伏している相手はだれあろう、ラーゴであった。
沈黙の時間が続く。何かを、言わなくてはならないのだろう。ラーゴの言葉で彼らは飛び立ってこの世界に蔓延し、人類を、獣を、生あるすべてのものを蹂躙して行くのだ。それはどうにかして、食い止めなければならないと焦らずにはいられない。
傷だらけになりながら数で圧倒され、不死身の体を魔族に食い尽くされる美しいマーガレッタ。さらには巨大な牙を持った、吸血鬼に吸血されるミリンや、キラースライムに取り込まれて、溶かされるクリムの姿も見えるようだ。
(─ そんな引き金は引いてはならない!)
しかし自分が声を出さなければ、居並ぶ魔族の中から、ラーゴを失格者として糾弾するだろう。あるいは取って代わろうと考えるような、力ある魔族も出てくるかもしれない。ラーゴが悩んでいる間にも、時間は刻々と流れていく。そこに突然、広大なエリア全体を覆って、鳴り渡るファンファーレ。
「魔王ガレノスさまが、復活されました」
(─ ええっ!)
魔族の整列が真っ二つに割れ、正面にまっすぐの道が付いた。はるか彼方から、あの ── 『食ってしまえ』と言い放った ── 魔王が迫ってくる。そして叫ぶ!
「おまえは偽者だ! だれか、こいつを食べてしまえ!」
(─ バレたー! もうだめだぁー!)
突然目が覚める。
(─ 恐ろしい夢だったー)
窓へ差し込む明るさは、あれからそれほどの時間が経過していないと教えてくれた。目の前にカマールが一匹、千里眼を使って『だれだ?』と思って注視すると文字が現れ、『クラサビ』と表示される。いつもながら、便利な能力だ。
「あ、帰って来てたんだね」
クラサビとわかって、声をかけられたと喜んでいる。だがラーゴの知るかぎり、結界を張って一匹でここまで来れるウイプリーは、おそらく彼女しかいない。
「主様、ちょっと魘されてたよ。短い間だったから起こそうかどうしようかと思ううちに、目を覚ましちゃったけど」
うなされていたのかと驚く。握りしめた前足の内側は汗びっしょりで、口の中はカラカラだ。まさにゴードフロイの、ドスの利いた声で脅されたときのように、一度死んだかと思った。
「ウーン、変な夢を見てね。クラサビは眠らないの?」
「ええ、あたいは夜起きて、普通はそろそろ寝るんだけど、今日はほら、元気バリバリだから眠くないの。変な夢って? どうしたの?」
「それがさ、いろんな魔族が居並ぶ場所。きっとあれって、魔王城の玉座だろうね、それにボクが座っていると、魔王がやってきて、おまえは偽 ──」
「にせ?」
おっとっと、たとえクラサビと心安くなったとはいえ、これはだれにも言えないトップシークレットだ。自分が偽物だなんてわかったら、いまだ六千もいるウイプリー軍団に、何をされるか分かったものではない。ニセ、ニセー、ニセエ、にせい、そうだ。
「にせ、二世なのに何をのんびりしてるんだ! って怒られる夢だよ」
漢字は二世ではなく、『偽』の上に人違いも加わった、『偽違』が正解かも知れない。
「そうね、主様の性格じゃガレノスさまに大目玉かも。でもいいじゃない。主様は血と恐怖ではなくて、主様らしく世界を支配する道へ行くんでしょう?」
(─ そうか、そんなヘタレの跡継ぎながら、それでもがんばっていると云う話になってたんだ)
しかしマーガレッタから、雄雌がはっきりしなかったために発せられた、『二世』という言葉を聞いたおかげで助かった。そんな感謝を思うラーゴ。
それから、クラサビと雑談を交わし、首輪を浮かせることで元気は回復。クラサビはラーゴの血のおかげで、日中活動にも支障ないと言う。さっそく、親衛隊選抜の相談を始めた。
クラサビの特殊 ── ウイプリー基本以外の ── 能力には、十分な魔力が無い他のウイプリーを、自分の魔力で変身させられる。そんなものがあるらしい。カマールのままでも大きな問題はないが、せっかく面接できるのであれば、表情や立ち居振る舞いも重要ポイントだ。
とはいえ、ここに面接希望者をつれてくるのはいろいろ問題だろう。クリムに殺虫剤を巻かれそうだし、連れてくるために日当たりのいいところを、飛んで来ないといけない。いろいろ悩んだ末、オートマトンを通じ、遠隔面接の形で行なおうと考えた。相手も変身した人間姿なら、こちらもそのほうが格好はつくだろう。ただし、面接官は超絶ポーカーフェイスであるが。
