第〇〇四九話 震え上がるウイプリー幹部
クラサビが人の姿に変化すると、カマールのままのウイプリーから、『おッ』と感嘆の声が上がった。むき出しの敵意が容易に感じ取れる。
(─ 目下の者が重用されると心穏やかでは居られないのか。クラサビの活用方法がまた増えそうだな)
まずは、城壁のうえで飛んできたやつが挨拶をした。
「わが新しき主様。夕刻ご挨拶申し上げましタ、『ういぷりい』軍の総大将クアドラプル。『ういぷりい』軍の軍将九名ト共ニ、拝謁を賜りにまいりましタ」
全員で、『ハハー』とばかりに、ひれ伏すカマールたち。ちょうどボウリングのピンの並びよろしく、四列で並ぶ。それぞれの体制は、先ほどクラサビがダウンしていた姿勢と、ほとんど変わりがないように見えた。
(─ あのとき感じた、どう欲目に見てもグロッキー状態というのは、失礼な感想だったか)
ラーゴが反省していると、続いて十番ピンの位置のカマールから発言がある。こうやって落ち着いて聞いてみると、なるほどみんな女性の声だ。
「わが新しキ主様、お初ニお目にかかりまス。吾ハ9037の上官の軍将にあル、とりおおないん ── 0009と申しまス。まずハ9037を通ジ、吾らヲお呼び出しいただキ、種族の誉れト喜びニ満ち溢れておりまス。これに先立チ、至らなイ9037ニ過分な力をお与えいただきましテ、直接ではございませんガ、監督者として衷心より御礼を申し上げまス。それデ ── 9037ハ、主様ニ無礼な物言いヲ、いたしませんでしたでしょうカ? 9037ハ教育ノ行き届いておらヌ痴れモノ。不行き届きノ段あれバ、直ちニ謹慎サセ、処罰を与えますのデ、遠慮なくお申し付けくだサイ」
「よく参内した、下賤のウイプリーども」 思い切って高圧的、かつ慇懃無礼に太い声を出してみる。当惑のざわめきが起こった。おそらく『下賤の』という過小評価に対してであろうが、このあたりも織り込み済みである。「豫は未来永劫、地上世界すべてを統べるもの。其方らごとき、まさに虫である下賤の者たちに対し、このような声をかけてやっているだけでも有り難く思え!」
一括すると同時に、コーティングしている結界を動かし、微妙な振動を与えた。カマールたちは床に張られた結界の上に貼りつく。つまり結界が揺れたのを感じた彼らは、まるでラーゴの怒号により、地震が起きたと勘違いしただろう。
これは打ち合わせになかったオプションで、クラサビすら、不安になってひれ伏している。うとうとしながら思いついたばかりの、アドリブアクションだからだ。
(─ ごめんね、予定にないことをやっちゃって)
完全に震えあがったカマールたちに対し、下知を続けるラーゴは、さらに考え付いたばかりのアドリブをかましていった。
「豫は現在、もっとも油断したこの王国の脈と王家に、抜けないくさびを打ち込むため、重要な関係者を下僕と爲すべく、画策している。それにはやつらを無防備にさせなければならない。其方らごときといえども、魔族が生き残っているという警戒心を、今持たせるわけにはいかぬ。くれぐれも自重し、姿を隠せ」 うまい言いわけだ、居眠りしながら思いついたとはだれも思うまい。「しかし豫の身の回りについて、また其方らとの連絡などが必要であるので、クラサビ ── 9037に力を与えた。豫の奥義を使ってな」
またも大きな声ではないものの、『オオー』という感嘆が聞こえる。カマールの姿では、魔脈か血液以外のエネルギー補給が、できないのをわかっているはずだ。そこから類推して、彼らも知らない魔法か何か、すごいものが行使されたと思ってくれればありがたい。
「クラサビとハ ── 9037ニ、名前をお与えいただいたのですカ?」
0009が、羨望とも思える声を絞るようにあげる。女の嫉妬は恐ろしいというが、ここは打ち合わせ通り押し通そう。
「不足があるか!」 一括すると、震えあがって否定する0009。もちろん、怒号とともに地面は揺らした。「豫はクラサビを、殊の外目にかけておる。これを豫のそばに侍らせたいが、異論のあるものは申し出よ!」
