第〇〇四八話 反省と展望~トップ会談
クラサビが去った後、ラーゴはまどろみながら、ウイプリーたちとの誤解がどこから始まったのか思い起こす。
まずはカマールが魔族であるとは、欠片も思っていなかったという反省からだ。
会話が可能な、知性のある蚊がいるなど、明らかに不自然だったのだが。自分の場合、『獣のくせに、会話できるほど知性の備わっているのはおかしい』と考えたのに、何も疑わなかった自分を猛省する。
王女の部屋での話でも、召喚魔族は全滅したはずだった。ところが『呼びかけがあるまで、力を封じて元にかえれ』と魔王が言い残した最期の呪文で、魔界に帰したのではない。魔力をなくして元の姿、蚊に還ったというわけだ。これでは王国だけではなく、近隣世界にとって大いなる脅威といえよう。
(─ この事実は、だれかに知らせておいたほうがいいのか?)
それは、きわめて微妙な問題である。不本意ながら、ラーゴはその魔族の一人を助けてしまった。しかも今から、生き残った魔族たちの、新しい主人として交渉 ── いや支配を始めかけている。
魔族をだまして、暴れさせないためとはいえ、魔王の子供 ── つまり次代の魔王を名乗ったのだ。これを知られれば、最初に血祭りに上げられるのがだれかは、火を見るよりも明らかだった。
これらすべてがなかったとしても、まず自分の魔族判定はクロである。それが王国の知る魔王の一族かどうかなど、おそらく人間には関係ない。
食糧問題にも急かされて、間もなくゴードフロイの軍や、場合によっては教会から派遣された、聖人たちも引き上げて行くようだ。そもそもの魔族は二万いたというので、半数はウイプリーだが、残る半数は血気に逸って暴れ出す可能性もあるだろう。そのときこそ、ゴードフロイの軍の力は必要だ。
(─ 他の魔族は、自分を主人と認めてくれるだろうか?)
クラサビが指摘するように、自分は血の流れる、下級魔族でも珍しいタイプ ── 半端者らしい。首輪や常時展開しっぱなしの結界のせいで、クラサビには『ない』と見られたが、坑道の聖霊たちは多量の魔力があると見ている。
知力に長けたというロノウエなら、これも見抜いてしまうかも知れない。しかも千里眼と同様の能力を持つ、魔族がいるかもしれないのだ。バレたら今度は、魔族から王国への復讐戦の直前に、血祭りに上げられると思うと震えが止まらなくなった。
自分は結界で身を守れると信じている。とはいえ、ラーゴ程度の半端モノが張れる結界など、本気を出した上位魔族なら、造作もなく打ち破ってくるのではないだろうか。
他に攻撃魔法の一つも知らないラーゴは、それが破られれば、抗する手段を何も持たない。 ── ここはあまり自分を前に出さないで、魔族のコントロール方法を探るべきだと思った。
(─ まずはウイプリーが、うまくだまされてくれればいいんだけど)
ウイプリーの存続計画は、どうしたらよいだろう?
存続しないで、今のように自然淘汰により減ってくれるとありがたいが。
それでも支配者の治世が悪く、存続の危機を感じるまでに至ると、ただでは済むまい。窮鼠猫を噛むのことわざではないが、生き残りをかけて反乱すら起きる心配もある。そうなったら、間違った思いこみだけで追従している魔族の平定など、何の力もないラーゴには不可能であろう。
王都に住む人間は、たしか十万近い。それでもいきなり、一万ものカマール大発生となったら、環境問題に取り上げられて大規模駆除作戦が行なわれそうだ。殺虫剤がなくとも、蚊取り線香くらいはあるだろう。魔力欠乏状態で潰されたら、消滅するといったことも臭わしていた。
(─ やっぱり、エネルギー源としてはモンスターの血液を活用するべきだろうな。クラサビに相談しよう)
モンスターは、巨大な身体のわりには大食漢ではないようで、その代わり食物から接種する魔力量もたいしたものではないという。つまりモンスターの血中における魔力濃度は、人間に比べてもかなり低い、つまり薄い血だそうだ。
とはいえクラサビの考え方はいい。魔族にも、平和主義なやつがいて助かった。だが理解ある側近が、一人だけでは心もとない。聞けば気の合う仲間がいるようだから、そのウイプリーたちで周りを固めて動いてもらうのはどうだろうか。ラーゴの血を与えて、手なずけることも考えよう。
(─ みんな、クラサビと同等の美女だというなら、街でお店でも始めれば流行るかもね)
美人というものが、何をやっても得だとラーゴは知っている。
ただ、そういうことをするなら人間に親和性がないといけない。場合によって見かけの完璧さは、ある程度の見た目を持った愛想良しに完敗する。客商売である限り、性格ブスではだめなのだ。いっそのこと、生前プロモーターでもやった経験があればありがたいが、いくら考えてもそれはなさそうだった。
彼女らウイプリーはいわゆる吸血鬼であり、怪力かつ強靭、目を見るだけで操れる魅了の力。舌先に備える針でヒト種や動物の血を吸って隷属できる。さらには飛べるといった基本能力の数々が、一般的には備わっているらしい。おおよそドラキュラとか、ヴァンパイアという吸血鬼のお話通りだ。いや、自分が持つ知識の限りでは舌先ではなく、牙の先から吸い取るといったものだった。
(─ コウモリやオオカミを、操っていた記憶もあるが ── ん? 逆に人狼と戦ってなかったっけ)
などと考えながら、後はまた今度クラサビと話したときのことにしてと、いよいよ眠りにつき始めた。だがウイプリーが集まるなど、さすがにまだ先だろうと思ってまどろみかけた、ラーゴの予想は裏切られる。
「主様、アールージさま。お休みのところごめんなさい。あたい、クラサビです。クアドラプルほか九名の、ウイプリー・エリートさまをお連れしました」
(─ 今日は、寝かしてもらえそうにないなぁ)
何日も、寝たきりに近かったので、一晩くらいの徹夜は我慢するとしよう。たしか、夕刻も少しは寝ていたのだから。考えてみると、種族間通信網があるので、集めるのはたいした労力ではなかったのだろう。
さて、ここからが正念場である。相続者の経験則なら栄養ドリンク剤でも飲む場面、今なら首輪を外すことによって起る、血をたぎらす効果で奮起したいところだ。といっても、血が流れる事実は悟られるわけにはいかないようなので、そのままとしておこう。
カマールたちは、クラサビが張った結界に守られている。どうやら夜明け前に、とるものもとりあえず連れてこられたに違いない。ラーゴは、檻の前で飛んでいるカマールが十匹いるのを確認すると、先ほど同様、部屋の内部をコーティングした形の結界で覆う。次にクラサビを通じて、床に控えるように合図を出した。このあたりは、打ち合わせ済みである。
現在の位置関係だと、こちらが机の端まで行かない限り、ラーゴ自身の姿が見えない。つまり表情が読まれたりしないと考えてのことだ。もちろん、ウイプリーには十里眼があって、障害物など透視できるらしい。しかしコーティングには情報隠蔽も施した結界を張っておいたので、見透かされる心配はないだろう。
一方こちらは千里眼により、至近距離からウイプリーたちを見ているが、千里眼のことはクラサビにも秘密にしてあった。
さあ、いよいよ会見の始まりである。




