第〇〇一七話 魔術師とボンベと呪文暗号(スクリプト)
ラーゴたちは、再び長い階段を降り、城の構造から言えば中層よりやや上階の、最奥部分に進んで行く。
その間には、何度も衛士が守りを固めた関門と思える部分があった。とはいえミリンと隊長という二人連れの足を止められる者は、この城の中にいないようだ。
外は完全に、日が落ちて月明かりだが、王城内は歩くのにも不自由を感じない。それは、城内の廊下の壁面に、十分な明るさを与える松明が、一定の間隔で灯されているからだ。
ふとラーゴは、松明なのにゆらぎのない不自然さを感じた。ずっと今までその明かりの恩恵にあずかりながら、今初めて気づいた理由は、行く先に揺らめく松明を一つだけ見つけたからである。
いや、消えかかった松明と思ったが、よく見れば、どの松明も光っているのは火ではなかった。
「あら、この魔法灯火、もうあやしいですわ」
長い廊下で、ミリンが等間隔に配置されている兵士の一人に目配せする。
それを受けた兵士は、その松明を台から取り外すため駆け寄った。すぐに消えかかった松明を取ると、少し離れた、とは言うもののもっとも近い兵士に合図を送ったらしい。もちろん合図に気付いた兵士は駈けだした。
しばらく消えた後、頭からローブを被った人間 ── にみえる者 ── が連れて来られる。そんなわずかの間ながら、何思うことがあったのか、だれかが来るのをしばし立ち止まって待つミリン。
「これはミリアンルーン殿下、お見苦しいところをご覧に入れて、申し訳ございません」
いささか嗄れてはいるが、急ぎ参じる人影から聞こえたのは、間違いなく女性の声だ。
「いえ、魔術師ゲーベ、今日も夜どおしの灯り番、大儀です。しかし、かえってよいところに出会えることができました。ちょっとその魔法灯火を、見せてもらえますか?」
「かしこまりました……。消灯!」
ローブの女が、消えかかった魔法灯火に呪文を唱えて消した後、暗くなった魔法灯火を恭しくマーガレッタに差し出した。マーガレッタ越しにこれを受け取ったミリンは、魔法灯火の柄の部分を持ち、その台座から発光していた部分をひきぬく。
すると光り輝いた実体は、宝石にも見える石の欠片なのがわかった。これに導線が環状に取り付けられ、その導線の一部分で目を引くのは、ウズラの卵程度に膨らんだこぶのような部分。そしてこぶには、同じくらいの黒い筒状の塊が、太い管でつながっていた。また導線の末端には、結わえ付けられた短冊っぽい紙片が見える。
「ラーゴ、魔法灯火はこんなふうになっているのよ。そしてこの呪文記録紙に、魔法の呪文……呪文暗号というものが書かれてあるの」
(─ スクリプト?)
そう言いつつミリンは、短冊の表裏をラーゴに見せながら続けた。
「といっても、書かれた呪文暗号は、動作確認が済むと魔術師でも読めなくなるように、作者が隠してしまうのですけれどもね」
いかに冷血獣好きとはいえ、言葉もわからないはずの獣相手だ。人の身でも難解な魔術道具について講釈する姿を見た、魔術師のややあきれ気味の雰囲気がローブの下から伝わってくる。
一方ラーゴが見たところ、たしかに短冊には見た目、何も書かれていないようだ。
しかし、ラーゴはその言葉『呪文暗号』に、異様なほど魅力を感じ、強くそれが『見たい』と念ずる。すると、そこに書かれた呪文暗号なる文字が、ラーゴの目の前に表れた。
実際に紙片上に文字が浮き上がったというわけではなく、ラーゴの目の力にだけ反応し、隠れていた文字が見えたのではないだろうか。ただしそれは見たことのない暗号のような、象形文字っぽいもので綴られており、ラーゴにはまったく読めない。
それでも自分の名前を読んだときと同様、『解読したい』と念じ続けると、平易な言葉に変わって現れた。つくづく都合のよい能力を持っていると感心しながら、一方でこれも魔族の血統の恩恵かと思うと、気が重くなる。
こうして、読めるようになった呪文暗号だが、それはたったこれだけのものだった。
定義_呪文 点灯:
〔呪文 イスティンギッシュ〕が唱えられるまで繰り返す.
〔$ボンベ の魔力 $導線 まわりの$磁石 を回す〕
定義_呪文 充てん:
$ボンベ の『常用能力』まで繰り返す.
