第〇〇二〇話 魔王城攻略報告
他に兄弟がいないのか、女王制度が徹底されているのかわからない。それでもラーゴは、ミリンが王位継承順位における首位者という事実に、驚くばかりである。
要するにラーゴは未来の女王様、お気に入りのペットとして就任できたということらしい。この国で一番ラッキーと自覚したトカゲは、せいぜい嫌われないよう、その幸せな安定生活を長持ちさせなければ、 ── と心に期す。
一方、女王から成人扱いを勧告され、急に大人の責任を持たされていわゆる『しっかり顔』になるミリン。筋肉戦士に向き直り、毅然とした声を発した。
「ではわたしにも、わかるように教えていただけますか、ゴードフロイどの」
「はい、ミリアンルーン殿下、小官の知る限りのことを、すべてお答えさせていただきます」
(─ ゴードフロイ? 冷血獣も食べるやつ、魔族を殺せる ── こいつか!)
ラーゴとしては、警戒度を最高位に引き上げたい人物登場である。たしかどこかの雑談の中で、マーガレッタと魔王を討伐した勇者が、ゴードフロイだったと聞いた覚えもあった。魔族としても、美味しい冷血獣としても、近寄りがたい天敵のようだ。
「この度の魔王侵攻が、なぜ起きたのか、そしてどう結着したのか、あるいは現在どのような状態なのかということです」
毅然としたミリンの視線は、いかなる真実でも、ごまかさず聞きたいという強い意志をゴードフロイに伝えていた。
「これは……。あくまで王国で入手された情報をもとにして、今回魔王島への派兵に携わった、教会の聖人たちと、自分の意見が共通するところ。ですから、多分に推測による部分が含まれる、と思って御拝聴いただきたいのですが ──」
── と筋肉戦士ゴードフロイは、言葉を選んで話し始める。結論として、魔王軍は全滅した。
実際魔王が人間社会に牙をむいてきたこと自体稀有なことであり、今回は魔族側に特別な事情があったと思われる。それは魔王の跡継ぎ誕生に関係していたというのが、王国の潜入調査によって入手した情報からの結論だ。
今回魔王城に誕生した跡継ぎは、詳細こそ不明ながら魔王の直系である。にもかかわらず、少なくとも魔族が禁忌と畏れる聖泉すら、支配する力を持つ未曽有の存在と考えられた。しかも魔王城随一の預言者、エリゴスなる悪魔は、地上のすべてを制圧する皇帝になると予言したという。
いよいよ悪魔の祭りが始まる日にあわせ、孵化する跡継ぎへ捧げる贄として、王都の掌握とガニメデの聖泉の占拠をも企てた。それが魔王城の手勢ほとんどを、動かす原動力だったのはほぼ間違いない。
しかし、ゴードフロイとマーガレッタ、聖人たちの働きにより、魔王城は陥落。最後に誕生したばかりの跡継ぎに、すべてを託して魔王も滅ぶ。さらにはマーガレッタの機転で、産まれたばかりの跡継ぎも直ちに始末され、万事これで終結した ── というのが今回の顛末であるようだ。
ラーゴは自分を食しようと、調達させた張本人の消滅が、確認できたことで心から安堵した。
ゴードフロイの報告の区切りを狙って、マーガレッタの口が挟まれる。
「もちろん、聖人お二人の超常的なお力は桁外れ。とはいえ、まさにゴードフロイどのの大陸一、二を争う武術の冴えと、かの聖剣の力なしで、魔王を葬ることは叶わなかったでしょう」
「何を申される。いかに小官に聖剣があろうとも、魔王征伐に専念できたのは、マーガレッタ隊長によるご支援のおかげ。御身が八面六臂、他の魔族すべてをその身に引きつけ、片っ端から始末していただいた賜物に他なりません。小官など、魔王の抵抗に満身創痍の有様でした。しかしマーガレッタどのは無傷というより、まさに指一本御身に触れささなかったあの体術……。この身には重荷にすぎますれども、ぜひわが軍の諜報・隠密警護部隊に、ご指導賜りたいと感じ入っているところです」
ゴードフロイも賛辞を返すものの、歴戦の勇士である二人の間には、決して社交辞令ですまない、真剣勝負の緊張感があった。
(─ 自分が喰われそうになっていた魔族の本拠地で、それほどすごい戦いが行なわれてたんだ。そんな中、助かってこんないい暮らしがさせてもらえるって、なんとラッキーな人生なんだろう)
ひとつ間違っていれば、自分など魔族のディナーであったはずだ。一方では、同じように生まれたばかりと伝えられる跡継ぎ魔族すら、残らず退治されたというのに。
「手放しで喜んでいて、よいのでしょうか?」
(─ ぎくっ!)
