第〇〇二一話 ゲテモノぐらいのロックオン
青くなってかたまる冷血獣の怯えに、気づいたかどうかはわからない。だがミリンとマーガレッタ、そしてレオルド卿 ── ミリンパパまでが血相を変え、必死でラーゴの擁護にまわってくれる。
おかげで一瞬とはいえ、止まった時間から自我が戻ってきた。
(─ やっぱりこいつは、もっとも要注意だ!)
「いやあ、冗談ですよ、じょうだん」
どうやら、この筋肉戦士の発言は、ただうまそうな冷血獣を味見してみたい、希望だけから出たものに過ぎなかった。決してラーゴ自身の魔族性を見抜いての対応、というわけではなかったらしい。どうも、モンスター肉が入手困難なため、楽しみにしていた御馳走にありつけなかった腹いせから漏れた、笑えない戯言だったようだ。
この後ミリンは、先ほどにもまして目を吊り上げ、ゴードフロイならぬ、『ゲテモノ食い』を追及して行く。
「それで、その他二万とも言われた、多くの魔族はどうしたのですか!」
「はい。それらはすべて、魔王の消滅とともに魔界に戻されたと思います」
聖人に聞いた話によると、召喚主が滅びた後の魔族は、存在する意義を失って消滅してしまうのが、通例ということであった。およそ召喚主からの特別な命令、たとえばだれかを呪い続けろといったような、継続性のある支持が発せられない限りだそうだ。
呪詛の対象が、死ぬなどした場合もしかりだそうで、女王陛下から大司祭も同意見であると付け加えられる。
「ですから王都をエサとして、四人の精鋭の方々残らず、ピンポイントで魔王せん滅に送り出す。抛磚引玉とも、背水の陣とも言える作戦をとったのでした。魔王さえ倒せば召喚悪魔たちも、すべていなくなるはずだということでね」
頭脳戦士が話をくくった。されど事実は、そこで終わらない。
「ただ、今回魔王は、滅びる直前に継続性のある命令を出しております」
ゴードフロイの言葉に対し、全員から『おおっ』という声が一斉に上がり、突然場が緊張感に包まれた。さすがに、ミリンパパの手も止まっている。
(─ じゃあまだ、生き残りがいるんじゃないか?)
ラーゴも驚きに顔を持ち上げ、 ── いわゆる乗り出してしまった。だがこれでは話を分かっているのがまるわかりだ。あわててミリンパパの手が止まった状況に不満を感じたようなふりで、おっさんの手の甲を嘗めて繕っておく。
「このことは漏れた噂が、一人歩きする恐れもございましたので、先の至高評議では混乱をおそれ、報告は控えております。とは言うものの、魔王は絶命直前、召喚悪魔たちを自らの息子に託す、と滅する前に呪詛を詠唱して果てました」
「ゴードフロイどの、そこは『魔王の二世』が正しいでしょう。私も、雌雄を確認したわけではございません」
息子か娘かわからないとマーガレッタはつっこむが、ゴードフロイは『そこは重要ではないんだ』という、顔をしながら続ける。
「絶命時に魔王は、こう呪文を唱えました。『わが血を継ぐ子に、権能と権限のすべてを譲渡する。我に召喚されし僕べは、わが子がこの世を支配するために絶対服従で仕え、わが子が呼びかけるまで魔界へ戻れ!』と。どこか間違っておりますかな、マーガレッタ隊長」
「いささか省略されているようですが、ほぼそのようなものでした。 ── たしか、わが『血』ではなく『資』。最後は『呼びかけがあるまで、力を封じて元に返れ』だったと記憶しております」
確実に全員、『継続性』が見られると認識して、息をのんだ。
「しかし、魔王の消滅のすぐあと、最後の望みを託された魔王の……二世は、マーガレッタ隊長によって滅ぼされました。その結果、先の命令は無効となったはず。結果、行き場を失った魔王が召喚した魔族の生き残りたちは、魔王や二世の滅亡と同時刻にすべて消え失せてしまった。これは魔族と戦っていたいずれの者からも、報告が上がっております」
これをサポートする影鍬の長、カゲイ。
「その……ゴードフロイさまから伺ったほぼ同時刻に、すべての魔族と思われるものは姿を消し申した。それは市民、兵、物見などあらゆる者が目撃しておりまする」
全員から、長いため息が漏れた。ほとんどの者が息を呑んで、その言葉の最後までを聞いていたと感じさせる。
