第〇〇五三話 クラサビ◆『眼を閉じてくれるかしら』
クラサビは、ラーゴの血液の話を聞いて、心配になったことが口から出る。
「あ、その話なら親衛隊に選ばれた娘たちには、どうやって血を与えるつもりなの? あたいはやっぱり、主様の血が一番いいと思うんだけど」
「ボクの血、そんなに出せるかなぁ?」
血が出るかというより、ウイプリーがそこまで吸血すれば、自動的に対象をヴァンパイア化し、隷属下に置いてしまう。それは血がない状態で、生存し続けられなくなった人間に対する、緊急避難措置でもあるのだ。だが主様の場合は、少々事情が違った。
「あたいがいくら吸っても、絶対服従の符呪がある限り主様を支配したりはできないけど、血液の量は心配よねぇ」
「干からびちゃうかな?」
ラーゴがそう言って笑うと、クラサビも苦笑してしまう。しゃべり方はどうしてもかしこまれないけれど、やはり岡惚れした支配者との会話が弾むと、抜けない緊張がやや緩むのだった。
だが緊張が緩和したせいで、忘れていた大事なことをクラサビは思い出す。
「そうだ! 血管? あたい、増やせるよ。って言うか、たぶん肺まで、血管を作れると思う」
「えぇっ?」
ウイプリーの基本能力に、吸血針を刺した対象から効率よく吸えるよう、細い血管を広げる。あるいはそもそも血管のない分厚い皮や脂肪にも、新たに血管のような管を作り出すというものがあった。普段は意識的にやっていないことなので、思いつかなかったのだ。主様から依頼され、クラサビは採血管を体内につける実験にとりかかる。
「でも、どこから作ります?」
「吸血鬼って、首筋に噛みつくんじゃないの?」
「ウーン、でも一度に十人以上から、そこだけに刺して吸われるんじゃ、そのうち穴が目立ってこない? あたいたちの舌先の針は細いけど、それにしても首筋が穴だらけだったら、変じゃないかなぁ?」
そう言われれば、自然治癒力など求めるべくもない人工物。肺に近ければいいといっても、胸に穴を開ければ、貯まった先から漏れて血がしみ出す恐れもある。
「空いた穴が、自然に治るわけないしね。じゃあ目立たないところって、どこがいい?」
「ウーン、どこだろう? ── 前に、主様がくれたとき、血を出してくれた口の中は?」
「アー、そこなら他人には見られないかなぁ」
やった、とクラサビは心の中で万歳をする。これで主様や主様の声を出す人形との、まともなキスが確約されたと。そんなクラサビの脳裏に疑問が浮かぶ。
(ある程度自分で動けるようになった人型オートマトンといえば、人型人工生命体というやつじゃないかしら?)
次はいよいよ、クラサビがオートマトンの舌下から肺まで血管を作り、ラーゴより吸いだした血液を送り込む実験が始まった。本来ならウイプリーが吸い上げた血は、一瞬で魔力に変わってしまう。だがクラサビの変換速度は極端に遅い。数時間前に吸血したものも、まだ少し血液のまま残っているくらいなのだ。まずは肺までのルートが確保可能かという試行なので、この残量が流し込めるか、テストできればそれでいい。
「じゃあ主様、始めるわよ」
「はい、お願いします」
別に起きてもらってもいいとはいえ、小屋の外に据えられた木製の台に、寝かされた状態がオートマトンの定常である。だからクラサビは、その上に覆いかぶさる形で顔を近づけて行った。
年恰好はクラサビと似合い、というよりも同い年齢か、あるいはやや年下の美少年だ。ただし主様は、オートマトンになんらか用事をさせたままだったのだろう。女の子が口の中に舌を差し入れるような、大胆な行為を始めるには難があった。
「主様 ── ごめんなさい。目を閉じてくれるかしら?」
「え、なんで?」
(そうか、主様からすると、オートマトンの目はつぶっても開けても見えてるんだ。でもなぁ‥‥)
女の子の気持ちもわかってよ、と思っていると、僕べの言うことでも素直に聞いてくれる。やはりそんな主様は、優しくて好き。 ── と考えながらオートマトンに添い寝し、頭の後ろに片手を添えるクラサビ。本来ないはずの鼓動が速まる気持ちだけを感じながら、顔に近づき唇を合わせて行った。しかし、ここでまた問題が発生する。