そう疑問を挟むのはミリンであった。せっかく、これからのセレブ生活に気が緩まろうとしたところへ水がかけられたのだ。あわてて自分のことを指すのではないかと、思わず息をのむラーゴ。
「たしかにゴードフロイどのはお強い、聖人様たちも偉大な奇蹟をお示しになる方ばかりです。それはマーガレッタもしかりでしょう。しかし、二十年以上の期間にわたって、勢力の拡大をはかった魔王があまりにも、呆気ない最後だったと思われませんか? 有史上もっとも強大な力を手に入れた、とまで轟く大魔王ガレノスが、です」
「 ── 素人が失礼なもの言いかとお腹立ちかも知れません。ですが、ミリンはこの数年、アレサンドロの采配で集められた情報を、すべて聴いてきております。私も疑問に感じていましたが、教会の方々の、偉業までも侮る仕儀になると憚られましたので、発言を控えて参りました。アレサンドロがなぜ、あの様な事態に至ったのかを問おうとは思いません。逆にアレサンドロと数人程度の犠牲で、ことが成就したという成功が不自然に思えてならないのです」
ミリンの母、真王と呼ばれる女王陛下も、ミリンが抱いたのと同様、魔王の脆弱さに疑問をぬぐい切れないのが伝わってきた。自分のようなものが残存している現実の指摘ではないと分かって、やや安堵したラーゴ。だがその話の中で、将来の不安要素が残ることに心は落ち着かない。
「真王陛下の言われる通りです。相手はもっと強く、強者ではなかったのですか?」
ミリンが最後に放った質問の答弁には、筋肉戦士が再び口火をきる。
「陛下、そしてミリアンルーン殿下に申し上げます。お二人の疑問に思われることは、至極ごもっとも。しかし、今回はこちらが弄した策が功を奏しました。あわせて、敵に不測の事態が多々あった幸運により、ここまで被害を圧縮できたといえるでしょう」
「弄した策とは、この王都を囮に魔王城の大軍と、幹部の強力な悪魔を引きつける。さらに残った悪魔たちも巧妙な陽動で島から遠ざけ、少数精鋭で魔王だけを撃つというモノでしたが……」
ここで初めて口を開いたのは、ラーゴが一瞥して『頭脳戦士』と見た男であった。別に体調が悪そうには見えないが、やや病的な感じもして思う。
(─ いつも元気ハツラツなクリムと比較するからかな?)
「 ── 敵に不測の事態、とは?」
「小官らが魔王のところに行く前に、何やら重大な事故が起きた形跡を感じております。 ── たとえば謀反のような」
「謀反とは? 魔族にありがちな、諍いではありませんか」
陛下が話に割って入り、魔族は『謀反』など当たり前の不逞の輩とばかりに、平然と流してしまおうとした。
「いえ陛下。おそれながらあの魔王城に残っていた高位魔族は、サタンを除いて直接、魔王が召喚した魔物ばかりと見られております。我々がよく口にする、魔族同士に諍いは当前というのは、まだ力のない魔王がかき集めた、はぐれ魔族同士の話でありましょう。自分を召喚した者に刃向かえば、たとえ魔族であっても自分の消滅も意味しました。そんなことが、起きるとは考えられません」
といってあの場にいた悪魔たちすべて ── とくに大悪魔サタンが、憔悴しきって泥酔していた理由は思いつかない。そうゴードフロイから告げられる。それは聖人たちも、口をそろえた意見のようだ。
陛下やミリンの言葉通り、『たしかにあっけない』とだれもが思っていた。マーガレッタも、はるか大昔の話とはいえ、サタンが化身した龍に飲み込まれたという。その際覚えがある、絶大な魔の力を感じることはなかったらしい。
ただし、魔王は間違いなく滅びた。それはこれまで、幾多の悪魔を滅ぼしてきたゴードフロイが、自ら手を下して最後の確認も行なっており、とても疑うことはできない。そして魔王は、最後に自分の子にすべてを託そうとしたという。
「しかし、ゴードフロイどのの目の前でその野望も断ち切りましたので、ご安心を」
マーガレッタが、自信を持って告げた。ゴードフロイも魔王の子の最後は、その目で確認していると付け加える。
(─ あれから、何かたいへんなことがあったんだなぁ)
ミリンの父親からややもみくちゃにされながら、ラーゴは自分が眠らされた後、魔族の謀反が起こったとする話に少し興味を持った。
あのユスカリオの知る魔法使い、ルシーよりさらに強力な、サタンという大悪魔がいたらしい。だがルシーもなかなか屈強と見えたから、そのあたりでいざこざでもあったのかなぁ、と勝手に想像してみる。自分も現場には居合わせながら、とにかくそんな大事になる前に、調理のため眠らされてしまったのだ。