(─ なんだ。じゃあ、もういないんじゃん)
これでミリンが最初に問いかけた、魔王討伐におけることこまかな現状分析は、事実上終了だ。要するに『この件については一件落着』ということらしい。
その後、アレサンドロがサタンと戦い倒れた様子を、マーガレッタから見ていた限りの詳細報告が行なわれる。
途中でラーゴはミリンパパの手に遷され、ミリンは両手で顔を押さえて、むせび泣きながら崩れ落ちた。もちろん、ラーゴを肩に移動させたミリンパパが慰めている。
「アレサンドロさまの件についてですが。無理強いとは言え、魔王島上陸に助力したセントニコラ・ミラリキアさまも、慙愧の至りと自責の念に打ちひしがれておられます。もちろん小官も、アレサンドロさまをお守りできなかったことについては……」
陛下は立ち上がり、ゴードフロイのそれ以上の言葉を遮った。
「もうよいでしょう。重々も、あなた方からは謝罪を受けました。とはいえ……あの子が剣士として弱かった、それだけのことです」
(─ さっきまで、気丈に発言していたのに ──)
王たる母親の言葉は動じない強いものであるが、ミリンは涙にくれてしまっており、顔を上げる様子もない。
「そんなあの子が戦場に行くのを、止められなかった私が甘かったのです。勇者ゴードフロイどの、それ以上は剣士として生きたアレサンドロが立てた名誉を傷つける申しよう。そしてマーガレッタ隊長の立場を、危うくする言葉となります」
(─ 近衛隊長だったからな、マーガレッタさんは)
「陛下、私のことまで深くご配慮を賜り、感恩を表せる言葉もございません。しかし、アレサンドロさまはサタンに討たれた、……いえ殺されたわけではないのです。おそらくサタンは、何かのアクシデントで魔力が枯渇していたもののあの状態。最終兵器レヴィアタンを起動させるために必要なエネルギー源として、アレサンドロさまの生気を、根こそぎ吸い取ったのではないか。最初はそう考えておりました」
あの気丈そうなマーガレッタも、やや涙声だ。その後に、ゴードフロイの補足が入る。
「ただ単に力を吸収され、生命エネルギーが枯渇したとするなら、極度な衰弱でとどまるはずでしょう。そうであれば聖泉の力で徐々に回復されると考えておりました。されど聖人たちも、あれほどの仮死状態にまでなった例は、いままで見た試しがないという。そこで現在、王国の大司祭様も知恵を寄せられ、延々と鳩首協議がなされております」
(─ お兄さんが原因不明の仮死状態ということか。ミリンは御心配なわけだ ──)
ふとラーゴは、マーガレッタと初めて、中庭に入ったときの言葉を思い出す。『いかにアレサンドロさまの件から、失意のどん底になられた殿下をお救いするためであっても』とか言っていた。
そんなわけで残息奄々の兄、剣士アレサンドロの容体に悲嘆にくれる妹殿下を、なんとか元気づけようとしたようだ。冷血獣マニアのミリンに自分という珍種を献上して、
やはり、マーガレッタは心から優しい女性なのだと、ラーゴは心酔する。人間だったら惚れてしまったと言うところだろうが、珍種トカゲの身では、あまりに侘しい思いだ。
そのとき、悲嘆にくれていたはずのミリンが、急に涙声のまま周囲に問う。
「でも……、もう一人同じ症状の奴隷がいたとか聞きましたが ──」
「はい、私が連れ出しましたが、まったく同様の状態といってよろしいかと」
答えるマーガレッタ。
「その人は、どうなりましたでしょう? あるいは、どのようにするご予定ですか?」
今度は、頭脳戦士が立ち上がる。
「殿下、この度の被害は王国での戦闘も含め、兵士数十名の死亡が確認されております。さらに市民もあわせて負傷者は市民聖堂などに運び込まれた重傷者だけで、百名近くに上りました。いえ、あれほどの軍勢が王都を包囲したのですから、それで終息できたのは、ひとえに陛下のご威光と軍の働き。そしてここにいるお二人と聖人殿たちのご活躍によるおかげでしょう。ですから、犠牲者については、出自不明の奴隷と云えども本日の慰霊祭でともに弔いを済ませ、すでに墓地に搬送されたかと思います」
