第〇〇四七話 クラサビ◆ユーダの思い出と謎の多い主様
クラサビは、新しい主様 ── ラーゴからの招集命令を連絡した、エリートが集まる場所へ飛びながら、ラーゴのことを考える。
(魔王様はとても怖い方だったっていう。だけど、新しい主様はとっても優しい。誕生したばかりで、自分がどんなに偉い立場か分かっていないからかな。自分だってもし生まれた途端に、あなたはお姫様よと言われたら困るわよね)
最初はおそらく、お姫様って何か分からないだろう。魔族なら生まれつき、魔族なりの知識はあるものだけど、主様はそれすら知らないかのようにとぼけていた。
それが本当に無知なのか、自分の境遇が微妙な状態だから、あえてそういうふりをしたのかは判りかねる。
(立場での認識ってだんだん育てられる環境で、自分はこういうものなのだって認めて行くのよね、きっと。自分だってカマールとして産み落とされた、生まれついてのウイプリーだもの。振り分けられて落ちこぼれだって言われて長くなるので、『あぁ、こんなもんなんだ』ってわかってる。でもそれだけで、最初からそうなんだって教わっても、理解できないのが普通なんだよね)
クラサビはそんなふうに考えた。自分たちはモンスターと同じように、生まれたときから魔族本来の知識などは持ちあわせる。だが、その中でどれほどの能力を持っていたら、優良種だとかはわからなかった。
(きっと主様だって、今とっても分からないんだと思う。だから周りに対して、とても優しいんじゃないかな?)
今主様は自分のような、礼儀を知らない者にもちゃんと合わせてくれる。こうやって、エリートたちを呼びに行く使命が与えられたし、エリートたちに話す内容とかの相談を受けた。自分の意見もたくさん採用してもらえている。それでも ──
(いつかはエリートたちも従えて、雲の上の存在になっちゃうんだろうな。そのときは、あたいがいたことなんかも忘れてるのかなあ。そんなもんだよね)
そう思う心の中に、一抹の寂寥感が去来するクラサビ。
(でもあたいには二十三人の、一緒に生き抜いて行こうねって、力を合わせ、がんばってきた友だちがいる。今は離れ離れになっちゃったけど、料理を教えてくれたユーダも)
こうしてがんばっていたら、いつか大好きなユーダにも会えるかも知れない。
(この王都のどこかで、ばりばりやってるのかな。ユーダの料理、美味しいもの。いずれどっかで評判になるだろうから、そのとき会いに行けることを楽しみにしておこう)
ユーダのところで一緒に料理を覚えた9032も、王都に向かう命令が下されて、すぐ連絡が取れなくなった。いつも何やら忙しそうな彼女からは、特別な能力についてとか、まったく教えてもらっていない。
だが、どんな力を持っていても九千番台なのだから、一兵卒としてこき使われ、消滅してしまっているだろう。仲間にしてあげればよかったと、今更ながら後悔が走る。
お互いに人見知りだから、打ち解けたころに招集がかかってさよならしたのだ。瞳と髪の色以外は、なかなか完璧なかわいい子だったんだけれど ── と。
(そう言えば主様は大した魔力も感じないのに、血液だけはいっぱい魔力が入ってた。そんな、バランスの悪いことってあるかしら?)
