第〇〇四〇話 蚊(カマール)へのコンタクト
さて『まちがった千里眼の使い方』で、図らずも幸運を得たラーゴは、決してムラムラしているわけでないが、目がさえてきてしまった。
(─ 十里眼のペスペクティーバが、自分の悪癖を見抜かないで、と土下座した気持ちも理解できたよ)
とはいえ、結局のところ事態は解決には向かっていない。そもそも千里眼を使って、あちこちを覗いたのは、アレサンドロを助けるなど、王国の諸問題を解決するためだ。なにか手がかりがないかとやったことで、ラッキースケベに有り付こうとしていたわけではなかった。
(─ でも、マーガレッタにニアミスした後、ミリンの寝室を覗きに行ったのは、そういう意図があったと言われても仕方ないかもね)
やや反省しながら、再度仕切り直しである。少なくともこの千里眼サーチが、時間の無駄遣いに終わったのは認めざるを得ない。落ち着いて、頭を整理しなおすことにしよう。
まずは自分が話しかけても驚かなさそうな相手で、この問題を提起した聖霊と、魔法使い以外のグループがいないのが問題だ。
唯一しゃべっても、奇異に見ない人物はユスカリオくらいだろうか。ただ料理は得意そうだが、そのような情報源としては望み薄である。そこに自分の正体を明かすという、危ない橋を渡るだけの見返りがないように感じられた。
情報を握っているなら、ユスカリオと仲のよかったという魔法使いルシーだろうが、これも行方不明らしい。アレサンドロをどうにかしたサタンならまだしも、ルシーに聞いたところで、解決に至らない可能性もある。しかも魔王とつるんでいた魔法使いが、こんな場所にのこのこやってくるとも思えなかった。
(─ 八方ふさがりだ)
聖霊からは、大金を預かるほど期待もいただいている。ミリンの悲しむ顔も何とかしてあげたいが、これはたしかに自分の手に負える問題ではなさそうだ。どこかにいろいろとこの世界で役に立つ知識を教えてくれる人で、自分がしゃべれても抵抗がない人はいないだろうか。いや、人でなくてもいいのだが ── 。
(─ そうだ、智恵があるものを ── 見つけた)
屋上でいきなり耳の穴に飛び込んできたかと思うと、自分の言い分だけをぶちまけて飛び去ったカマールの頭目。そいつに『大智者』という名がついた者がいたのを、突然思い出したのだ。
今は王都で行方不明だとはいえ、六千もの蚊が待機していると聞かされた。探せば見つけられるのではないかと藁にもすがる思いから、急いでカマールを呼ぶと決める。しかも、たとえ蚊とはいえ『大智者』とまで称されるのであれば、そういう方面に詳しい者くらい知っているかも知れない。
さらに、たくさんいるという部下のカマールからも、情報収集ができるのではないか。数は力である。もちろん、すでにいるところはわかっていた。オートマトンを動かして外へ出る。
しかし最上階より下の窓にいるといっても、飛べないラーゴには近寄れない。オートマトンに『よじ登る』呪文暗号は作ったので、実験がてら ── と思ったりもするが、見つかったらたいへんだ。
今のところ唯一の楽しみといえる、『オートマトンの送り迎えによる温泉生活』が潰えてしまう。そう思うと、大声で呼ぶこともできない。
害虫の蚊ですらこのエリアには、近づけないと言う話だった。たしかに目をこらすと、聖泉から出るわずかな余波が、霧のように一定の高さまで立ち込めるのがわかる。屋上から、眺めた通りだ。蚊はその霧を避けて、十分な高さの窓枠にいるのだろう。
(─ 結界で、あのカマールを包んだら、降りて来てもらっても、大丈夫だろうか?)
だが物理的にも張られる結界の中で蚊は飛行できるのか。もし飛べたとして、結界はいっしょに持ちあがるかなど、様々な疑問があるが、蚊は自分で結界を張れないのだろうかと考える。
(─ ペスペクティーバは結界が張れる自分を見て、魔族じゃないのかとは疑っていなかった。ということは魔族でなくても、動物にはけっこうできるやつがいるのかもね)
それには魔力が必要だろう。さっそくさきほど修正した呪文暗号で魔力を測ると、ビンゴだ。あんな小さい蚊なのに、ヒトの倍ほどの魔力を持っている。キャパはさらに大きいのだろう。しかし、何に使うのか?
