第〇〇四六話 モンスターは巨大哺乳類
ウイプリーは魔王消滅後、上からの指導もあり蚊のように潰されてはいけないと、草原エリアでモンスターの血を吸いに行っている。ラーゴはクラサビからそのあたりの話を詳しく聞き、初めてこの世界特有の事情を知った。
ときに使われるモンスターという言葉は、相続者の知識にある別世界 ── 地球でいう哺乳類のようだ。
ただしサイズが違う。以前話されていた『使役可能な温血獣』というのは、おそらく別世界地球における最小の哺乳類。マメジカと似た種類が馬代わりに乗られ、ジネズミ同様の種類が農耕の労働力に使われるあたりが想像に難くない。
それでも大人になれば、人からみると大きくなりすぎるので、巨人族が繁殖や育成を担当しているのだそうだ。
(─ それで、盟約をかわしてきた理由がわかったよ)
それがこの世界の常識 ── どおりでミリンの質問の中にも、モンスターについて出てこなかったはずだと納得するラーゴ。
具体的には、通常の鼠でも体長は一メートル以上、子兎なら人とほぼ同じながら群生しているため人間には脅威となる。猫や鼬、アライグマであれば小さいものでも人の倍ほどの大きさで、肉食の猛獣に分類されるようだ。
このあたりはまだ、モンスターというより猛獣の範囲ですむものの、既成知識にある猛獣は、小さめのコヨーテでもさらに巨大。野牛、山羊ともなれば、複数階層の大聖堂ほどの大きさも珍しくない。
象やキリンといった、地球でいう大型哺乳類はこのあたりに見られないようだが、もはやそれらのサイズをはるかに凌駕していた。
(─ まさにモンスターだね)
この世界においてどこででも、それらはモンスターの餌が豊富な草原に巣くっており、食物連鎖を保ってきたに違いない。そこは緩衝地帯と呼ばれ、高原や険しい丘陵地によって、人間の住む都市や村とは隔てられている。逆に言えば、人間がそれらのいない安全な場所に聖泉を見つけ、住み着いたというのが正しいようだ。
たしかにそれでは、食用に獲りに行くのなど、命がけの行為になるだろう。しかも労働用の温血獣は、人間同様に大事にされており、たとえ死んでも食用に供しないと決まっている。その結果、哺乳類自体を食べる習慣もなく、多彩な料理法も未開発という可能性が高い。
だが魔族は自ら農耕など行なわないため、圧倒的な力で草原のモンスターを食用に狩って来る。クラサビは、そんな料理を担当する人間と働いていたようで、そういった事情に詳しかった。
ただウイプリーたちは、料理していただくより、血の滴る生肉が好みだそうだ。クラサビが王都で見た限り、人間世界で肉として食されるのは、鳥や超小型の蝙蝠程度に限られる。後は魚くらいが、動物性のタンパク補給源と聞けば、真王の部屋での話も不思議ではない。
ロノウエが見つからないのも、ウイプリーが存命をはかるにはモンスターから、下っ端ほど頻繁に吸血を繰り返す必要があるためという。一方エリートたちはなんだかだ理由をつけて、王都内の安全な血液調達の手段を独占していた。数少ない使役可能温血獣や、寝たきり人間は見つけたら上司に報告し、下っ端は吸血してはならない。そんな事情があって、とても一日中、王都をめぐって探し出すことなどできないようだ。
ウイプリーは血によって魔力を吸収でき、個体ごとにその蓄積量差は甚だしい。おそらくペスペクティーバから教わった、対人間比魔力保持容積というものだろう。生まれの遅早ではなく、その上限が高いほど上位者である小さい番号が振られて、支配階層についていた。
たとえば、一般的な人間を一とすると、クラサビは十に満たず、二十を下回るものはあらかた能力に偏りがあって一兵卒と見なされる。三桁のゼロナンバーはほぼ二十以上であり、二桁のダブルオーはすべて三十以上。トリプルオーと総大将のクアドラプルにもなれば、限りなく五十に近い化けものだという。
魔王城には十三将と呼ばれる、最高召喚悪魔の次に並ぶ超弩級の魔族がいたらしい。しかしエリートたちは、あのものすごい電撃を打てる、ペスペクティーバと比較して倍となれば、かなりの強者ということだ。
ただ、これだけの魔力を人間や動物の血で補給しようというのは、カマールの姿であれば無理がある。
「さっきも言ってたけど、エネルギー補給は血じゃないとだめなんだよね?」
「そうねぇ。血液以外というと、母乳や精液なら魔力豊富でバッチグーよ。でも、なかなかそういう補給は難しいもの」
「それじゃたしかに、カマールの姿じゃ、命がけだね」
ラーゴは、現在のウイプリーたちの窮状をなんとかしなければ、反乱がおきないかということを心配した。暴徒化し、手が付けられなくなった残存魔族を鎮圧しないといけないなんて、檻の中の自分には不可能だ。自分の血液はきわめて優良な魔力補給源になるが、これは隠しておかなければならない。しばらく、ウイプリーに対する自分の在り方をクラサビに相談し、指導を受けた。
「主様、あたい結界がはれるみたいよ!」
それはラーゴが先ほど、心の生体呪文として書き込んだ能力に違いない。自分を包むだけの結界にすぎないが、まわりも少しくらいは包めるようだ。こんなことをできるのは仲間でも少ない、高等能力と喜んでいる。
(─ 魔力欠乏状態だったから、気づかなかったと思ってもらえたのかな?)
動物実験したことは、伏せておこうと考えるラーゴ。
カマールに姿を戻したクラサビは、ここに来たときと格段に違い、弾丸のごとく飛べるという。たしかに結界を張って突っ込めば、壁に大穴が空きそうだ。
どうも、さきほど中庭の上空で結界に包んだとき落ちてきたのは、魔力がほとんどなくて羽で飛んでいたせいだった。今は飛行の魔術で、いわば重力を制御して浮かぶのだから、結界を周りに張ったままでも、問題なく飛べるらしい。
そこで、元気も有り余り、簡単な結界が張れ、微妙な聖泉の忌避など大丈夫であって、後の追加は当分不要。そう豪語するクラサビには、ウイプリーのトップを連れてきてもらえるよう命令する。
ウイプリーの首脳部をすべて集めるとしたら、それなりの時間がかかると思ったラーゴは、今睡眠をとって休んでおこうと考えた。今夜はほとんど眠れてないからだ。たぶん、日はとっくに変わっているので、『昨日は』というほうが正しいのだろうか。
だが今日は、本当にいろいろな事件があった一日だったと回想する。
ウイプリーは、夜が明けると動きが取れなくなるそうだから、面談は明晩になるかも知れない。だが、ウイプリーのやって来たときには、どうやって話を進めたらいいだろうか。そんなことを考えながら、夜明けを前にうとうとし始めるラーゴであった。