ということなら、あの屈強そうなやつが実は、食用魔族を絞める専門家だったのかも知れない。
(─ でも自分は、結局何の役にも立たないなぁ。知っていたら、教えてあげたいところだけど)
と思ってみても、実際にはそんなコミュニケーションをとったら、それでこの生活も終わりだ。
「小官としては、召喚悪魔でないサタンが、とりまきの減った魔王といざこざを起こした。それによってサタンの魔力も枯渇するほど、やられたのではないかと考えております」
周囲は、理屈も通っているとゴードフロイに同意するが、マーガレッタはやや納得いかない、といった顔色にも見えた。
「それで……多数いたという魔王の配下はどうしたのでしょうか」
続くミリンの追及で、ゴードフロイは幹部悪魔の最期について、入手している報告を発表しかけたが、何かに気づいて口ごもる。
「それは小官より影殿……」
女王陛下の後方へ、五、六歩離れたあたりのなにもない場所に浮かび上がる影。その上に片膝をつき、全身限りなく黒に近い濃紺一色で包まれた、ミリンよりひとまわり小さな人間が登場した。
(─ 上から降りたんじゃない。そこにいたのだけど、見えなかったみたいだ)
「 ── 『影』の方からご報告いただいたがよろしかろう」
「もちろんここにいる者は、皆ご存知のはずですね。王国の影鍬、教会軍では『諜報・隠密警護部隊』というのでしたか。その職長カゲイです。 ── 影鍬カゲイ。王の前での上奏を許可します」
「影の禁に真王陛下の允許を賜り、謹んでご奏上申し上げまする」
(─ 女の人なんだ!)
あえて詮索など試さなかったので、ラーゴの眼でも気づかなかったのだろう。だがずっと女王を守護するため、この部屋のどこかに潜んでいたらしい。
また、諜報・隠密警護部隊という言葉に出自不明の知識が反応してくれる。ラーゴは隠密裏に王家を守ったり、諜報活動や謀略、工作活動を行なったりする特殊部隊があるのだと理解できた。
それが女性というのはやや驚きだが、考えれば女王に貼りついて、トイレや風呂も入るかも知れない。だから当然なのか、と変なことで納得するラーゴ。
「開戦以前の調査によると、魔王島の全戦力はおよそ二万体。うち王都へ派兵された一万七千によって、人口十万の王都を包囲。対する王国軍三千、一年足らず教会精鋭軍は二千でございます。幹部級最高レベル悪魔は魔王以外に五体、これにサタンが加わり、他にも強力な十三体が、儀仗兵として魔王城に配置されておりました。おそらく王都を包囲中の、上級悪魔三柱の間でもめごとがあったのでしょう。一体の幹部は小隊を率いて総攻撃前に離脱、海岸の陽動部隊と遭遇戦のさなかに消滅しております。残りは、王都の襲撃開始後乱戦中に消滅。ちなみにこちらの被害のほとんどは、この戦線で発生いたしました。他に、預言者とネクロマンサーと見られる、二体の強力な悪魔が認められています。しかし預言者は教会軍の陽動船団につり出され、海上で消滅。ネクロマンサーは魔王軍の決起の前に、出かけたまま最期のときを迎えたと思われまする」
「その確認は、とれていないのですか」
「それについては、救い出された奴隷から聞き取った内容が唯一の情報でありました。宴で魔王に献上する、おそらく食用のものを探しに、かなり南方の土地……噂ではグレートリフト大峡谷のあたりまで行ったとか。ついに城には、帰りついておりませぬ。またその食用のものというのは、先にアンデッドのハゲタカがつかんで持ち帰ったことも、わが手の者が確認いたしました。大きな果実か卵のような、こぶし二つ分に満たない、丸い形だったと報告を受けておりまする」
マーガレッタとミリンの視線が、急にラーゴに集まる。ユスカリオの、特別に用意される食材という言葉を、聞いていたからだ。ラーゴも思わず手 ── 前足を挙げそうになった。
「 ── なるほど。そいつですか」
「料理人として魔王城に捕らえられ、連れ帰った下僕から、特別に用意された食材と報告を受けました」
ミリンが補足すると、ゴードフロイがうれしそうに笑顔で吠える。
「なるほどぉ。あのユスカリオは、たしかに腕がいい。それほど貴重なものをあいつが料理してくれれば、さぞかし美味いでしょうな」
屈強な大男の、そんな言葉を発しながらみせた笑みが、卵の中で意識覚醒時に見た、怒り心頭の魔王の顔と重なる。途端に心底、命の危険を感じたラーゴ。
相手は魔族狩りのプロフェッショナル、勇者だ。思わず、自分の正体は見透かされている、もう終わった ── と心が凍り付いた。




