第〇〇五五話 アネクドート・トリオーナイン
会談を終えて、ウイプリー・エリート順列十位のトリオーナインは思う。
ウイプリーの順位を決定付けるのは、対人間比魔力保持容積のレベルだけではない。様々なファクターで、トップに立つにふさわしい個体がエリートとして君臨できる。この選抜には、攻撃能力の多様さや数などを主体に、色々な評価方法が使われていた。
とはいっても、さすがに一万近くいる仲間の、一人一人を順位付けすることは容易ではない。
このため、百位や千位までの順位付けと六千位まで、さらにそれ以降のその他大勢について、順位の決定方法は大きく違う。とくに、最上位であるトリオーとクオドラプルのトップ十体、および百位までの評価は特別だ。
最高位の対人間比魔力保持容積と、知力、判断力、攻撃力、向上心、指導力など、数多くのチェックポイントにおいて判定される。その結果、最高得点を有したものだけが付ける地位であり、エリートと称された。
次に続くのはダブルオーと呼ばれる、同じ優秀さを備えた将来有望な者たちだ。これらは我らトリオー以上の支配層に何事かがあったとき、我等に代わってウイプリーを率いて行く、頼みの綱に控えている。その優等生たちは、各自百体ずつの部下を持ち、部隊長として活躍してきた。
能力の異様な偏りがあって、エリートと比べて劣る者ばかりではない。魔力だけ、あるいは攻撃力や単一の能力において突出するものの、ダブルオー、またはそれ以下の評価を受けた者も少なくなかった。しかるに彼女らはダブルオー以下と評価され、これに甘んじている者ばかりだ。それは彼女らが、ウイプリーとしての統合能力に欠けるからにすぎない。
王都に魔王軍がとりついたあの日、ウイプリー一万のメンバーはすべて召喚主魔王ガレノスさまの、遺言とも言える呪縛をかけられる。その結果、お顔も分からない魔王様の跡継ぎに、絶対服従することとなった。
封滅をかけた交戦の真っ只中、いきなり力を封じられてカマールの姿に戻された者たちは、憤懣やるかたないようだ。とはいえ、もともとウイプリーも召喚魔族も、召喚主無しではこの世に存在しなかった塵芥に過ぎない。
だがその御大は情けなくも、みすみす人間の手に落ちてしまった。産まれて間もなく我等ウイプリーの上に、君臨できる栄誉を恣にしながら、発見してきたのはよりにもよって9037。そんなバカ殿様には、一言苦言を呈するぞとばかり、意気揚々と参内したのだ。
まずは偶然とはいえ、9037程度のうつけものが新たな主様を発見した、というのが気に入らない。これにはクアドラプル以下、エリート全員同意見だった。そこでだれからとも無い案が採択され、魔族には命取りとなる聖域におわす、主様の見張りを頻繁に行なわせようと考える。
低能力者の中にはあろうことか、聖泉に対して耐性を持つものもいる、という噂も聞いていた。だが9037にはたしか、そんな生来固有能力などなかったはずだ。現在、唯一安全に血液エネルギーを補給できる場所 ── モンスターエリアから離れているため、常に魔力欠乏の状態に違いない。
中庭は、たえず聖泉に晒される危険地帯。万が一主様に呼ばれて降りても、腹を空かせて人間に寄り付いて潰されても、合理的に葬ることが可能と考えられた。そうすれば、落ちこぼれが発見できたにもかかわらず、エリートのだれも見つけられなかった汚点を残さなくて済む。つまり我々エリートのプライドに、傷をつけないための高度な措置であった。
しかし、あろうことかそんな9037に新しい主様から主命が下りたのだ。魔脈のない場所で、いったいどんな手段を用いたのか知れないが、十分な魔力の補給をもいただいている。そして我等エリートを、主様のもとに招聘する役目さえ賜ってきた。
(『魔王の跡継ぎは聖脈の力をわがものとし、配下の我らにもその余慶を分かち与える』とは聞いていたが。噂とはいえ、決してまやかしではなかったのかも知れない)
それにしても9037は、自分のことを『あたい』よばわりする戯け者だ。そんなものに、栄光あるウイプリー軍将でエリートと呼ばれる我々が、箱庭のような結界を張ってもらい、参内する仕儀となる。それは屈辱この上ない光景だった。
実のところウイプリーである以上、知性においての優劣はない。落ちこぼれ七千番台以降で、自らを卑屈に思っている者が多いのは、自分たち支配層のすり込みによる結果だ。
