第〇〇五二話 クラサビ◆落ちこぼれ魔族ミーツオートマトン
カマール姿のクラサビは、通気口を見つけて飼育小屋に潜り込む。微かに主様から漂う血液の匂いをたよりに、目的の部屋まで入って行けた。思った通り、ラーゴは眠っているようだ。
初めて見る主様が熟睡する寝顔だが、どうも安眠には見えない。うなされているほどではないにしても、徐々に顔が険しくなっているように感じる。
と思ったら突然目を開け、外の明るさに気付いた後、自分がいると解って、声を上げた。
「あ、帰って来てたんだね」
カマールの姿なのに、誰だとわかってくれている。それがとても嬉しい。
「主様、ちょっと魘されてたよ。短い間だったから起こそうかどうしようかと思ううちに、目を覚ましちゃったけど」
「ウーン、変な夢を見てね。クラサビは眠らないの?」
「ええ、あたいは夜起きて、普通はそろそろ寝るんだけど、今日はほら、元気バリバリだから眠くないの」 二の腕に力こぶを作って見せたいと思っても、カマールの姿では締まりがない。「変な夢って? どうしたの?」
「それがさ、いろんな魔族が居並ぶ場所。きっとあれって、魔王城の玉座だろうね、それにボクが座っていると、魔王がやってきて、おまえはニセ ──」
そこで主様は、言葉を詰まらせた。
「にせ?」
「にせ、二世なのに何をのんびりしてるんだ! って怒られる夢だよ」
「そうね、主様の性格じゃガレノスさまに大目玉かも。でもいいじゃない。主様は血と恐怖ではなくて、主様らしく世界を支配する道へ行くんでしょう?」
しばらく、主様が固まったように見える。クラサビは何か、自分が間違ったことを言ったのかと心配になるが、すぐに主様は元に戻った。
「そ、そうだね。うん、その通りだ。まだ寝ぼけてるみたいで、ごめんね」
「そうなのぉ、じゃああのときみたいに首輪を外して、元気いっぱいになってみたら?」
主様は『なるほど』とか言いながら、首輪の内側に、結界を張っているみたいだ。十里眼能力が、ラーゴの中で熱の湧き上がり、力も漲って行くのを感じとる。
以前クラサビが消滅しかかったときには、主様の体内魔力が急に増えたかと思った。しかし今はそんな感じは認められない。あれは瀕死になった自分の、気のせいだったのだろうか。
いずれにしろ、これで主様の眠気はどこかへ飛んで行っただろう。
「クラサビは、日中活動できるの?」
「ウーン、今まではちょっと辛かったけど、今の感じなら、少しくらいはお日様の下でも大丈夫だよ。とくに人間の姿ならつぶされることもないし、魔力も使えるからね」
主様は、これからの予定を考えていた。
「キミを中心に、親衛隊の整備が行ないたいって言ったよね。人選はクラサビに任せるとするものの、一応後で問題が起こらないよう、ボクと意見の違う者を入れたくない。クラサビと仲の悪い者もダメだ。キミが指示命令するんだから」
クラサビは自分の仲間以外も推薦するよう、エリートたちに依頼しているとラーゴに伝える。人選はすぐに済むだろうことも。後の仕事を考えて、エリートたちは緩衝地帯近くに開放したが、おそらくほとんどのウイプリーは王都周辺にいるはずだ。
日が高く昇るまでにどこかに集めれば、本日中の面接もできるだろうか。しかもクラサビは、ウイプリーたちの姿を変えられる。これほどの魔力があれば、力のなくなった仲間へ先に魔力を与えなくても問題ない。一定時間人の姿にして話させるくらいは可能、ということをラーゴに説明する。
「たぶん、この場所はだめでしょうね。またあたいみたく、瀕死になると困るから。でも、主様は外へ出て行ける?」
「無理だなあ。たとえ夜でもそれはヤバいかも。ボクは遠くの場所も目の前のように見えるから、クラサビが一人一人に会ってくれれば、キミをたよりに見に行くけどね」
「じゃあ、面接のやりとりはどうするの? 主様は種族間感応通信みたいな連絡を、あたいたちととれるかしら?」
「それは無理なんだよなぁ。クラサビはボクの血を吸っているから、どこにいても見に行けると思うんだけど。連絡をつけたり、しゃべらせたりはできないものねぇ ── あっ」 何かを主様は思いついたようだ。「ちょっといいかな?」
クラサビは外へ出て、オートマトンの近くに行くよう命じられた。わけのわからないまま言われる通りにし、自分のことは見えているだろうと思って、準備オーケーの合図を出す。
「前まで来たわよ」
「きこえる? クラサビ」
オドロキ! 主様の声で、オートマトンがしゃべった。
そのままオートマトンは、主様のこれからの計画を話し始める。実際にはあちらで、主様がしゃべった言葉が、オートマトンの口から流れているだけだろう。原理はわからないが、何が起こったのかは分かった。
「クラサビはこのオートマトンと一緒に、城の外へ出てもらえる? そして面接を設定する準備に、動いてくれればと思う」
「どこでよ? ここよりはいいけど、頼れる家とかあるの?」
「宿はどうかな? お金なら ── 少し持ってるんだ」