オートマトンなら情報隠蔽結界を張って、城外へ出すことは可能だ。たとえいなくなっても、まずここに置いていたのが軍規違反であろうから、騒ぎにもならず、おそらく表沙汰にはされないだろう。
その後、クラサビに協力させてオートマトンの会話実験も実施、及第点を出す。次に場所を考えたが、身分証明の必要な場所は使えない。
「そうかぁ。じゃあさ、この都市には恋人同士や人に言えない関係の男女が、逢うような場所はないのかな?」
つまり曖昧宿というか、カップルホテルのことである。
「ある ── かな? 多分あるだろうね。うん、あると思うよ ──」
なぜか、もじもじした返事だ。やはり若い女の子に向かって、そんな提案はまずかったと反省した。それでも人目にたつところではできないし、貸会議室的なものを借りても氏素性は必要だろう。そう考えたラーゴは、思いきって断行する。
種族間通信でその存在を確認すると、都市内に複数あるようだ。できればもっとも胡散臭い、宿屋のほうも後ろ暗そうな場所がいいだろう。面接の準備は、道々どこかの物陰にいる候補者を、こちらで回収して行けばよい。
ラーゴは、喫緊の方針を立てる。血液の充てんにより、魔力注入なしに動けるようになったオートマトン。次は自律的に稼働できるよう、基本的な動きの強化を実施しなければならない。
町中を歩くのに、人間らしからぬ立ち振る舞いはまずいだろう。今のオートマトンは、人間の骨や筋肉の働きを無視した、機械仕掛けとして合理的な動きになっている。しかし、人間の動きらしくふるまえる呪文暗号を今から考えるなんて、まだまだ魔法初心者のラーゴには時間がかかりすぎた。
(─ そうだ、だれかの動作呪文暗号を、持ってくればいいんじゃないか?)
つまり人間は、魔法の呪文暗号で動いているオートマトンのようなもの、と考えればコピー可能じゃないかと云う話だ。
一応、自分の呪文暗号が、ペイストボウドにコピーして利用できるか、解読を行なう。
それはコピペゴーストに見せられた覚えのある、第八階位の複雑な魔術道具で説明を受けた構造や、オートマトンの構造と変わらない。詳細がタブで分けられ、構造化されているあたりもそっくりだ。といっても、自分の呪文暗号はすぐに使えないことが判明した。ラーゴの動作には、『前足』『後ろ足』『しっぽ』などというものが、頻繁に登場する。
(─ これじゃダメだ。だれか人間のものでないと)
目の前には蚊が一匹、しかも変幻する魔族。屋敷の中は四つ足とか、足のないものとかしかいなかった。すでに夜は明けてしまったし、そろそろみんな起き出すだろう。身体はベッドの中でも、眼だけは覚めているかも知れない。
「ゴードフロイは起きてるなぁ」 せっかくなら、基本動作はちゃんと鍛えられた体の持ち主からいただきたい。そこで、思いつく。体術をゴードフロイがほめていた人、「マーガレッタだ!」
彼女は昨晩遅くまで勤めがあり、昼までゆっくりできると聞いたので、まだ夜が明けたばかりのこの時間なら大丈夫だろう。城内に注目し直し、マーガレッタをサーチすると、ユスカリオが探せたのと同様に、赤い点で発見する。その部屋に千里眼を飛ばし、だれか休んでいるベッドに向かってずんずん近づくと、幸運にも熟睡した彼女が確認できた。
(─ よかった、パジャマらしきものを着てくれている)
女性のだれもが、ミリンのような寝方をするわけではないようだ。彼女は、何事か起これば飛び出すこともあるのだろう。そのまま戦闘状態になっても、女性として恥ずかしい恰好ではない。しかも、さすがに一人部屋だ。枕元には十字架が置かれ、魔除けなのか一種の暖房装置としてなのか、やはり聖泉を引き込んでいる。七百歳には、とても思えないきれいな寝顔だ。
さっそく情報隠蔽結界を張って、気づかれないよう持ち込んだペイストボウドを、ベッドの下に潜り込ませる。小銭を取り出す反対であり、ミリンの部屋でも試したのでそのあたりは問題ない。
「うまく行くかなぁ」