〔魔力 $ボンベ に注入〕
(─ なるほど、導線のこぶの中に磁石があって、魔力で回すことで導線に電気を流す仕組みか。さしずめ『$』のついた単語が、変数、あるいは具体的なデバイスを指すようだ。駆動エネルギーたる魔力は、こぶに直結されている、『ボンベ』というものに外から魔力を流し込み、ためておく仕組みなのか。しかし、『ボンベ』って ──)
スクリプトだけでなく、そちらのワードにもひっかかったものの、このように理解してからなぜ仕組みがすんなりわかってしまうのだろう。そういう疑問のほうが不思議になった。
磁石は鉄などを吸い寄せる石であり、それが伝導体の周りを回転することで、伝導体には電流が流れる。さしずめ、先についた石は電球の代わり、LED素子のようなものではないか。そう直感が自分に語りかけてきた。
それは ── 荒唐無稽な妄想などではない、いったいだれの知識かと、さらに疑問は膨らむばかりだ。
そのとき、いつもマーガレッタの大きな胸の上で弾む十字架が、ちらりとラーゴの視野に入って光る。
(─ この十字架には、聖霊が呪文を刻んだと言われていたが ──)
呪文記録紙はない。では十字架に直接、刻みこめるとでも言うのだろうか。
『呪文暗号が見たい』とラーゴが十字架を睨む。すると松明 ── もとい、魔法灯火の呪文記録紙を読めたように、なにも書かれていない十字架の上にも、膨大な呪文暗号が現れる。
すべてを読んでいく時間はないが、先ほどの短い呪文暗号との対比から、ある程度魔術の呪文暗号を記述するパターンは飲み込めた。
「魔術って、すごいでしょう。 ── といってもあなたには、なにがなんだか判りませんわね」
(─ うんうんと言ってあげたいけど、それは無理だから ──)
四肢を欠伸っぽく伸ばし、聞いていませんでしたとばかりにわざとらしい態度のラーゴを見ながら、少し残念そうにミリンは続けた。
「わたしも、自分で呪文暗号というものを書いてみたいですわ。そうすれば、将来ガニメデの神泉から得られると言う偉大なお力を使って、もっと国民のためにできることがあるような気がしますの」
「おそれながら、殿下に申し上げます。なるほど、聖脈のパワーが自由にできうる、王家のお力を以てすれば何事かのことが可能でございましょう。それはたしかです。しかし魔術を自由に扱う……濫用するということは人の身にすぎる行為とし、魔法使いも戒め、とくに教会は許しておりません。ですから、呪文暗号を隠すのも、わざと呪文暗号に古代の異形文字を使用するのも、すべて人によって魔術や魔法が誤用されぬよう。あるいは民衆が信仰を修めず、神の怖れも知らぬ魔族の力を、求めることがないよう戒めるものであると、私の師が申しております」
しかもその教義に反するのは、研究内容が人に仇なすとか、神や社会正義と敵対するため異能を使う魔法使いに限らない。
生来魔法が使えない種 ── 人間などに魔法知識を流布する者は、教会から魔人や魔女と呼ばれて悪魔扱いを受け、排斥される。つまり王たる者が、間違っても魔法などに手を染めたいなどと口に出すことには、もっと注意深くあるべき。 ── そうした話を、雇い主の怒りに触れないよう、やんわりと説明するゲーベ。
ここにいたってラーゴは、ローブを被った女が王城で働く、雇われ魔術師といった職責と臆断した。
だがそれを聴いてミリンは、少し残念そうな声で不満をつぶやく。
「そうなのですか……わたしは、教えてもらえれば自分の創意工夫で、どんどん発展させて行けるものだと思っておりましたのに」
「おそれながら、殿下ほどのお年齢で、だれもがいともたやすく呪文暗号が作れたりすれば一大事。それでは魔法使いの中でも最高峰と云われる、魔法述師の仕事が無くなってしまいましょう」
「魔法述師というのは、そんなに難しいお仕事なのですか!」
「はい、長らく修行を積みました我々魔術師とてできるのは、ほんの限られた範囲。このようにお許しいただいております、ガニメデの聖脈の力を、それぞれの道具が備える魔力圧縮瓶に流し込む作業……。また、滅多にはございませんが、ドワーフの手による魔術道具の半製品、しかもまったく新しいものを入手された場合。まずは魔力圧縮瓶をつなぎこみ、あらかじめ魔法使いによって練られ、公開されている呪文暗号をすべて読み込みます。そのうえで付けられた命令題句を詠唱。これによって、一度道具を動かす確認が必要となりましょう。問題なければ次は『セーブ』と宣言し、再び命令題句を詠唱いたします。すると呪文記録紙と呼ばれる、こちらの特殊な短冊に刻み込んで、模造することができるのですが。 ── せいぜいそれくらいのわざにございますので」