エリート、ダブルオー、ゼロナンバー、六千番台までの通常兵士というピラミッドを作ったのはなぜか。しかもその順に、対人間比魔力保持容積・攻撃能力・知性がすべて圧倒的な差を持つと教え込む。それは対人間比魔力保持容積の少ない一兵卒に、下剋上を起こさせないための印象操作だ。
そしてさらにその下に、一兵卒からもさげすまれる『落ちこぼれ』の集団を意図的に三千作った。まともな教育も、受けさせなかった者ばかりだ。一部のこざかしい者を除いて、『落ちこぼれ』はすべての能力に劣ると、心底信じ込んでいるだろう。
(9037はそのからくりにも気づいたのだろうか? いやあれほどのうつけ者、まずそんな心配はいらないはず ──)
とはいえあの自分のことを『あたい』などという無礼者が、主様に不快な思いをさせていないわけはない。そう思って、間接的には上司である自分0009が代表でそれをうかがい、この目障りな落ちこぼれの排斥を画策した。だがそんな姑息な罠を編んでいてよい相手ではなかったのだ。何しろ、第一声からこうである。
「よく参内した、下賤のウイプリーども」
魔王ガレノスさまでも、エリートに対しそんな傲岸不遜な態度を、とられたことはないだろう。ところがさすがに魔王さまが望まれ、エリゴスさまが地上の覇者になると予言した、新しい時代にふさわしい魔族を統治する王者だ。
人間と違い、魔族として発生した限り、その種に起因する知識を持って出現するのは当然かもしれない。とは言うものの、生誕間もなくして己が器量 ── 王としての自覚があるとは恐れ入る。
『下賤』と言われて、いささか不服顔となった我々エリートだが、怒号とともに地揺れが起きたときには肝を冷やした。地揺れは、高難易度級にランクづけられた天変地異魔法とされる。あんな力を使えば城中は揺れ、人間どもには応えたはずだがさほど大きな混乱はなかったようだ。狭い場所を限定し、周囲にそれを感じさせずに起こす地揺れは、天変地異魔法の中でも最高難易度といわれるものである。
その力には9037 ── クラサビも、驚きを隠せないようだった。あれは決して演技ではない。
(その偉大な力を持つ新たな大魔王様が、『平等』の精神を学べだと? あの力の前には、我々エリートも落ちこぼれも大差ないと言うことか、くそっ!)
今回主様に指摘された通り、たしかに今は虫にしか過ぎないウイプリーだ。
それでも魔族は上下関係に厳しい。たとえ同族であっても、エサは偉いものより順に、摂れるだけ摂っていくのがしきたりとなっている。具体的には、ロノウエさま捜索の最前線たるここ王都を離れられないと、王都内の安全な血液獲得場所は、エリートの独占としてきた。『安全な場所』とは希少な使役可能温血獣の飼育所や厩、聖水の世話にもなれず蚊を殺す元気もない寝たきりの人間などをいう。
(これからは自分たちも、一兵卒や落ちこぼれ同様、魔力の薄いモンスターの血を漁って食いつなげというのか)
主様の本来の力が、どれほど強大なものかは未知数だ。たとえ吸血鬼の本領が発揮できたとしても、あの主様から見れば、いつでもゴミ同然に捨てられるかも知れない。これよりは誠心誠意、魂をかけて取り掛からねばウイプリー種の存続にもかかわる。まずは我らの存続計画、そして主様の親衛隊への人選ということになろう。
エリートの一員である自分たちは、与えられた草原地帯での課題に、一刻も早く成果を上げる必要があった。これがかなりの難題であり、しかも責任は重い。
それにしても、なぜ9037のごとき、なんの能力もないウイプリーをお気に召したのか。
9037の特徴としては ── ひとつには長い針を持つらしい。一説に、草原でモンスターから吸血するには有利だと聞く。それでも主様の小ささでは、針が長かったからといって、役に立たせられるだろうか? いやそんなものを利用して、血の流れない魔族の主様を虜にする、などということは考えられなかった。
人間に教えてもらって料理ができると聞くが、くだらない能力だ。本人の魔力が不足でも他人の魔力を使わせず変身させる、という意味のない能があったらしいが、ウイプリー以外に使えたのだろうか。そうしたことが可能なら、ああした姿で生まれ落ちられた主様としては、将来公けの場に出て行くとき重要かも知れない。それだけのためというのも解せぬ?
