第〇〇一九話 王女殿下は成人間近?
ラーゴはミリンに抱かれたまま、しばらく廊下を進む。
そして格調高い調度ばかりが並ぶ、重厚な場所にたどり着いた。床に敷かれている赤い絨毯を見る限り、その傷み具合から余人が足を踏み入れる回数の、少ないことがはかり知れる。もし、ここが絶えず人が往来する場所なら、床の絨毯は痛みの感じられないインターバルで、頻繁に取り換えられると考えていい。
廊下の壁際に置かれたサイドテーブルや飾り棚、書架などの細工は見事と言う一言に尽きる造形だ。まばらに取り付けられた扉の彫刻は、過度に華美というほどでないものの、精緻を極めた作品が並んでいた。
ある扉に近づいたとき、いままで後方から付き従ってきたマーガレッタが先に進み、ドアの前でさほど大きくない声で宣言する。
「ミリアンルーンさまが、真王陛下にお目通り願いたく、参上いたしました」
母親に娘が会う段取りとしては、仰々しすぎる入室だ。しかし、身分と格式といったものを考えるなら順当であるのだろう。
中から二十代後半と見える、リムルと同じ服装のメイドが、すぐにドアを開けてくれた。生真面目そうで似通った匂いがする、しかも過ぎた化粧も施されていないくせに十分美しい。
外開きのドアが開放されると、部屋の中の様子がみえる。女王陛下以外にも大人の男性が三人、二つのさほど大きくない円テーブルを囲んだ様子がうかがえた。
『至高評議』を終えた女王陛下が、数人の要人とお茶を楽しんでいる時間、と踏んでほぼ間違いない。三人の男性の中、日中出会った際、女王と一緒だった人物は一人だけだ。知性には長けたと見えるものの、少しだけ健康不安がうかがわれる、頭脳戦士の貴族といったところであろうか。
他の二人のうち一人は明らかに筋骨隆々で、とびぬけ上背もある屈強な軍人といった対局の存在だ。そして今一人は高貴な貴族然としているとはいえ、親しみやすく優しそうな、元イケメンのおじさん。心なしかミリンに似た面影を持つ。
部屋に入って行くと、そちらの優しそうなおじさんが最初に立ち上がり、親しげな声をミリンにかけた。
「おお、ミリン、またかわいいお友だちができたのだね。父にもその子を、触らせておくれ」
ユスカリオより少し年配の高貴なおじさんは、やはり面影から想像した通り、ミリンの父親らしい。
「レオルド卿、ご機嫌麗しく。本日は至高評議のために、ご登城なさったのでございますね」
またもミリンは父親に対して、格式ばった物言いである。こういう場所では仕方なく、このように言葉を選ばなければならないから、公式の場所以外で格式張るのは嫌なのだろう。
父君は、レオルド卿というようだ。王女の父親にして、王ではなく貴族級なのは、なにか理由ありなのだろうか。
あるいは、血統が女王陛下のほうにあり、レオルド卿が王配であるパターン。そのため娘がより高い王位継承順位を持つといった、微妙な関係も想像に難くない。別に排斥もされず、こうした重要人物の会にも出席しているところを見れば、このあたりが正解かと思えた。
(─ そう言えば ── ミリンの発した名前に、王陛下が眉を顰めた人物がレオルド卿だったか)
であれば彼は、国において王配という役回りにとどまらず、王に疎んじられてなお、この場にいるだけの巨大な権力の持ち主。あるいは王の眉をひそめた理由が別にあるか、だと推察するラーゴ。そのレオルド卿は、ミリンの質問にも答えず、娘の腕ごとラーゴを触りまくってくる。
ラーゴかミリンのいずれかが血縁関係もなく、かつ女性という条件の両方を満たせば、何歳でもセクハラで訴えられかねない行為だ。
それで日中、レオルド卿と聞いて国王陛下が眉を動かした理由がピンときた。おそらくこの人の名前が挙がっただけでなく、彼の名と冷血獣の組み合わせで話題が出たからだろうと。
「らぁぁぁぁご」
ラーゴに対しては今にも嘗め回さんばかりの親密度を示すミリンパパ。だがその圧倒的な好意とは別に、ミリンや女王から受ける、慈愛や近親感といったものを覚えないのは不思議だった。
(─ おっさんよりはそれほど若くなくても、女性のほうが好きだってことかなぁ)
そうであれば、クリムやマーガレッタ、リムルはどうなるのか、と思ったりはする。
一方、似ているといえば、筋肉と双璧をなす頭脳戦士など、どこかクリムの面影がある感がぬぐい切れない。たしか彼女は公爵の娘であったはずだから、クリムの父親が女王に重用され、こういった席に出席できても不思議ではないだろう。
筋肉マンの正体は不明であるが、腰に下げた剣はただ者ではないと、ラーゴの魔性の眼に訴えてくる。
「ほんに、ラーゴと鳴くのですね。おもしろい」
女王陛下が感嘆の声を漏らすと緊張気味だった部屋の空気は、かなり穏やかになった気がした。それに応えるように、ミリンが口を開く。
「真王陛下、慰霊祭開催直後の至高評議はずいぶんと長引いたご様子ですね」
「 ── そうですよ。今回のことが片付いたとはいえ、王国には悩みの種が付きません。あなたももう十二歳になったのですから、王位継承順位の首位者らしく、早く成人の儀を済ませ、会議にも出席してもらわねば」
(─ ミリンは十二歳? 育ちすぎじゃないのか?)
今日見た範囲でも、たしかにミリンの身長は、城内の女性の平均と比べてやや低い。だがもうあと一~二年で、十分『女性』たる域に入るものと思われる。一方、十二歳で早々に成人しろというのだから、ここでは自分の認識よりも、早く年齢を取るのだろうか。
「女の身は十二歳が成人という王国のしきたりを、マーガレッタ隊長はどう思われる? 共和国では男女ともに、十四が成人だと聞く」
「はい、一年の周期が長くなり、今や四百八十七日と長期化してきました。人の歴史が始まった当時は、長い間三百六十日で刻まれてきたと伝えられております。当時の常識でいうと、ミリアンルーン殿下は十六歳を超すと計算できますから、そうおかしくないのでは有りませんでしょうか? 共和国も女性の婚姻は、成人前の十二から許されている、と伺いますので」
レオルド卿の質問に対し、齢七百歳というマーガレッタから、説得力のある解説が入ってラーゴは腑に落ちた。
(─ なるほど、すると自分の感じた七割五分程度の年齢になって当然か。自分の感覚は、やけに古いものなんだ)