長々と説明した口調には、『せいぜい』とは言いながらも、それができるのが魔術師であるという自負が垣間見えた。
つまり最初にセーブ宣言し、道具に意味のある魔術を詠唱して起動すれば、呪文暗号を呪文記録紙に、書き込めるという話のようだ。
同時に魔術は呪文暗号が正しいものなら、対象物の呪文記録紙に書き込まれていなくても、実行できるものだと理解した。
「魔法述師という位を修めなければできないのですか。あなたもかなり長い間、魔法使いの下で修行されたと聴いていますのに、人の身ではそれが限界なのですのね」
「魔法使いという種族は見た目こそ人間そっくりでございます。しかし王族同様、魔法道具の作動に魔力圧縮瓶を必要といたしません。魔力を貯めこむ、脈と同じものが体内にあるのでしょう。それをエネルギーに、心に浮かべた命令題句でも動作させられる、普通の人間にはできないわざを持つ種でございます。魔の力を行使できなくては、魔法述師のわざを修める以前に思うまま魔法を使う術も、ましてや道具を動かすことすらかないません。それらの者は魔力圧縮瓶へ詰める魔力の源、脈を自由にできるわけでもなく、自らに脈も備えないからです。これを可能とするのは、唯一国王とその後継者、つまり御身だけでございましょう。ですがミリアンルーン殿下様……」
どうも、教会本部の推薦を受けてここにいる、というマーガレッタ隊長を意識したものだろう。魔術師の口から、くれぐれも魔法を自由に使いたいなどと、言いふらさないよう、再度くぎが刺された。
これはどうやら、教会に対する宗教上の問題があるのだろうと、ラーゴは持ち前の世慣れた知識を担ぎだす。
(─ これって、とても立ち話でする内容じゃないよね)
そうは言っても、ミリンがゲーベに応える言葉の端々にも、公けの場所では隠伏を強いられる部分、といった匂いが感じられた。それほど魔法は、魔族が揮うものとして、忌み嫌われるという意味だろう。
しかもこのくだりを聞く限り、一般の人間は呪文暗号を書けないし、するべきでもない。また魔術師といえども、人の身では魔力を出すのは不可能だと理解できた。その理屈を裏返せば、魔術師はまったく普通の人間であると暗示している。
それができるのが、魔法使い以外なら聖霊やドワーフ、例外はあるものの龍人や半聖霊だそうだ。同列に並べるのは憚れると注付きで、魔族や魔物の名前も挙がった。
いろいろな情報が錯綜し、悩みごとが膨れ上がってきたラーゴ。それに気づかないミリンは、直接ローブの老婆 ── 魔術師ゲーベに魔法灯火を手渡し、今にも立ち去ろうとした。
その瞬間ラーゴは、現状で自分が持つ知識に基づいて、急いで試してみたいことを実行する。まず、脳裏に、以下の内容を想起した。
定義_呪文 超点灯:
一秒間繰り返す.
〔魔力$導線中 の$電子 を$導線 でループさせる〕
そして首輪の周りにそって結界を張り、ほんの一瞬自分を包むものは解除して、叫ぶ。しかも、なるべくかわいく ──
「超点灯っ」
ちょうど魔術師ゲーベは、ミリンが引き出した導線などを柄に戻していた。その最中にラーゴが予想した通り、急に強い光が一秒間 ── 灯り、そして消える。
「あれ? どうしたのかしら? こんなに明るく光るって……」
今までミリンに奏上してきた言葉遣いと違うしゃべりでつぶやき、首をひねるローブの女。ただしもうそんな一部始終に、立ち去って行くミリンとマーガレッタは、一瞥も向けていなかった。
「マーガレッタ。今ラーゴが、いつもとは違ったように鳴きませんでしたか?」
「そうですか? 私は、『ラーゴ』と聞こえましたが」
「あら、そうなのね。じゃあ、わたしの聞き間違いだったのでしょう」
先ほどの話からも、ラーゴは自分が間違いなく、魔族であると確信する。
魔法を職業とする魔法使いであっても、魔法述師という高位を修めなくては、編み出したりできない呪文暗号。だが自分は、魔族だからなんらの学位も納めることなく、魔法の呪文を読んだり作ったり、口に出さないでも詠唱・実行できる。およそ人の身に困難という魔力を行使し、しかもそれらの知識 ── たとえばより効率的な方法を、既知としているのだ。
王城内の散策の最後、最悪の確信を得たラーゴは、しばし当惑し、自己嫌悪気味になった後 ── 落ち込む。考えてみれば、いかに興味があったとはいえ、こんな事実 ── 魔族であること ── は、自覚できないほうがよかったと。




