第〇〇五〇話 ディアボロスの見た戦い
ラーゴは、クラサビの発表に耳を傾けながらも寝たふりでいたのだが、そのまま動かず鷹揚に応える。
「了解したな。今後ともクラサビの言葉は、豫の命と思って仕えよ。これは『豫に服従する隷べに対して行なう絶対命令である』」
ことさら強く言い放った。
この言い回しは、絶対服従の呪いを誘引させるキーワードになるらしい。エリートたちとともに、予想外にもクラサビの体にも、電流が走ったようにビクンとしたのが解る。ついでながら、どうも気になるエリートたちののしゃべりを慇懃無礼と指摘、クラサビに倣って平易な言葉で話すよう命令した。
「かしこまりましてございます。主様の仰せのままに」
これまで、しぶしぶの忍従といった臭いがぬぐえなかったけれど、この言葉には恭順という言葉がふさわしい。表層意識に棘のある態度が見え隠れしたが、先ほどの言葉の支配力は圧倒的なようで、エリートたちの心理に葛藤もなくなっていた。たとえ一時的なものであったとしても、クラサビへの敬愛や忠誠すら見え始めている。
「ではエリートのみなさん、主様からの命は以上ですが、先ほどあたいは魔族の残存勢力について、主様からご質問を受けました。しかしあたいの手元に十分な情報を持ち合わせなかったため、もしエリートの中で情報を持つ者があればこの場で上申するように」
エリートの変化に呼応したように、クラサビの言葉も少し偉そうだ。その言葉を受けて、ウイプリーのエリートたちの知る、残存魔王軍の全貌が報告された。
最初は、クアドラプルが口火を切る。
「まずは、召喚された最強クラスの五大悪魔様が、散り散りに行方不明の状態です。ネクロマンサー・サミジナ大侯爵は、魔王様のお世継ぎ誕生祝いも兼ねたサターンナリア祭にあたり、貢ぎものを取りに行かれました。おそらくその地で魔力を喪失され、路頭に迷われているかと」
今話に出た貢ぎものが自分なのだとは、おくびにも出せない。次に二列目右端、五番ピンの位置のウイプリーが、0003と名乗りを上げた後に続ける。
「王都攻略軍の、作戦参謀として付き添われた大智者ロノウエ大伯爵は、常に吾らがお守りして参りました。あのとき後方の陣で、人間の老人の姿に変わられたのを確認。落ち延びられて後も、同行させていただいております。それでも9037 ── クラサビの報告を聞かれ、主様の安否にご心配が絶えませんでした。ついにはいつの間にか出て行かれ、今は王都内に潜伏中には違いないでしょう。ですがあのご様子では、どこかで動けなくなっておられると見て、間違いないかと思われます」
これを受けたのは隣の0004。
「次に魔王城で最残虐とも言われた戦闘狂、アシュトレト大侯爵です。吾らと果敢に戦闘の真っ最中でございましたが、そのまま前線で行方不明になりました。一説によると、アシュトレト大侯爵は元の姿がありません。ですから、一度憑依体を経て、屍のようになっていた人間に憑かれておられるのでは、という説が有力であります」
三列目0009の反対端が、0006と名乗って報告する。
「薬師ブエル大総裁は、大侯爵と意見が合わず、小隊を率いて戻られる途中でありました。吾らウイプリー百体と、自ら呼び出した使い魔に守られて、海岸で敵軍と遭遇、戦端を開いたまでは吾の知るところ。そこで消息不明になられた大総裁は、海の生き物に変化されていると思われます。ただそれが何なのかは判然といたしません。定期的に捜索隊は出しておりますが、身を護るために捕獲されにくい海中にあられるとなれば、なかなかこの姿での捜索が困難で ──」
再びクアドラプルが、その後は状況から判断できる内容と断って説明した。
「最期になりましたが、魔王城に残られたエリゴス公爵についてでございます。次のクラスの召喚悪魔である十三将のうち、派兵に付き添った六将以外の、四天王および魔王衛護の三将とともに、消息不明」
「十三将はすべて、魔王城にあったのではないのか? 豫に従属しようという、人間の軍属が手土産にと持ってきた情報では、そのように認識しておったが」