独り言をつぶやきながら、コピペゴーストから教わった通り、まずマルコピを行なった。起きる前には終わらせたいのに、なかなか時間がかかってしまう。それでも昨夜聞いた通り、魔力の大量消費を感じながら完了した後も、マーガレッタは目を覚まさないようだ。一方、自分の魔力消耗に問題はなさそうである。これを再度聖霊の金庫に戻し、他のペイストボウドにバックアップをとってから、一方は取り出した。
「それ、どうしたの?」
「聖霊の金庫、というところに置いてて自由に使えるんだけど、マーガレッタの寝室に入って、それに呪文暗号をマルコピしたんだ」
といっても、チンプンカンプンな様子だ。当たり前だろう。どうも女性の寝室から、何か持ち出してきたのだと思ったらしい。
「どうして、そのマーガレッタっていう女なの?」
「それがね、勇者の人もほめるくらい体術っていうのか、体の使い方がうまいんだって」 さらにわからないふうになった。「まあ、いいからこれから手伝って。これをオートマトンの上に、置いてきてほしいんだ」
そう言われて変な表情になるクラサビ。人の姿に変化し窓を開けると、ラーゴが指定した板 ── ペイストボウドを持って出た。周りを気にしながら、素早くオートマトンの上に置いてきてくれる。
バックアップはあるので、オートマトンの本当に基本的な部分品作動の範囲だけを、逆にペイストボウド側に上書きした。
そして応用動作というか、様々な動きが集まった部分と、それらが利用している多岐にわたるライブラリ、サブルーチン、定義などを全部オートマトンに書き戻す。続いてもう一枚、空のペイストボウドを準備。ここには自分が無意識に行なう反射的な思考とか、論理や会話を司る思考ロジックなども写し、クラサビに置いてきてもらった。これもコピーしてしまおう。
一通り終わった後、自分の呪文暗号をコピペするのに使った、ペイストボウドを全消去。今のオートマトンの内容すべてを、バックアップしておいた。
そしてオートマトンを窓まで動かし、こちらからの制御は無しで話させてみる。あいまいな部分は残るが、一般的には生返事と思ってもらえる範囲だ。
ただし特別に重大なことを言われたら、考え込んでしまうのはいかがなものか。そういったときや、身が危険になった場合のアラームがほしい。他にも対処不可能な問題が発生したら、それを内容も含めこちらに知らせる必要があると思えた。これはオートマトンから目を離す機会ができるまでに、なるべく急いで作りこんでおこう。
ちなみに普通に話が進みにくいのは、一般的な人間同士の会話同様、呪文暗号がアクセスするデータベース、つまり記憶がないからだ。会話の方法は呪文暗号にあっても、その時々に使用する語彙や知識は、記憶域から利用される。
これは心でなく頭脳に記憶されたものであって、ペイストボウドでは移し切れなかった。
オートマトンの脳にも記憶はできるのだが、そのためには生きものと同様、学習は必要だと思われる。というか、そんなふうにコピペで書き換えてしまったのかも知れない。
(いや、このオートマトンは、もともと操縦者のエコー以外自ら考えてしゃべったりしない、という前提で作られていたのかも)
先ほど石を投げた力加減など、オートマトン内の経験記憶はさすがに、千里眼でもわけが分からないバイナリ記録っぽいものだ。ただ同時に、外部の記憶装置をつなぎこむのも、可能らしいということが判明する。
それが、ペイストボウドのようなものかどうかはわからない。ただ、本来記憶を引き出すところに、『データライブラリー』と記述された殺されている行を発見。これは創作者の備忘録のように見えた。
「さて、最後はオートマトンの駆動力だな」
「これは動くくせに、生気は持ってないの?」
生気のような駆動力を生み出すには、肺の位置にあるタンクの中へ、エネルギー価の高いものの接種によって血液を作る。そこに蓄積した魔力から変換した生気エネルギーが、供給できるよう設定されているようだ。
正確にはタンクの二割くらいに、魔力を持つ血液がたまると行われるらしい。それが蓄まっていると、いちいち動作に詠唱して魔力を送り込まなくてもよくなり、自律的に動ける範囲がかなり広がるはずだ。
しかし、これもクラサビの助けを借りて解決する。自分ではいつも過小評価しているが、なかなか役に立つ女だと感心しながら、面接の準備を進めて行くのだった。




