第〇〇五一話 クラサビ◆エリートを頤使する
クラサビは、ウイプリー・エリートたちを結界で守りながら、王都の外、郊外に点在する村からも、さらに離れた場所まで飛んできた。
もう空はかなり白んで、人間には危険な『草原』との間にある、丘陵地帯 ── 緩衝地帯から日が昇ろうとしているのが見える。
(早く開放しなくちゃ)
魔力欠乏の状態で日光に当たれば、エリートといえども、封滅にかかわるダメージを受けるに違いない。
日陰になりそうな草むらに着地すると、結界を解除した。運ばれる間に結界に頼り切り、その底に身を預けていたため、急に足元から地面のなくなるのが感じられたエリート。
急いで羽を動かして無様に落ちないよう、慌てるさまを見る限り、おエライさんといえどもかわいいと、クラサビは微笑んでしまう。
(前は、こんな気持ちにならなかったのに)
以前はエリートの前などというと、身を固くして注目されないよう、また何も言われないよう、ずっと祈っていた。今の自分には、心にずいぶん余裕ができたようだ。まるで急に王子様のお嫁さんに抜擢された、灰かぶり姫のような気分である。
「9037 ── いやクラサビ、どの。これからはそうお呼びさせてもらおうと思うが、依存はない、いやお気分を害されないでしょうか?」
(は?)
クラサビは、ウイプリーの総大将クアドラプルが、自分に対して下手に出ているのを感じる。
(なんで? あたいは、ただの連絡役なのに!)
気持ちはそんな謙虚なものだが、その気持ちに反して口から出るのは違った。
「ええ、それでけっこうよ。これからも主様のため、一緒にがんばりましょう」
驚いているのはこちらのほうであるが、そんな上から目線の言をも、エリートたちは素直に受け入れる。
「ありがたきお言葉、さっそく種族間通信で全軍にクラサビどのの御決意を伝え、主様のご意向に近づくよう努力させていただきます」
(うっ! なんじゃ、こいつら?)
どん引き気味のクラサビは、一刻も早くここから立ち去りたいが、大事なことを一つ伝えておかなければならない。
「主様のお言葉を聞かれたと思うけど、あたいが親衛隊の人選を任されたの。もし、推薦する材がいたら連絡するように。頼むわね」
「はい、クラサビどののご親交深き者を含め、残存メンバーの中から能ある者ばかり選抜いたしますので、しばしお待ちください。時間はかからぬと思います」
「お願いしたわよ」
言葉遣いと、一人称にギャップがあるように感じながら、クラサビは早々に飛び立つ。王城の中庭 ── 主様のそばに帰るために。
弾丸のように飛べるエネルギーを得た自分にとって、人の使う鹿車で一時間の距離は、全力なら五分かからないだろう。しかし、それは結界を張って強化した状態でなければ耐えられない。
一刻も早く立ち戻り、封滅の恩人である、愛おしい主様のそばにいたいのはやまやまだ。とはいえエリートたちと小屋を出る前、眠りに入ろうとなさっていた主様を、少しでも寝かせてあげたい、という気持ちもある。
仕方なくここへ向かった速度 ── 鹿車の三倍程度 ── で、飛行して帰ることにした。あの主様なら小一時間も休ませてあげれば、元気ハツラツになられるだろうと信じて。
ゆっくり飛んできた割には高度を高くとっているせいだろう。左右に村を二つ見送ったところで、王都の生活圏を囲む外壁が見えてきた。
王城の城壁にくらべ三階の屋上程度の高さしかないが、人が越えることはできないものだ。
早朝にもかかわらず、各所に衛士が立っており侵入者を警戒している。外壁を越えての出入りは、カマール姿の自分のような小さなものでなければ難しい。もちろん人間の姿でも、ある程度高度をとれば王都上空まで侵入できるが、見つかれば射かけられ、着陸することはまず無理だ。
それさえ結界で防いでしまえば脱出は可能と思えた。だが『この界隈の魔族は絶滅した』と思わせようとする、主様の意向に背くことになるかも知れないと、カマールの姿に甘んじておく。
王都の朝は早い。
すでに夜明けから、行商の荷を積んだ鹿や鹿車、荷車などが門の前でなす列が見えた。朝市で売る食料などの商品を持って来たのだろうが、入場していく速度はかなりゆっくりにみえる。このところ治安が悪く、おかしな薬、草や種、あるいは武器などを持ち込ませないよう、衛士が厳重にチェックを行なうからだ。その分、王都から出ていく荷物には寛容というか、手が回っていない。
(人間も十里眼を持ってれば楽なのにね)
ウイプリー ── 吸血鬼であるクラサビの基本能力には十里眼がある。より高い能力の者が魔術で隠匿したり、特別な魔法道具で隠されたりしたもの以外なら、透視できるのだ。そういうものがない人間は、包まれたものならいちいち開けないと中身が見えないと云う。なんて不便なのか。
主様は、十里眼では視界が通らなくなっていた机上の檻内から、しかも目をつぶってエリートたちの様子がわかっておられた。とくにおっしゃらなかったが、同じ以上の能力をお持ちなのだろう。
王城の上空で、体表面に結界を張ったクラサビは中庭に降りて行った。一度変化して窓を静かに開けようかと思ったが、まだそれほどの時間はたっておらず、主様を起こしては申し訳なく感じる。ずさんな性格が売りの自分が、こんなに気を使うなんてありえない。
(これはもしかして ── 恋?)
顔が熱くなる。主様に恋するなんて! 昨日までならトリプルオーからすら声もかからない、ラージナンバー ── 順位付けにおよそまともな吟味もなく、流れ作業で適当につけられた七千以上の番手 ── なのだ。その自分が、一度だけエリートさまたちと対等にしゃべれたからって、それは不遜に過ぎた。
もしも今、主様から少し相手にされたと言っても、どうせいつかはクズのように捨てられる運命が、待っているに違いない。自分は無作法だと主様があきらめたから、まるで垣根がないかのように話してもらえている。だがそこには、歴然とした主従の隔たりが存在するのだ。
かつての魔族が、十分な魔力を補充してそろい踏みの暁には、自分など数の内にも入らないだろう。もちろんそれでもいいと、クラサビはすべてを呑み込んだ。世の中そんなにうまい話はないなどということは、生まれてからずっと嫌になるほど味わってきた。
そんな思い出ばかりの中で、唯一うれしかったのはユーダとの出会いだ。サタンの恋人で客人待遇だったユーダ。彼は、自分のような下働きにも優しく料理を教授し、自分の初めて作った料理も美味しいとほめてくれた。いつも手伝わせてもらい、筋がいいと、なんでも任せてくれたものだ。
(いつか主様には超魔忠誠を奉じるつもりだけど、ユーダはきっと人間でいう、お父さんっていうヒトみたいに好きなのよ)
もちろん、魔族である自分たちは、父親というモノを知らない。母親は百番隊のだれかだと聞いているが、すると父親もいるのだろうか。いや、そもそも魔族として生まれたときから、親子などといった関係とは切り離された存在なのだ。
それはさておき、きっとユーダは、この王都のどこかで今も美味しい料理を作っているのだろう、と想像するクラサビであった