魔力保持限界が少ないため、取り込んだ魔力が血液に漏れ出るモンスターや人間ではないのだ。もちろん血の流れる魔族など、お目にかかるのは初めてのクラサビ。そういうものだと言われれば、否定する知識を持たない。あるいは、将来覚醒したりするのかも知れないが。
(でも主様は卵生だから、覚醒には母親の授乳が必要だろうか ── 。主様の母親って言えば、もともと魔王様が首ったけにのぼせ上がった挙げ句、産ませたと聞いたはず。たしか後宮を追い出された元の寵姫が、城中で母親の悪口を言いふらしてたわ。でも考えたら、上級魔族の二世なんて聞いたことない話よね)
そもそも魔族は雌雄による繁殖能力を持たないので、別の生命体の母体に、子供を産ませる能力しかないはず。普通ならお相手はモンスターや、獣人あたりだろうか。ただ魔王様って、別なのかも知れない。なぜなら ──
(たしか主様は、人間とか獣人とかの女に産ませた子供のはず。人間は、 ── まさかだわ。しかも幼生体じゃなくて、卵だから、卵を産む獣人よね)
そこで勉強嫌いが災いして、無知なクラサビは悩む。
(え? そんな生き物いたっけ? 獣人はざっくり、温血獣と人の混血みたいなものだっていうから、卵を産むわけないんだけど。違ったかな ──)
中には温血獣でも卵を産んだり、身体の袋の中で大きく育てたりできる種もあるらしい。そんな話を、仲間の8121あたりから聞いたような気がする。それに、獣人が温血獣と人の混血というのは偏見だとも思えた。空飛ぶ鳥人は知らないが、水中に棲む半魚人と言うのなら、南の国にいると噂に聞いたことはある。
いずれにしても、人間とまぐわって生まれてきそうな気がしない。それでも主様の姿を見る限り、母親はトカゲ女だったのだろうかと思うクラサビだが、そんな種族の話は聞いたこともなかった。
(よほど変わった種族なのね。だからトチ狂ったのかしら。でもあたいなんて、魔王ガレノスさまの正体どころか、普段のお姿も見たことないもんね。じゃあ主様って、本当は魔王様の真の姿に似ているのかも)
普通の魔族であれば獣人とまぐわって子供を作れば、獣しか生まれないはずだ。だから、主様はあの姿なのだろうか。いや、もしそうなら主様は魔族ではなく、ただの冷血獣ということになってしまう。しかしあの結界を自由自在に張る力といい、血の中とはいえ強大な魔力など、単なる獣のそれではない。
(ましてや人間と魔族の混血なんて、今まで聞いたこともないわ。人間が作った、魔族の出てくるおとぎ話には、まれに半妖とか半魔というのが登場するけど、あれって嘘っぱちだって子供でも知ってる)
それでも、主様は魔王様とは違う。人間を虫けら程度に蔑むことはなく、その社会とか仕組みごと、あるまますべてを支配しようとされているのだ。
(でも魔族なのに、人間相手でもそんな思いやりを持つのは、やっぱり母親が人間とかだからじゃないのかしら)
今までの魔族は邪魔なら踏み潰したり、必要ならさらってきたり、気に障ったら殺したり。それが普通だったけれど、主様は違うように思えた。
(だいたい何千ものウイプリーの一人である、いてもいなくてもわからないくらいの、あたいを助けてくれるんだもの)
いまだ六千体以上も残ったウイプリーの、たった一匹。しかも自分みたいな落ちこぼれのために、肉体を傷つけてまで救ってくれるなんて、魔族でありながら考えられない思考形態だ。
(アーやっぱりそういうのまで見てたら、主様ってあたいと大差ない、ダメ魔族なんだろうな)
自分の落ちこぼれ仲間も、魔族にありながら仲間思いの情にもろい半端者ばかり。戦闘嫌いでお互いの辛さ悲しさをなめあい、小さな喜びを分かちあい支え合ってきたのだ。主様もなんとなくそういう、ダメ魔族っぽい感じがする。
それでもクラサビは、一瞬でも自分みたいな取るに足らない者を、消えないでほしい、と思ってくれたことを心底うれしく感じた。
残存魔族には、絶対服従の呪縛がかけられている。だから魔王の跡継ぎの命令に対しては、文句を言いながらいやいやでも、従わなければならない。そこで、クラサビは疑問を持つ。
(あたいは、主様に絶対服従だから働くの? いいえ、違うわ。じゃあ封滅を救われた恩に答えるため?)
── いや、そうでもない。
自分のように使い捨てのごみ程度のものへ、救いの手を差し伸べてもらえたのだ。つまりわずかなりとも消えないでほしいと思ってくれた、 ── だから‥‥。
それで ── と思考を進めるクラサビ。
(もし主様が、あたいにくれた力を使って主様のために尽くせと言うなら、どんなことでもできる気はするけど ──)
だがそれはもう、絶対服従の呪いをかけられたせいではなくなっている。
そもそもクラサビはそういう呪いを、顔も知らない魔王から押し付けられたのがいけ好かない。それでも、ちょうど主様の孵った現場に出くわしたとき、首を絞められるような呪い特有のものが襲ってきた。あの感覚のせいで、主様が絶対服従を強いた呪いの主体と確信したのだ。だがそんなことは口にしたくない、あえて忘れたいと務めてきたクラサビ。
(じゃあ、消滅しそうになったところを助けてもらったから?)
クラサビは、そうでもないような気がする。
(ああきっとこの気持ちは、ヒト族などの、男に対する女の気持ちなんだわ。主様は、あたいのこんな気持ちを、わかってくれるのかしら?)
