第〇〇四一話 絶対服従のウイプリー9037
カマールは、どうも落下したショックなのか疲れているのか、あまり元気がない。そこでオートマトンに、窓から小屋の中へ入れてもらって話すことにした。
「こんばんは、きみはウイプリーさんかな。ボクとの連絡役なんだよね」
「あぁ、あたいはウイプリーの9037だよ。ごめんね、偉い方みたいに、丁寧な話し方とかできなくってさ。あたいは総大将・クアドラプルからの命令を受けてここにいたんだ。なにもないと思うけど、日替わりで中庭の様子を知らせろって言われてる、ただの見張りさ」
「ああ、そうだったんだね」 聖泉がある限り、此方からの連絡は困難と思ったのだろう。その当番に対し、『連絡役』としての指示まではでていなかったようだ。「ボクは、だれかわかる?」
「わが主様、だよ。それくらいは知ってるわ。あたいが最初に見つけたんだから」
「え、そうだったの?」
「嘘じゃないわ。主様がこの城に運び込まれたのをあたいが見つけなきゃ、ここに主様がいるなんて、だれも知らなかったと思うよ」 そう言ってからカマールは、モゾモゾ動いて続ける。「主様、あたいの縛り、ほどいてもらえますか? あたい、逃げたりしないから」
(─ あぁ。小さい結界で、動けないよう縛ったままだったね)
「ごめんごめん‥‥」 と言いながら、結界を解除すると、カマールは文字通り、羽を伸ばしたが、そのまま足も延ばしてへたり込んだ。「え、どうしたの?」
「ごめんよ~、夜明けで交代なんだけど、昨日から何も食べてなくってさ。大丈夫だよ。交代したら、血を吸いに行って元気になるからさ。だからごめんね。主様の前でこんな格好で。 ── ひれ伏してると、思ってくれる?」
(─ いや、どう欲目に見てもグロッキー状態だ)
「う、うん ── 。かまわないけど、少し教えてほしいことがあるんだ。いいかな?」
「ああ、何でも答えるよ。主様に絶対服従が、あたいたちの使命だからさ」
なんとも、やる気も元気もない返事だった。だが、絶対服従とは驚きである。ウイプリーは虫とはいえ、かなり厳しい組織のようだ。
「いや、そこまで求めてないけどさ。ウイプリーで一番偉いのは、大智者って言われる伯爵様なんだよね?」
「違うよ。ロノウエさまはあたいたちの支配者さ。たしかにすごい智恵と知識の持ち主で、そら恐ろしいくらいのお方なんだって」
「あ、カマールじゃないんだ」
「カマール? ロノウエさまが? ハハハ‥‥」 笑い声もお腹がすきすぎて力も出ないようだ。「あたいたちだって、別に好き好んでカマールでいるわけじゃないよ。そりゃ百番隊のメンバーは、カマールとしてあたいたちを産んだって話だけど。あたいなんて生まれながらのウイプリーだよ」
「え? ウイプリーって、カマールの一種とかじゃないの?」
「アー?」 いささか態度が悪い、おなかが空いたからだろうか。表情はわからないが、顔が歪んでいる声にすらきこえる。「カマールは虫でしょう、主様!」
「じゃ、じゃあウイプリーは虫じゃないの?」
「ウイプリーわぁ! 血を吸うのっ。今は、主様のお力になる前に犬死にしちゃいけないからって、クアドラプルが全員に指示してるので、人には行かないけど。本来、人間の血を吸えるんだったら。そしたらこっちの都合にもよるけど、たかが人間なんて、たいへんなことになるんだから! 偉いのよ! すごいのよ!」
「そうだね。場合によったら、眠れなくなるとか、たいへんだもの」
なにかヒートアップしているので、とっさに出たおべんちゃらだ。痒さで眠れなくなったと言ったのは、相続者由来の知識だが、『切られたる、夢は誠か‥‥』なんとやらという俳句があった。いやあれは蚤のあとだったか。
「そうよ! よく知ってるじゃない、夜中に血を求めて彷徨うのよ!」
殺虫剤やかゆみ止めの間違いではないだろうか。オシッコかけるのはムカデだったような‥‥血を塗ると痒くなくなる? いや、かきむしって血が出てくるということか?
「ここでは、血を塗るといいの? ごめんね。何も知らなくて」
「血を吸うの! 本当に生まれたばかりで、一切知らないのね! 主様のおぼんぼん!」
なるほど。血というより、蚊が体内に出す毒液のようなものを吸い出すと、痒くなくなるなんていう話は、聴いたことがある。しかし、やや怒らせてしまったようで、次の話が切り出しにくくなった。
「で、キミぃー」
「9037でいいわよ」
「あ、9037さんは、仲間が多いんだよね」
「そうよ。ウイプリーは、同じ種類のものがまだかなり残ってるけど、それぞれ意見が違うのもいてさぁ。ウマの合うのはそうね ── 二十人と少しくらいかしら」
意外に少ない。番号からして一万匹程いてもおかしくないが、身分や上下関係も厳しいようなので、意見の合うものは少数という裏でもあるのだろうか。
「そ、そうなんだ」
「あたいね、っていうかあたいたちって、つまり落ちこぼれなのよ。一番弱い三千の中で、もっともやる気のない一パーセントだからね。他のやつらには黙っててよ? 主様をいただいたら、即なにかやらかすつもりの上には、ちょっとついて行けないの。で、消えたくないから、協力し合ってる仲間なのよ」




