表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆるキモトカゲは分相応な夢を見る~ファンタジーな異世界は思い込みと勘違いでできたミステリー~ 1  作者: 哀岬 ふうか(Hoooka Aisaki)
続第一章 続・誕生篇または第一日目の続き
14/106

第〇〇〇八話 命名と驚愕の宣告

 日が翳ってきたころ、いったん小屋を離れていたユスカリオがやってきた。一人で珍獣の部屋に入ってくると、格子戸の前に小さな札を取り付ける。

 入室したとき、外まで衛士(えじ)が来たけはいはあるが、とくに中を窺ったり、不審げに注意を払ったりしている様子はない。形式的な付き添いということだろう。ユスカリオが中に入ると何かを言い残し、元来た方向へ歩いて行った。


「お名前が決まりましたよ。殿下から、名札をお預かりしてきました」

 昼にここへ一緒に来たときからすると、かなり立派な作業服に身を包んだユスカリオは、ほぼ敬語で珍獣に声をかけている。王女のペットのほうが、奴隷相当の下僕より(くらい)は上ということなのだろうか。ユスカリオだけなら、なるだけコミュニケーションをとっておきたいと、声に気づいて目覚めた ── ふりをした。

 凝った細工が施された陶器のお椀類と、 ── 新しい首輪だろう ── 金色に光る輪っかを持ったまま、部屋に入ってくるユスカリオ。檻の入り口を開け、伸びてきた左腕に親愛の情を表して絡みつくと、トカゲながら『ゴロゴロ、ニャォーン』の雰囲気を出してみた。

 金の首輪には、見た覚えのない字で何かが書かれている。おそらくは自分の名前であろう。

 文字を学んだ機会のない珍獣には、解読不能なはずなのだが、見つめているうちに『ラーゴ』という文字であると頭にひらめいたのだ。いや、読みたいと思った珍獣の意思に応えて、文字が自分の読める形 ── 既知の文字の形へと、変化したかのように感じられる。

 明らかに、見知った文字で『ラーゴ』と書かれていた。

「らぁご?」

「えっ?」

(─ やばい、しゃべってしまった)

「しゃべれるのですね、というか読めるのですか ──」

「らぁご」

 これで通そう。つまり、鳴き声がたまたま名前と同じように聞こえた。そういうことでいいだろう。ペットの泣き声でたしか『ニャーゴ』というのはあったはずだ。 ── ただどこで聞いたのかは定かではないのだが。


「あぁ ── ラーゴっていう鳴き声なのですか。なるほど、ナーゴとかミャーゴっていう鳴き声が ── いや、それは違うな。まあ、たまたまとはいえ驚きましたよ」

(─ しゃべれたら、ただじゃすまないな。よくて、見世物小屋行きかも知れない。そうは言っても、実際にはしゃべれる気がするが)

挿絵(By みてみん)


 その後、ユスカリオは落ち着いてこう漏らした。

「あなたがしゃべれても、そりゃ当たり前なのですけどね」

(─ え、そうなの? いや、そんなまずいでしょう。もちろん化けものとか言われたくないし、見世物小屋も勘弁してほしい。できれば王女様のペットで一生を安楽に終えたいからね)

 しかし、ユスカリオはなにかを知っているのだろう。その先が聞きたいが、どうしたらいいのかわからない。

「らぁごぅ?」

 ラーゴと名付けられた珍獣は、首をかしげて、なあに? というふうにできる限りかわいく、鳴き声攻勢に転じてみた。ユスカリオは周囲をいささか気にかけながら、さらに声のトーンは落として、独白のように言葉をつなげる。

「わたくしめの言うことを、わかっていらっしゃるのかどうか、これでは確かめようもないですが ── 。あなたのお母様からわたくしめは、その身をよろしくと頼まれていたのですよ」

(─ なんと! 自分の出生の秘密に関わる話じゃん)

 ラーゴ自身、情報はほしい。とりあえず顔を、ユスカリオの左腕にスリスリしてみた。


「あの日、魔王様が『食べてしまえ』とおっしゃったとき、本当にわたくしめはどうしたらよいのかと思ったのですが。 ── 偶然にもあんなことが勃発し、魔王城(ディアボリオン)は崩壊。わたくしは、奴隷としてこちらの方々に保護されて、幸いにあなたを連れ出せたのです。王国のミリアンルーン殿下は、国内でも一、二と言われる冷血獣(ヘテロサム)の収集癖がある。そう聞いていましたので、ここへ戻る道すがら、あなたを見てとっさに、マーガレッタさまが目を留めていただけるよう画策しました。目論見通り、ミリアンルーン殿下の庇護下に入れることができましたが‥‥」