いや、そんなバカなことは想像しないでおこう。どう考えたって自分は、およそ一万以上から残っている絶対服従魔族の、たった一匹だ。ただ最初に、二世ラーゴを見出し会見した。自分などそれだけのものに過ぎない。
(だから今、主様はあたいに優しくしてくれる)
それは、主様が本当に心優しく、珍しい魔王だからだ。たとえあのおとぼけが芝居ではなく、真実主様さえ知らなかったとしても、である。
自分自身が魔王の跡継ぎだっていう事実を、最初に見つけたからといって、そのことを恩に着てもらえるわけもない。もちろんそれ以上、自分に特別な魅力があるとも思えなかった。
なにせウイプリー・グループの中では、もっとも落ちこぼれと自分が認めるクラサビなのだから。
自分の能力といったら、ウイプリーの基本的な能力である剛力や吸血して人を支配するとか、自由に飛行できる程度。これらは一番当たり前に、ウイプリーすべてが備えている能力だ。結界を張ることができるようになったのは、なかなか自慢できるかも知れない。
ただし小さく簡単なものであり、低レベルの仲間相手だけに限られる。たしか百番隊なら、もっと巨大で多彩な結界が張れる者もいるように聞いていた。口の悪い者からは、『それでも結界?』などと言われそうだ。
それでもクラサビが仲間と誇れるウイプリーは、二十三人もいる。一緒に生き残ることを約束してきた仲間たちは、それぞれがひとつふたつ、エリートたちも持ち合わせない特殊能力を備えていた。
しかしそれら能力は、ほとんど魔族らしい戦いの役に、立たないものが多い。だから司令官たちは、そんな特殊能力をいちいち覚えて戦略に生かすなんてことなど、興味すら抱かなかった。
せいぜい出撃編成前、近接攻撃能力に優れた者、遠隔攻撃能力に長けた者、防衛能力に秀でた者などに分けられる。そしてグループごとに、突撃や退却などの命令を飛ばすだけしか行なわれない。それでも数にものを言わせ、戦場では十分な効果が出た。
とはいえクラサビにいたっては、それらの攻撃的な能力にこれといって取り柄がない。グループに分けられるときは、いつも『何も取り柄を持たない者』だった。
そんなクラサビの特徴は、ウイプリーの舌先に着いた吸血するための針、これがとてつもなく長く伸ばせること。またほとんど魔力を残してない者や、そもそも自力でできない落ちこぼれを、人間の姿に変身させてやる能力があるぐらい。魔力の保持できる量は、大人の形を保っていられないほど少なくないけれども、その魔力保持限界など及第点ギリギリの最低ラインだ。
その上クラサビは、吸血した後の変換速度がきわめて遅い。少量であれば、カマールの姿であっても血を吸い魔力に変えられる。だが、人の姿で血液をせいいっぱい体内に取り込んでも、すぐには魔力に変換できないため、活用させられなかった。
いやはっきり言うと、使おうと思っても、もともと大したことができない。つまり瞬間的に大量に必要になることがないから、それでいいのかも知れないけれど、このように悪い特徴のほうが多いくらいだ。
(そんなあたいでも主様は頼りにしてくれる。今まで自分のことを、こんなに頼りにされたのなんて初めてだわ)
魔王城周辺まで、悪魔ブエルさまと同行して戻ったカマール仲間から、ユーダが連れて来られていると聞いてそれを追いかけた。そこで主様が卵から孵るところに偶然出くわす。しかしそれを、エリートに報告しても褒められない。それどころか、『なぜ、おまえのようなものが見つけてくるんだ』と言わんばかりに、叱り飛ばされたのはショックだった。
(でも主様は違う。あたいを頼りにしてくれる、ただ一人の主様だ)
けれど ── この幸運に甘えてはいけない。
(いつか主様は、あたいの手の届かないところへ行ってしまわれる方。そしてこの世界に、最強の魔王として君臨するんだ。そのときあたいは主様のそばには居られないだろうけど、主様のお姿が遠くからでも拝見できる日を楽しみに、毎日がんばって行こう)
寂しい話だが、それまで消滅せずに存在し続けられたらという話である。
(きっと主様はこの国を、そして世界すべてに君臨するすごい魔族になる、雲の上のお方なんだ)
魔族にとっての忠魂義但をささげよう。たとえ煙になっても ── と思うクラサビであった。