「それは ── たしか出征以前に十三将さまたちが召喚、あるいは作り出した魔物が同数いたはず。それらが魔王ガレノスさま衛護のため、側近に配置されておりました。幹部悪魔より、闘いにおいてさらに強力なものです。それを誤認したのではないでしょうか」
「なるほど、おそらく其方らの言うことのほうが間違いあるまい。それで、魔王城があのように脆かったのは、なにゆえか判っておるのか?」
これに応えたのは、海岸において遭遇戦を戦った0006。
「申し訳ございませんが、魔王城内には仲間がおりませんでしたので、詳しい状況はわかりませぬ。ただエリゴスさまは、おそらく蛇をたよりに本来の姿、兜に戻られているのではないか、と言われております。サタンさまは、最終兵器レヴィアタンまでも擁しながら、魔王様を守り切れず、海中深く沈まれました。あるいは亡くなられているやも知れません。 ── このあたりが幹部クラスの消息でございましょうか」
「くわえて軍の現状ですが ── 王都包囲軍のうち吾らウイプリー軍一万は、力を失った後の被害も甚大でした。その結果、現在およそ六千まで減少したことを把握しております。同様に、包囲軍の五千にものぼるアンデッド勢、スケルトンやゾンビは、骨や肉の欠片に返った様子。これはネクロマンサーのサミジナ大公爵なしでは、如何ともし難いでしょう。その他二千の様々な魔族、キラースライム・ゾンビ・魔獣や魔虫はアメーバや虫、日も径動物、土くれなどにそれぞれ姿を変えました。今は路頭に迷っているか、あるいはマスター悪魔の復活まで、完全に魔族ではなくなったものも多いと思われます」
クアドラプルが被害状況をまとめ、再度0006から魔王城の最後が騙られる。
「海岸で遭遇戦となった使い魔は消え、残りのウイプリーはほぼ無事でございます。吾が魔王城を、海岸から見た限りで、城は周囲の海岸を三日月状に残して海底に没しました。艦隊戦も行なわれておりましたが、魔王島に残っていた、三千の軍の安否は、まったく判りません」
最期にやはり、クアドラプルが締めくくった。大雑把に言うと、ウイプリー以外に自然と復活しそうなのは、一定の幹部である召喚悪魔とさらにそれが召喚した配下程度ということだ。
「よしんば、現在残存勢力に、十分な魔力回復があっても、多く見積もって、動けるのは一万もないかと考えるところでございます」
(─ そのうち六千はウイプリーか。とりあえず上役悪魔の五人を、抑えて回るほうがよいのかなあ。悩むところだ)
「なるほど。では最後に一つ聞きたいことがある。万が一、この先豫が人間に退治されたら、其方らはなんとする?」
そう言うとエリート全員に、これまでない緊張が走ったのが解った。
「なにをおっしゃいますか! もちろんそのときは封滅をかけ、一体一殺を持っても愚かな人間どもに我らに刃向かったことを後悔させてやるに、なんの迷いもございませぬ!」
「ここに並ぶ者、すべて一分も違わぬ思いでおります」
── やはりクラサビの言うとおりだ。こんなやつらを放置しては、ここ王国の中庭飼育小屋における二食昼寝付きのセレブペット生活は、水泡に帰す。
「報告、大義。豫は、おおむね事態を把握できた。今後は、ロノウエほか幹部の生存確認もあわせて探索にも心を傾けたい。其方らは人事を尽くし、クラサビから与えられる主命を待て」
エリートたちは再度平伏し、クラサビの結界に守られながら、隙間を抜けて出て行った。蚊の姿に戻る直前、クラサビがウインクをしたが、意識は{うまくいったね、主様}‥‥と語ってくる。
人間たちはすでに、魔族のことなどだれも脅威とは思っていない。そうは言っても、ことここに至るとアレサンドロの復活も気になるが、残存魔族の処置のほうも手を抜けなくなってしまった。
(─ でも自分が魔王の二世に間違われるなんて、いくらタイミングよく魔王城から出てきたと言っても、飛躍しすぎた発想じゃないか。しかしあの慌て者の、クラサビというウイプリーを騙し通して、魔族残存部隊をなんとかしないといけない。そうなると、明日からはたいへんだな。今は一刻も早く眠って、体力を回復させなければ)
いよいよこれで眠れると思うラーゴ。とはいえ、すでに窓の外では冬の夜空に、白々と朝のけはいが近づいていた。