 ユスカリオの言葉がとまる。だがここまで、かなりの情報のつまった独り言ではなかったか。

 母親なる存在に頼まれたとはいえ、あんなに恐ろしい、魔王に料理を命じられていたのだ。

 にもかかわらず魔族(ディアボロス)の城から持ち出してもらえた。しかも自分を、マーガレッタを通じて王女殿下へ推薦されるよう一計を案じ、これを見事成就(じょうじゅ)させてくれたという。

 それならユスカリオは、ラーゴと名付けられたばかりの珍獣にとって、二重の意味で恩人である。王女殿下への献上だけでなく、すぐに玉子料理にせずに躊躇(ちゅうちょ)していてくれたことも ── 。

(─ 魔王だったんだ、あの怒ってたやつ‥‥)

 『あんなこと』と言ったのは、マーガレッタたちによる魔王城襲撃ディアボリオンしゅうげきか、殲滅(せんめつ)という事件だろう。


「らぁごぉ?」

 促すように、うなり声を出して鳴いてみる。だんだんこんな愛玩動物(ペット)のしぐさというものが、板についた気さえしてきた。

「海の底深く沈んでしまったとはいえ、あのまま、あそこにおいてきたほうがよかったのかもと後悔しましたよ。まさかあんな、『踏み絵』があるとは ──」

(─ いやいや、やめてください。生まれたとたん、討伐されて滅びた魔族(ディアボロス)と海の藻屑なんて勘弁だよ)

 実は ── 、ラーゴは『踏み絵』というワードも知っていた。異教徒を審問する手段である『踏み絵』。そんな手法がこの世界でも同様に使われるものか不明ながら、なぜか知っている知識だ。しかしそういった、違和感ある知識をユスカリオは共有する。ラーゴはそんな違和感に、今は気づかない。


「大丈夫でしたか? 魔族(ディアボロス)にとって、その身を焼き尽くすという、ガニマの泉の聖水(ホリアクア)を飲んで」

 突然ユスカリオから、聞き逃せない、驚きのカミングアウトがあった。

(─ え、自分って実は魔族(ディアボロス)なの?)

 ラーゴは自分の目の前が真っ暗になる ── 。

「ららら‥‥」

 ラーゴは、変な声を出してしまった。

 人生、山あり谷ありというのは世の常だ。それでも食材から一転セレブなペット生活を手に入れたと思えば、周りにもっとも懸念されている魔族(ディアボロス)宣告ときた。もしも、その事実が漏れたら間違いなく、獄門・張り付け・火炙りは逃れられない。

 ならばあれは強い酒ではなく、つまりは魔族(ディアボロス)チェック用の、いわゆる忌避薬(アスペラム)というやつだったのではないか。しかし、自分にはおいしく感じられた。考えてみれば、アルコールすなわち消毒剤だから、ある意味、生物にとっての毒でもあるわけだ。

 どうもラーゴは聖人にも鑑定できなかった、理由(わけ)ありの魔族(ディアボロス)とでもいうのだろうか? 仔細は不明とはいえ、致命的なダメージに至らず、キツイ酒程度の効果しかなかったのかも知れない。わが身ながら、なかなか図太い身体(からだ)と感心するばかりだ。


「この首輪の力、あるいはお母様の血が守ってくれたのでしょう」

(─ 首輪の力? お母様の血?)

 ということなら、母親は魔族(ディアボロス)ではないのか。魔族(ディアボロス)となにかの、混血種(ミックス)なのかも知れない。しかもこの首輪は絶対、魔族(ディアボロス)の力でまかれたものであるのだが。


「サタ ── ルシーのつけた魔封じの首輪は大丈夫ですか。今からこの首輪と変えます」


 これをつけた、あの強力な魔族(ディアボロス)は、サタ=ルシーとかいうらしい。ユスカリオの、空いている右手が首輪に伸びてくる。ただこの首輪にはつけられた瞬間から、そんな簡単に取れそうにないフィット感があったはずだ。いやまるで金属製にも思えた。

 にもかかわらず今、首輪の端をユスカリオの指がつまんだのが分かり、そのままスポッと抜けそうだ。首輪の位置が変わり、指で引っ張り上げられているのを感じるラーゴ。完全に首輪が体表面から浮き上がったと同時に、体に力があふれてきた。


(─ 胴体が、あれ? 熱い ── だけじゃない、ウロコが光り始めてる?)