恫喝して同じように震動させると、だれも微動だにしない。自分も人の姿に変化できるなら、是非ともそんな破廉恥な暮らしに身を投じてみたい、と思うほどのいい女である。だがこれは、事前にクラサビと打ち合わせしたお芝居だ。すぐにエリートたちから、異論はないとの表明があった。
「もちろん、主様ノ仰せニ従いまス」
あまり気が進まなかったが、何匹かの表層心理を覗き見る。すると嫉妬や妬みからくる反意より、畏れと召喚主の魔王がかけた絶対服従の呪いに、支配されていることがわかった。クラサビが間違えた偽ものとも知らず、実に思い込みとは恐ろしいものだ。
「無論、クラサビ独りでは心許ない。さらに十数名を人選して当面、豫の親衛隊を構成したいと考えた。この人選には、クラサビにあたらせる。また後のことは、クラサビから説明させよう。豫の言葉と思って、傾注せよ」
もはや、だれも逆らわない。まずは成功と思いながら、バトンをクラサビに渡した。
「エリートのみなさま、そういうご命令ですので、あたいのほうから説明しましょう。主様はウイプリー全軍に、次のようなことをお求めです。まずは主様の命が下るのを待ち、一兵卒に至るまで勝手な行動はとらせないよう、統率を厳格にする。なお能力の優劣にかかわらず、ウイプリー一体一体の存在は、みな平等と心得よ。とくにエリート全員には『平等』の精神を勉強せよとの厳命です。くわえて人間に、魔族が生き残っている事実を決して気取られてはなりません。いざというときがくるまで、ウイプリー全軍の力をそがぬよう、魔力温存と全員の消滅回避を最重要課題とすること。 ── 以上です」
(─ それが一番難しそうなんだけどね)
消滅回避を失敗すれば、その不満は為政者に向けられるだろう。そこは申し訳ないが、失敗の責任はラーゴに回ってこないように、 ── と思うのはややずるいのだろうか。それでもなお、ウイプリーの生態を一番わかっているのは、当のウイプリーのはずだ。彼女たちが努力してダメなことは、この世界について無知に近いラーゴがやっても無理に違いない。
相続者の知識をもとにして、たまたまいい案が出る可能性もあるだろう。だがここはひとまず、能力を持つという者たちに任せると、クラサビから言い渡させた。
「なお、その具体策の検討は、エリートさまたち自身でご検討くださるよう。これはウイプリー一族にとっての最重要課題なので、能力あるエリートさまたちにお任せになるそうです。委任する限りは、残存兵力にできる限り無駄な犠牲を出さないよう戒められました。もしそのような失態が露見すれば、それなりの責任をとっていただくことになるとご了解ください。それが確立するまで、本拠をモンスターとの緩衝地帯に移動させます。問題が起こったときと、定期的に種族間感応通信であたいを通じ、主様へ報告すること。主様も消滅回避についてできる限りご検討、ご助言いただけるので、何かあったらあたいから連絡いたしましょう」
(─ これで、ある程度エリートの自尊心も満足させられて延命 ── もとい、存続対策でたいへんになる。あわせて自分が直接、ウイプリーのトップと話す必要もなくなったはずだ。そして、彼らがここへ来る機会も、たぶんない)
「また今後、王都におけるロノウエさまの探索は、今後主様に選ばれた親衛隊の仕事となります。あたいがその指揮を執らせてもらうことになるでしょう。最後に、人間には一切の情報が漏れないよう統制しなければなりません。とくに主様が現在どこにおられ、どなたであるかを知っているすべてのウイプリーに、たとえ仲間といえども話すことは禁止。新しい主様の所在、および生死は今のところ定かでないとするよう、厳しく戒められました。これでよろしいですね、主様」
(─ そうは言っても種族間感応通信があるから、秘匿するのは無理じゃないかな。でも、公けにはオフレコにしてもらって、なるだけ広がらないことを期待しよう)