やはりガレノスさまもお好きであった、いわゆる♀の武器とやらか‥‥ただあんな姿の主様とどのような形で ──
(そうか、主様を人間に変え、それで ──)
ならば、ダブルオーなど能力バランスの取れた者、また美しさを極めた者がお好みだろう。自分だって、なかなか捨てたものではない。
それさえ分かれば推薦組は、目もくらむほどの美形、妖艶、流麗、細身長身、豊満など。超一級品で揃えるようクアドラプルに進言しよう。一方で、9037が編成するのだから、その仲間を含めてやらねばならない。ちょうど引き立て役には『持って来い』ではないか。
9037があのコスチュームでいるのは、実力がないにもかかわらず、胸に谷間を作り上げるためと心得ている。あれは宴を盛り上げようと『ヨセテアゲル』魔術の付与された着衣によって、無理矢理一~二カップボリュームアップしたものだ。
たいした魔力保持限界を持たない者が、ウイプリーの特性、美貌と性的魅力、体型、魅了の力など、これらすべてを充足するなど不可能。しかも9037ときたらあの小さい対人間比魔力保持容積しかない。ウイプリー標準の美貌と魅了の力を備え、小さめとはいえ成人に近い体格を維持するに、肉体の性的魅力へ回せる力はないはずだ。
つまり一皮むけば、絶賛成長中である王国の、王女殿下程度の残念な肉体しか作れなかった、チッパイ女にすぎない。
そこは一度に大量の魔力を吸収するとき、一時貯蔵場所として膨らんでも目立たず、弾力性を許容しやすい肉体構成部分だ。一般的な魔核からも吸血口からも近い、バストにそれを優先的に貯めていく結果だった。もちろん、同様に魔力保持限界の少ない9037の仲間たちも、同列と考えて間違いない。それらのうち、何かを犠牲にしている類だろう。
こちらの推薦組のなかに完璧な美巨乳のプロポーションを、誤魔化しようのない肌も露わな衣装に包んで潜り込ませればいい。主様も目が覚めること請け合いである。
(そう、それこそ『平等』に並べてやろうとも。相手が落ちこぼれであろうと、忖度無しだ)
9037の仲間グループは、たしかに相互扶助という、魔族にあるまじき根性で生き残って来た。
ウイプリー本来の基本能力が十分でないくせに、異端にも単能力だけがずば抜けたり、役に立たない生来固有能力を備えたりする。だが単純な対人、対軍戦力では、束になってもダブルオー一人にすら満たないものだ。所詮おかしな生来固有能力にすぎず、だれがどんな能力持ちなのかいちいち覚えなければならないのは、面倒極まりない。
統率者としてはレベル差が少なく、一律同じ能力でそろった兵のほうが、使いやすいのに決まっている。何しろ、減ったといえどもウイプリーは六千もいるのだから。
(しかし ──、また百番隊はあのうすのろを、推薦してくるのだろうな)
百番隊には、ピカ一と言ってよい優秀兵が多数揃っているのに、オリジンというだけで、隊長の0032を必ず立ててくる。なんとも愚か者の集団だ。あれなど活かしようのない対人間比魔力保持容積の大きさだけがとりえのかたわ者。ウイプリーにしては気が弱すぎる、欠陥品に過ぎないというのに。
そんなイレギュラーをのぞいて、親衛隊にダブルオーが多数入隊できるのは間違いない。クラサビがどのような手段で、主様を籠絡したかは知らないが、その程度のことはダブルオーならだれでもできるはずだ。親衛隊が結成されればこちらのもの ── と0009はほくそ笑む。
(今は主様のかたわら、せいぜいわが物顔でいるがいい。愚かな無能力者よ)