「主様、ごめんなさい。口はそれほど大きく開けないでいいから、舌をちょっと浮かせてくれないかなぁ? あたいの舌が入ってきたら、その上に差し入れて」
「あ、ああ。わかったよ」
リトライだ。自分は薄目で確認しながら、いよいよ自分の舌を主様の、 ── 声を出す人形の ── 舌下に挿入していった。主様の意志で舌が自分にも差し込まれてくると、あたかも舌を絡めあう、激しいディープキスの形が完成する。
(ああ、主様の舌、冷たいけど柔らかい)
実際にはオートマトンの舌だけれど、クラサビ自身が興奮していた。鼻からしかできない息は上がり、ついついその感覚を楽しんでしまっている。ふと自分も、いつまでやっているのかと我に返って気を取り直し、舌からの針は延ばして主様の舌下の、もっとも奥に突き立てた。どうも刺した感覚はないようだ。
(痛みは伝わらないのね)
なら、主様側には舌をからませた感覚もないのか、という失望と同時に、破廉恥な女だとも思われなかったかと安堵した。針が刺された先にラインを作り出すなど、これまで意識して来なかった作業である。とはいえ今回は、まだ血液の入ったことのない肺まで、意図的に管を形成しなければならない。自分の特質で人一倍長い針を持っているのが初めて役に立つ、やや優越の瞬間だ。
舌先の針を、思い切って伸ばす。自分でも、この針はこれほどまで伸びるのかと驚くクラサビだが、まだ肺までのラインは届いていない。舌下から肺までは直線最短で広げた手のひら、親指と小指の先程度の距離だ。
やがて十里眼で見る限り、肺の最上部に針が届いた。後はこのルートを管として残すだけで、その方法はわかっている。
「できたわ、主様」
「うん、成功したみたいだね」 クラサビより高度な透視能力を持つ主様からは、自分がうれしそうに舌を絡めていたこともお見通しだったのか? いや、どこに針を刺したらいいか、迷っただけと思ってほしい。「じゃあ、続けさまでなんだけど、ボクの血を吸ってもらえる?」
(やった!)
とは口に出せないが、いそいそと主様の部屋に戻り、檻を開けて連れ出して抱き上げる。
「アーンして、主様」
素直に口を開ける、愛しの主様。小さくて、それだけでかわいいと思う。とても魔族の王となる、お方とは思えない。
(アーあたいは今、地上すべての魔族の上 ── いえ、この世のあらゆる知性体の頭上に君臨するだろう、尊き御方の血をいただくのよ)
クラサビは人の姿をとっている今、カマールのときと違い、人間の七、八倍の魔力を体内にため込む、対人間比魔力保持容積を持つ。そんな勘定はした試しもないが、それを血で充足させるのだ。人からの吸血で得られるエネルギーで満タンにするため、七人分の全血液が必要という計算でいいのだろうか。もちろんこの小さな体に、人間の七倍の血液があるはずがなかった。
ただ人の姿をとっていても、クラサビの吸い取れるキャパ以上の魔力を含んだ血液は、クラサビの体が受け付けない。その限度は驚くほど、あっという間に訪れる。人間の血と違って、単位容量あたりに含まれる魔力量が、半端なかったからだ。だから実は『めちゃくちゃに』美味しい。
「えぇっ?」 驚きの声は、クラサビである。主様は何が起きたのか、わかっていなかった。「ごめんなさい。もういっぱいよ」
「そう、大丈夫?」
変に心配されながらそのまま主様を肩に乗せ、オートマトンのところまで連れて行った。
元気が有り余り、ないはずの心臓の音が聞こえるくらい激しく鳴っているように思える。胸も張りつめて、カップが二つくらいアップした気さえした。クラサビは劣等ウイプリーの悲しさから、それほど潤沢に魔力を有する血など吸ったことがない。自分たちが一時的な魔力量保持のため、弾力に富む胸を持つ女性体である、必要性を驚きとともにはじめて体感させられた。
(血液の実際の量ではないわけね。たしか7231に聞いたことがあったけど、都市伝説だと思ってたわ)