どこの馬の骨ともわからない奴隷に、そこまでの気を使ってやっているのだという意見のようだ。出席者からは表情からも、不満が読み取れることはない。
「いえ、ハーンナン公爵。今夜遅く墓地に運んで埋めるよう指示しました」
大差のない訂正とはいえ、そのとき初めてミリンパパが頭脳戦士をハーンナン公爵と呼ぶ。遅ればせながら頭脳戦士は、ほぼ間違いなく、クリム嬢のパパということがわかった。一方ミリンパパは、なかなか裏方を仕切っているようだ。
「かわいそうに。聖泉の力をもってすれば、回復するやも知れませんのにね」
ミリンは、アレサンドロの現状を、同じ容態の奴隷に重ね合わせて思うのだろう。見ず知らずの奴隷まで、心配しているようだ。
「想像で申し上げるのは、いかがなものかと思いますが……」 ゴードフロイが言う。「その男、年齢のころは殿下とアレサンドロさまの間くらいで、奴隷や下僕ではなく、なかなか綺麗な衣装を着せられておりました。小官などと違い、たおやかな美少年で……」
「ゴードフロイどのは、倒れていた場所からも、サタンのお稚児だったのだろうと勘繰っておられるようです。この国の者でもないようですし……」
マーガレッタは、その被害者が悪魔の情夫か、大人のおもちゃだと揶揄するゴードフロイの宛て推量を、ゲスの勘繰りと卑しんでいる。それでも美少年をすでに目にした出席者たちは、彼の勘繰りをある程度肯定した顔にみえた。
「僕もその者を、拝見しましたよ。一人天使のようないで立ちであったので、顔もじっくり見受けましたが、たしかに一度見たら、なかなか忘れられぬほどの美形でした。しいて言えば、黒髪なのが残念ですが」
(─ ミリンパパ、ちょっと変です。娘さんが『なんだ、この親父』という顔で睨んでますよ)
とラーゴは思うが、もちろん口には出せない。おそらく本当に、きれいな顔立ちなのだろう。とはいえ ── イケメンだった片鱗のある ── おじさんが、整った顔立ちの美男子を物欲しそうに褒めるのはよろしくなかった。BL ── もとい、おかしな趣味を持つのかと疑ってしまう。
「まあ本来、サタンは女性体のほうが自然だと聞きますから、不思議ではないかも知れませんね」 物知りマーガレッタがそのいったんを披露すると、またほぼ全員の口から『ホーッ』という声が漏れる。「魔王城では男の姿でしたが、あの宴での役回りだったのでしょう。男にも女にも、あるいは龍にも変化できる魔物ですから」
しかしマーガレッタにとって、あまり思い出したくない相手、といった様子ではあった。
「やはりツバメ、とかいうことだったのかも知れんな。あまりにもサタンの近くにいたため、切羽詰まったサタンに、生命エネルギーをすべて吸い取られた。ついにはアレサンドロどのと同じ容態に ──」
「ということはサタンが、魔王城に残っていた魔族の魔力も、すべて吸収したとは考えられませんか?」
マーガレッタはこのとき、やけに腑に落ちたような顔で発言したが、魔王の話題はそこで打ち切られる。
「まあ、その話はそれくらいにしましょう」 どうせ議論してもわからない話だといったふうで、陛下がどこからともなく取り出した呼び鈴を鳴らした。呼んだメイドに何か言いつけた後、再び言葉をつなぐ。「実は今、大事な話を始めかけていたところでした。ミリンもお座りなさい。その冷血獣……ラーゴは、これからクリムにとりに来るよう言いましたので、あなたも話に一緒に入ってもらいます」
「真王陛下の、お心のままに」
ラーゴが少し疑問を抱いて観察する中、陛下が持っていた呼び鈴が、今度は陛下の手元から消えた。
(─ おや? ポケットのようなところにしまった様子もないのに ──)
部屋中を探すと、同じ呼び鈴が女王の執務机の上に置かれている。他には同類のものはなさそうだが、少し距離があるので、おそらく別モノに違いない。
そのとき、ミリンパパが立ち上がった。
「では、僕が届けに行って来よう」
「レオルド卿、貴方も一応、同席してください!」
陛下にぴしゃりと言われ、しぶしぶミリンの隣に座るミリンパパ。その姿は、身分の差からというよりも、単に奥さんに弱いご主人といった体であった。