「らごっ!」

「あわわわ‥‥」

 ユスカリオも驚き、首輪をとることもやめてしまう。再び首輪が同じ位置に戻され、体に密着すると力は抜けて一度上がった体温も、急激に冷めて行った。ラーゴの体が熱くなったのを察知し、血の気が引いたユスカリオの精神もしばらくして落ち着いてくる。


「やはり、これをとるのは危ないですか。しかもここは、中庭の聖域ですからね。何が起こるかわかりません。ルシーのように、自分の力を制御できたり、結界(オービチェ)が作れたりすればよいのでしょうけれど。まあ ── 今日はこの新しい首輪をつけるだけに(とど)めましょう」

 (きん)の首輪を頭から通すのにラーゴも協力し、ユスカリオが取り付けてくれる。うまく元の首輪の、真上に金の首輪をかぶせた形ができ、目立たなくはなっていた。

「らあご!」

 喜びの鳴き声のつもりだ。元からある魔族(ディアボロス)の首輪は、下手(へた)に外さないほうがいいだろう。しかし、ラーゴが気になるのは自分の父親である。この話の流れなら、ユスカリオの認識でいう魔族(ディアボロス)の血統と考えられた。

 魔族(ディアボロス)の父親と、普通の母親? いや決して普通とは言い切れないとはいえ、その子がなぜ、美味しい御馳走の卵から生まれた、自分になるというのか。これではあまりに、情報が少ないとラーゴは当惑する。この出自のわからない知識は、その自分の生まれと関係があるのだろうか ── と。

(─ やっぱりリムルの言っていた通り、魔族(ディアボロス)は共食いをするんじゃないか)


「まあ、今日のところはお疲れでしょう。これを食べて、お休みください」

 そう言い残すと、ユスカリオは銀のお椀に、盛ってきたスープというより流動食 ── ややシチューっぽいものを差し入れてくれた。爆弾発言で胸はつまっているが、実際には理解できないはずなのだ。ここは美味しそうだと鳴いておこう。


「ラーゴぉ!」

「しばらくはわたくしが、あなたのお世話をしていられるようです。もしお話しできるようになられましたら、いつでもお声をおかけください。他に、お伝えするお話もあると思いますので‥‥」

(─ たしかに解るかどうか、曖昧なものに話すことでもないよな。だれが聞いているのか知れないのだから)

「とはいえ、魔族(ディアボロス)については、わたくしの知識などその程度です。ルシーがいればいろいろとお伝えできるのでしょうけれど、あいつも今はどうなっているのか」 ユスカリオは、ルシーと親しかったのだろう。当然だが、ルシーという魔族(ディアボロス)も無事ではないはずだ。「まあ、あいつはあれで、実は魔法使いですからね。あなたには嫌なことをしましたが、決して悪いやつではないのです。こんなとき、あいつがいないのは ──」

「らごぉ?」


(─ 魔族(ディアボロス)ではなかったのか。 ── たしかに姿かたちは人間っぽかった。とはいえ魔王よりもすごい魔力を感じたし、呼び名は違っても魔の物っぽかったはずだ。魔物の仲間(にんげんのてき)には違いあるまい。でも討伐軍にやられていなければ、もしかすると消滅してないかも知れないなぁ)

「ですが、魔族(ディアボロス)の能力など出せず、ここで殿下の愛玩獣(ペット)として、お暮らしになるのがお幸せかも知れません。それがお嫌であれば、今ならわたくしが少しけがをしてでも、逃がしてあげることができるのですが‥‥」

「ら~ご」

 首を振っておいた。否定の意思が伝わったらいいのだが。

(─ それはそうと、魔族(ディアボロス)や魔法使い ── つまり『魔』のものというのは力を制御、隠蔽し、しかも結界(オービチェ)を張れるんだ。そして聖域にも侵入できるわけか。敵対するどころか会いたくもないが、それにかかわる常識や知識は自分にない。魔族(ディアボロス)が人間に仇なす存在だというのは理解できるものの、どうやら自分にもその血が流れているとは困った話である。だいたい、最後は正義の勇者(ブレイバリーズ)とかに、退治されるのが関の山だ。今はこの、魔法使いにつけてもらった首輪が与えてくれる恩恵に頼り、征伐されたりしないようがんばろう)


「ではまた明日。ラーゴさま」

(─ ユスカリオは、自分の母親の家臣だったんだろうか? 名前が『さま』つきになってた。いや、現在の上下関係を表しているのかも知れない。まあ、この首輪をつけたままだと、とにかく元気が出なくて眠いので、シチューをいただいたら、また眠ってしまおう)


 現在ユスカリオは、確実に味方と考えて問題ないだろう。そんな彼は、ラーゴがシチューに飛びついて食べるのを見ると安心したらしく、微笑みながら出て行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