「宿帳とか書かされるわよ、きっと。身分証とか、ないでしょう。王都では、税金を払っているか、納税する団体に属してるとかじゃないと、いろいろややっこしいのよ」
簡単に街に出てと言われても ── と思ったが、さすがに主様はちゃんと考えての発言だったようだ。
「そうかぁ、じゃあさ ──」
思いもよらない内容が提案された、クラサビは顔を赤らめて ── 頬が緩む。
主様の提案は、わけありの恋人同士などが逢い引きする、レンタルルームを探して使おうと云う話だった。仲間に連絡した結果、王都内にはそれらしい場所が複数あるようだ。これを伝えると、主様は身元の怪しい者でも追及されにくい、より胡散臭そうなところでやろうと言い始める。
わりとまじめに、ロノウエさまを探索するウイプリー仲間たちの中にも、不真面目な方面が好きなものはいた。後ろ暗い者たちしか出入りしない場所を、専門にあたっている7231だ。
彼女の知るところで、かっこうな連れ込み宿を推薦してきたためこれに決定する。追及されたら困るカップルや、他人に言えない趣味を持つ豪商などが、好んで利用するので有名らしい。
何か漏れても、日ごろの行ないが悪いため、おおそれながらとは訴えて行かないはず、というのだ。
その後主様は、オートマトンがある程度、自律的に動けるよう基本的な動きをもっと強化しないと、と言い始める。すでに空が白んで、一時間が経つころだ。あまり城内で目立った行動はできないからとつぶやきながら、何かを必死で探していた。
『ゴードフロイは起きてるなぁ』とかぶつぶつ言いながら、『マーガレッタだ!』と喜びの声が上がる。
(それって、女の名前?)
そんな自分の気も知らず、『うまくいくかなぁ』とつぶやきながらしばらくごそごそしていると、金属の板に見えるものが檻に現れた。クラサビは見た記憶のない魔法だが、過去にセーレとかいう悪魔の下で働く仲間から、そういうわざを使えると聞いたことがある。転移の能力と呼ばれるわざかもしれない。
どうやったのか聞くと、聖霊の金庫から脈を使って取り出したのと同じ要領で、マーガレッタという人の寝所に持ち込んだと云う。それでいろいろ試行錯誤をしてマーガレッタの、『呪文暗号』(?) ── とかいうものをマルコピしてきたなにからしい。よくは分からないものの、たあいもないヤキモチが口をついてしまうクラサビ。
「どうして、そのマーガレッタっていう女なの?」
「それがね、勇者の人もほめるくらい体術っていうのか、体の使い方がうまいんだって」
意味は分からないが、それを檻から出し、オートマトンの近くへ持って行ってほしいと云う。中庭周辺に配置された衛士の様子から、今はまだ見回りには入れない時間と聞かされたクラサビは、人の姿に変化して窓を開けた。そして板を持ち出すとオートマトンの上に置く。すぐにカマール姿に変わって戻り、しばらくするともう一度同じこと ── 檻からさらに一枚の板を運ばされた。
「今度のは何?」
「今のはボクの、思考ロジックや会話技術をコピーしてみた。うまく動くといいけど」
そう言うとオートマトンを呼びつけ、話させる。主様はしゃべっていないのに、ややぎこちないながらオートマトンとつじつまの合う話ができたらしく、ある程度満足されたようだ。
「さて、最後はオートマトンの駆動力だな」
人型のものが、いままで駆動力もなく、しゃべったり動作していたりしたと聞いて、クラサビは首をひねる。
「これは動くくせに、生気は持ってないの? 人間じゃなくて、魔族みたいね」
「いや、今だけは呪文詠唱のときに、魔力を送り込んで動かしているんだ。自分でどこででも動こうとすると、生気のような駆動力で全身のシステムを、稼働させなければならないと思うんだけど ──」
つまりヒトや魔族と言うより、やはり魔法道具と同じだった。
「何か問題があるの?」
「このオートマトンはものを食べ、それが魔力を含む血液に変わって行くはずなんだよ。そして肺の中に作られた血として魔力を蓄えておき、いつでも駆動力に変換しながら使うようなんだ。ただ食べものを血に変えられるのは、魔力を十分含んだ食べものがお腹に一定量あるときって、決められているみたいでね」
たしかに、ここにはそんな食べものがない。豊富なものは中庭に生えた草、あったとしても冷血獣たちの食べ残しくらいである。なぜ主様にそんな詳しいことがわかるのかは謎だが、そう自信を持って言われているのだから間違いないだろう。
「でも、食べものを魔力に変えるなんて、そんなにすぐに溜まるかな?」
「そうなんだ。それほどの食料もないし、画期的に魔力に変わる魔法の食べ物でもあったらねぇ」
自分たちであれば即血液を吸えばいいと思ってしまい、そのまま言葉にするクラサビ。
「じゃあオートマトンの肺の中に、直接血を入れられない?」
「アー、それでもいいと思うけどねぇ。ただ魔力のある血っていうと ── やっぱりボクの? そんなに吸い出せるのか、それにオートマトンには血管がないので、どうやって肺に血を注入するかも問題だ」




