第〇〇四二話 消滅する魔族(なかま)を救うため
「ああ、それはボクも賛成だよ。ボクはこのまま、ここでゆっくりしてたいもの」
「エーッ、‥‥そ、そうなの?」 9037の声が変わった。「だったら、嬉しいわ。あたい、よく尽くすタイプだって言われるの。そんな主様にだったら、魂から仕えちゃうわよ。だって嫌じゃない、殺ったりやられたりって殺伐としててさぁ」
「そうだ。平和がいいよね。ボクも9037さんの考え方、好きだよ」
「エーッ! でしょう! そうよねぇ! あたい好かれるもの、ホントは。ユーダもいい子だって言ってくれてたし。ウイプリーはたぶらかすほうが偉い、とかいうやつもいるけどさあ。あたいは好きな相手を、大切にするのがいいの」
元気のない蚊のくせに、言うことだけしっかりなのは、屋上で会ったやつとそっくりだ。まあ、蚊に好きになられても、尽くされても困るので、だんだん話が弾んできたと判断し、いよいよ核心にせまる。
「で、ロノウエって大智者に会いたいと思うんだ、知恵を貸してもらいたいことがあってね。どこにいるかわかるかなぁ?」
「ウーン、あたいが知ってる情報では、まだ見つからないみたいよ。あたいたちは離れていても、ウイプリー同士の『種族間感応通信で、お互いに連絡が取りあえるんだ。見張り中も、さっき言った二十人とは暇だからよく連絡を取り合ってたけど、あたいたちまで回ってくる中に、そういう話はないみたい」
「そうかぁ」
行方不明の支配者とやらが見つかり次第、もう探さないでいいという命令などが来るらしい。つまりまだ発見されてはいないのだろう。しかしなるほど、か弱い虫同士のテレパシーってありそうな気がした。
「けっこうな数で探しているんだけど、これだけ連絡が取れないってことは、消滅しちゃったんじゃないのかなぁって‥‥」
「え、そうなの?」
「い、いやいや、9352が言ってたのよ。あたいじゃないからね。ハァー。でも、どうするの? ロノウエさまに会って、やっぱぁ、王国再興を目指すのが筋よねぇ」
ずいぶん疲れが戻ってきたのか、いささか怠惰そうな言い方になってきている。
「違うよ、実は知り合いのお兄さんが倒れててね、どうしたら治るか知らないかなぁって相談したいんだ」
「知り合いって、ここでの ── もしかすると人間?」
「うん」
「たかが人間を助けたいの? ロノウエさまが相談に乗るかしら? でも ── 主様のお知り合いじゃねぇ。絶対服従の縛りもあるし‥‥」
自分こそ『たかが蚊』であり、聖泉で駆除されるくせに、言うことだけは偉そうだ。まあ屋上のやつなどは、話し方までどことなく気取って傲慢なふうだったから、こいつのしゃべり方ならまだましなのだが。
「でも、見つからないとしょうがないね。どこにもいないんでしょう?」
「すぐ見つかるわよ、主様が探せって言えば。今は、力もないし、潰されたら封滅にかかわるから避けてるけど。いざとなったら封滅を懸けて、何人かヒトの血を吸えば ──」
「いや、ごめん、封滅までかけなくていいから ──」
たとえ蚊、いやカマールではなくてウイプリーだったか。その程度の存在でも、こんなにコミュニケーションが取れるということは、友だちも家族もいるだろう。命を懸けてまで、探す必要はない。
「主様って、優しい方なのね。ぜぇ‥‥。ぜぇ‥‥」
「ど、どうしたの?」
先ほどから、最初にもまして元気がないと思っていたが、元気どころか、病気でも患ったかのようにさえ思える。
「ぜぇ‥‥そ、それが、やっぱりダメみたいね。ここって‥‥聖域じゃん。あたいたちウイプリーも、結局は魔族だからね。‥‥机とかに染み込んでいる聖泉の忌避で、少しずつ、あたいの体が蝕まれてるのに、気が付かなかったわ。しかも、あたいたちの残存魔力じゃ、この忌避に、対抗できない。だから、あたいたちみたいな、役立たずの捨て駒を、見張りにさせたんだわ。あの野郎‥‥」
(─ なんだって! 魔族? ウイプリーは、魔族?)
「だ、大丈夫? どうしよう!」
魔族ということはさておいて、まずは結界を張り、机と隔離する。
「だ、だめよ、もう。どうしようも、ないわ。聖なる、忌避に、侵されたら、所詮、実態を持たない、魔族は、消えてしまうのよ。ありがとう‥‥、結界を、張ってくれたのね。少しは楽だけど、もう‥‥どうしようも、‥‥ないわ」
苦しい息の下から、魔族のカマールは声を絞り出しているが、今にも危なそうだ。
「薬とか、なにかないの?」
「お恐れ、ながら魔王、様ならほんの、少し魔力を、魔脈、から分けて、もらえるなら、バリバリにも、なれるところだけど、無いもんね。ましてや、この姿、じゃ、たくさん魔力が、含まれた、血を吸いでもしない、限り、生き延びる、ことは、できないわ」
「人の血は? 冷血獣なら、小屋にいるけど‥‥」
「たいした、魔力は、持たないと、おもう、けど ── これじゃ、もう、そこまで、飛ぶ力もないわ。あきら‥‥め‥‥て ──」
いよいよ、こと切れそうである。どうすればいい? 自分の無知でこの蚊 ── 魔族だが、それ ── を殺してしまうのか?
(─ いや、魔族だからってあきらめられない。自分だって、同じ仲間なんだ!)
そんな思考が魔族本来のあり方なのか、あるいは別の世界を生きた記憶の残滓なのかはわからない。ただ魔族とはいえ力無く消えかけている虫に、そうせずにはいられなかった。
「ちょっと待って! がんばってて!」
自分の体は鱗に覆われていて、おそらくだが、もう息も絶え絶えの蚊の針では、刺さりもしないだろう。しかもこの首輪をつけたままなら、自分は冷たい冷血獣だ。そう考えたラーゴは、とっさに自分と9037の周りに結界を張り、首輪を外す。同時に自分の中に、熱いものが湧き上がってくるのを感じた。
(─ これの正体が、こいつの言う、魔力を含んだ血であってくれ!)
まだ自分は生まれたばかりで、祈る神を持たない身だ。しかしもしこの世界に神様がいるなら、だれでもいいから自分の目の前で消えかけている、小さな蚊の命をつないでいてくれと願う。
「な、にを‥‥してるの。無駄よ、‥‥上級、‥‥魔族には、‥‥血が、‥‥流れ、て、‥‥いない ──」
マンガであれば、『ガーン』と頭の上に文字が出そうな9037の言葉ながら、血のたぎりに似たものは感じていた。もうこれにかけるしかないとラーゴは決断する。いつもは隠している右前足の指から爪を伸ばし、自分の口の中、もっとも柔らかそうな内あごの下のほうを刺した。
(─ 痛ぇ!)
生まれて初めての感覚、痛みだ。とはいえ、便利な記憶にはあるので何ということはない。そして口の中で、少し塩辛いものが感じられた後、結界ごと9037を口に含み、舌の下に追いやって結界を解く。
どうか、魔族の神様がうっかり、間違えて自分には血を流してくれていますように、と祈りながら。