アレサンドロを見たように、心に刻まれた生体呪文を読み出すと、たいしたものではない。
(─ 当たり前ながら『飛ぶ』、『血を吸うとき、針を伸ばす、伸ばす、伸ばす‥‥』 ── いや、どれほど伸ばす気だ? それから『変身する・させる』か)
それは『孑孑からの変態』の間違いじゃないだろうか。まあ、蚊にとって見れば同じ話かも知れないが、『させる』ってなんだ?
そして、驚いたことに『透視する』があった。もしかすると、そんな生来固有能力を持った蚊だから、ここで見張りをさせられているのかも知れない。それとも蚊特有の目で血管を探すため、どの個体も身につけた能力なのだろうか。
疑問はつきないが、どうやら結界を張る能力はないようだ。だが、ラーゴはあきらめない。自分に従える蚊の種族というのだ。同じように、しょぼくても透視すらできるらしい。呪文さえ書いてやれば、殺虫効果から身を守れるはずだ。
(─ しょせん蚊なんだから、失敗しても人格崩壊するほど、複雑な構造ではないだろうしね)
いわば動物実験である。幸いなことに心の生体呪文の書かれる場所は、けっこう空きがあった。
今度は自分が張る結界の生体呪文を検索すると ──
(─ 膨大だ!)
様々なパターンがあるし、張るだけではなく、拡大縮小の手続きも用意されているためであろうか。もしかすると、自分の練習によって増えたのかも知れない。その中から自分を中心に包み込む、もっともペーシックな部分だけを抽出して覚え、オートマトンにしたように蚊の心にセーブ詠唱した。一瞬、蚊がぴくんと反応する。
(─ 成功だ)
と思ったが、書き込めたものの、それをこの蚊に伝える方法のないことにすぐに気づかされた。呪文暗号を見ても、張る瞬間に大量の魔力をつぎ込むようだし、蚊の持っている程度では間に合わないかも知れない。しばし落ち込むラーゴ。
そこで逆転の発想に切り替えた。
(─ 聖泉を中心に、あちらを結界で包み込めばいいんじゃないのか?)
どうも自分の引き継いだ智慧は、生前にそういった、 ── いわば逆転の発想のようなものによって、結果を積み上げたきらいがある。突飛な案を捻出するたび、良くも悪くも『よくそんなことを思いつく』とか『まるで漫画みたいな発想』なる評価を、頻繁に耳にしたようだ。もちろん、前例のないそうした奇想天外な発想には、思いもよらない失敗もつきものであるが。
慎重を期して試してみると、結果は思ったより順調で、しだいに結界の外の霧は晴れてきた。
(─ さあ、カマールを呼ぼう)
オートマトンに、小さい石を投げさせてみる。なかなかうまくは飛ばないため、近くめがけて繰り返し投石練習を行なった。そのうち回数を重ねるとともに、命中精度が高まってくる。この程度の力加減などであれば、オートマトンの学習能力が効くようだ。
ようやく、一つの小石がカマールの休んでいる窓枠のへりに命中すると、一匹の蚊が驚いて飛び出した。
下から投げられたとわかったのか、オートマトンのいる方向を向いた ── と思われ、用心深く、こちらに向かって飛んでくる。いままで聖泉の靄が立ち込めていたあたりで、うろうろしながら様子をうかがって停まった。まだ二階分くらいの高さがあって、話はできそうにない。
(─ もう聖泉の殺虫効果といっても、影響は及ぼさないはずだし、 ── そうだ)
ラーゴはもう一つ、降りてきたカマールの体を中心に、小さめの結界を張ってみた。思った通り、羽を動かしにくくなった蚊は、揚力を失ってそのままストンと地面まで落下する。千里眼で落ちた場所を確認し、草むらの中にオートマトンを走らせ、結界ごと蚊を拾ってこさせた。