ちなみに背格好を、クラサビ程度で設定する7231は変わり者だ。美貌と魅了というウイプリーの特性を、肉体の性的魅力につぎ込んでいた。そのせいでウイプリーとしては珍しく、人間姿の容姿は十人並みながら、男好きするトランジスタグラマー。仲間以外の口の悪い者からは、獣人とのあいのこっぽいと揶揄されることすらあるという。
続いて先ほどできたばかりの血管を用い、主様から吸い取った血が魔力に変換されてしまうまでにすべてを流し込んだ。
急激なダイエットをしたかのような身体の軽さ、脱力感にも襲われた。急いで、主様からまた血をいただく。
(魔王城にいた悪魔の手で、この衣装にかけられた魔法 ── 『ヨセテアゲル』 ── の力が無かったら、浮きカップになりそうだわ)
本来のクラサビの胸は、王国の殿下程度のものだが、吸血開始直後コスチュームの魔法なしに同程度の大きさまで膨れ上がる。次は体がいっぱいと言っても無理をして、限界以上に取り込んでみた。このサイクルを五~六回繰り返すと、オートマトンの中で生気っぽい息吹が感じられる。臓器 ── といってよいのか、そういった器官が体内で動き始めたのを、感じ取れるまでになってきた。
「主様」
「うん、やったね。それで、親衛隊希望の娘たちに、どれくらい吸血してもらったらいいかなぁ?」
クラサビは最初に吸った血液量比で、一人当たり自分の満タン量にあたる三分の一程度あれば、なんとか大丈夫だと思っている。この上に積んで行くならば、二十人分として五回、二十五人なら七回程度だろうと告げた。
(あくまであたいのキャパでの概算だけどね。まさかエリートは参加しないだろうけど、もしいたらまったく足りないわ)
どこから血がわいてくるのかわからないものの、主様はそれを快く受けてくれる。余裕を持って全十五回繰り返したころ、そろそろ中庭に人の出入りする時間が来てしまったようだ。まもなくクアドラプルからクラサビあてに、推薦のラインナップが整ったという連絡が入ってきた。
クラサビはオートマトンを元に戻し、ラーゴとともに急いで窓から部屋に戻る。
「じゃあ忙しくて悪いけど、クラサビはこのオートマトンと行ってくれるかな?」
主様が、なかなか難しい指示を出した。ここへ戻ってくるとき見てきた限り、そんな大技は魔族が城内にいますと公言するようなものだ。
「ここを出るの、どうやって? この明るい時間に」
「うん、多分大丈夫だよ。姿が見えなくなる結界も、張れそうだしね」
「そんなのできるの?」
主様が最近できるようになった、情報隠蔽結界というものらしい。
それから主様は、街に出た後の計画をたてて行った。
まずは面接を、どうやって行なうかの打ち合わせだ。クラサビからは、エリートたちが先の指令を守って、この面接が魔王二世によるものと公表しなかったはずと伝える。詳細は明かせないが、魔王軍残党の未来のために必要な、重要な人選を行なうとしか告げられていないようであると。
とはいえ、クラサビが主様を発見したのは、ウイプリーの中でも周知の事実であるはずだ。勘のいい者ならおおよその想像がついてもおかしくない。とくに仲間たちには、人間姿で素性を明かさず確保できそうな、逢引部屋に使える場所を教えてくれ、と連絡してしまった。
昨夜から満足な血液補給にありつけず、王城中庭にいる跡継ぎ様の見張りをさせられたとこぼし、愚痴を聞かせていた仲間たちである。あれと前後して落ちこぼれグループ全員に、未来のための人選なんていう呼び出しをかけるのだ。ピンと来ないなら、それは間の抜けたやつと言えるだろう。
エリートの推薦者には、この面接を主様が催すものとは告げないと聞いた。すると自分の仲間たちだけが次の魔王による面接だと、認知している卑怯な感じが拭い切れない。
(あたいたちって魔族なんだから、少しくらいズルくても当たり前よね)
クラサビは思い直し、街で面接会場にできそうな場所へのルートについて、仲間から情報を収集する。同時に面接に集まるメンバーの回収場所を、いくつか設定して行くのだった。




