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ゆるキモトカゲは分相応な夢を見る~ファンタジーな異世界は思い込みと勘違いでできたミステリー~ 1  作者: 哀岬 ふうか(Hoooka Aisaki)
続第一章 続・誕生篇または第一日目の続き
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第〇〇〇七話 アネクドート・クリム=ハーンナン

「おやすみなさい。グラリス姉さん」

「おやすみなさい。クリム、よい夢を」


 クリムは城内で、姉のグラリスと就寝のみ同室の生活をしている。

 通常、ただのメイドであれば、使用人の大部屋に十人単位で寝泊まりするのが一般的だ。だが王室付きメイドといえば、多くが貴族の娘や係累である事情から、このような特別扱いも珍しくない。

 その中でも、二人で部屋を独占するなどは、王国唯一の公爵家令嬢という事情に加え、奇遇な経緯から落ち着いた特別扱いである。

 末っ子のクリムが十歳で王城にあがったときは、まだ六番目と七番目にあたる双子の姉プラムとオリルスが勤めていたのだ。そのころは部屋に二つある、二段ベッドがいっぱいだった。

 二人が、五番目の姉であるグラリスよりも、早く縁談を決めて出て行ったため、この部屋を姉妹二人で使うことになってしまう。辞めたときの二人は真王様付きであったが、グラリスは五年も殿下付きで、長く筆頭メイドとして勤めてきた。

 実は最近、ついにカエバ子爵の長子と婚約が成立。魔族問題の片付いたこの機会に乗じ、凱旋(がいせん)する父とともに領地に戻って、嫁入り準備を始めるのだ。



 クリムは、今の仕事がお気に入りであり、とても楽しい。本日から新しい子供 ── 見たこともない冷血獣(ヘテロサム)もふえた。そう、この仕事は子育てに似ている。だから女に生まれたクリムには、大いにやりがいを感じられるのだ。

「ねえ、姉さん」

「あら、まだ起きているの?」

「うん、もうすぐ姉さんが居なくなってしまうなあって思うと」

「まあ、クリムのくせに殊勝なことを言うのね ──」 自分がここから出て行った後、気の合うメイドたちを二人ほど引き込めば、と示唆(しさ)するグラリスが最後に一言付け加える。「でも、ロケート男爵の縁戚のアサシーはやめたほうがいいわよ」


 なぜかと訪ねると、詮索好きで、何かと王家の内情に首を突っ込みたがる怪しい女だからと、至って厳しい。さすがに殿下付き筆頭だと思いながら、他にもこれからの生活について相談をした。

「でも、婚礼までのことだけど、里帰りしても大丈夫?」

 相談が一段落してから、婚礼準備のため来夏まで領地に戻った後の、姉を案じる言葉が思わず漏れる。

「どうして?」

「あの ── アーニャと半年もやっていける?」

 確信を憑く発言に、姉もやはりしばし沈黙だ。


「大丈夫よ。領地には、ジョアンニー先生やイライザさんもいるのですから」

 クリムは、母の温かみを知らない。

 実母はおよそ、クリムを産んで間もない十年前に亡くなってしまった。それ以来父は、子供たち付きの養育メイドとして勤めていたイライザを側室にする。ほどなく姉たちの家庭教師のひとり、ジョアンニー先生も後宮に入れ、八人の娘たちを厳しく育ててきたのだ。

 幼いころから淑女としての英才教育を受けた八人姉妹。うち六人が若すぎると言われながら、王城のメイドとして花嫁修業に勤しんできた。クリムが城に上がった当時、以前から勤めていた直ぐ上のの姉二人は、親同士が決めた婚姻を承諾し、早々と嫁ぎ先に行ってしまう。

 物心ついてから一緒にいたことはなく、自分の幼いときに嫁いで行った長女は、いまもクリムと仲がいい。彼女は領地が近いおかげで、たびたび会いに来てかわいがってくれるため、母のようにさえ感じている。


「そうね、お父様が領地を離れる際には、必ずご一緒のようですものね」

 昨年はじめ、父親が若い侍妾(そばめ)アーニャを後宮にいれたとき、娘たちは半信半疑だった。母を亡くした後、側室といっても娘の世話を見るためにしか、女性に興味がなかった堅物の父親。八人の娘から手が離れ、遅すぎる春が来たのかと娘たちは首をひねったものだ。

 しかしその相手は、五女グラリスとたいして年齢(とし)が違わない。ましてや付き合えばつきあうほど、クリムたちとは肌の合わない女と思えた。

 それでも父親公爵のお気に入りというのは明らかである。正妻がいないのを理由に、父は公けの席にもアーニャを連れて行くと聞こえるに至り、クリムもつい里帰りに足が遠のくようにまでなったのだ。

 そもそもアーニャは、ハーンナン家の遠戚にあたる子爵の先代が、外の女に生ませた非嫡出娘(バスタード)らしい。


「アーニャの母親が先代子爵より先に死んで、しばらく行方知れずになってたけれど、先代の葬儀に現れて係累と知れたと聞くわ。その厄介払いとばかり、現当主が父に押しつけてきたようよ」

 ── と、貴族関係に詳しい『王国貴族第一婦人(ノーブルマダムス)情報網(ネットワーク)』を持つ、長女デニムが言っていた。

 父は早くに母を亡くしたアーニャに、娘たちの姿を重ねたのだろう。だが手厚く迎えて優遇した侍妾(そばめ)は、二か月もたたないうちにお手つきの身を表明したのだ。つまりその指輪(メルドバグー)をかざすようになったのが、娘たちは気に入らない。それから姉妹は、そろってアーニャを毛嫌いしはじめた。


 古いしきたりに、側室は主人と契ったら逢瀬の指輪(メルドバグー)を付け、少なくとも一か月間は外せないというものが存在する。もしもその間の姦通が疑われたら最後、相手はもちろん、側室自身の身も重罪に処せられるのだ。

 その時代、多淫の侍妾(そばめ)がこの禁を破って、間男を受け入れるなど許されるものではない。そうした不義のつがいは、ともに魔族(ディアボロス)の淫魔に憑かれたと見なされた。最悪、両者の一族郎党が死罪となった例もあったという。

 とはいえ、これはかなり昔の話だ。実際にそんな処罰の ── 逢瀬の指輪(メルドバグー)を嵌めた侍妾(そばめ)の、姦通を罰した ── 例は、昨今聞いたことはない。現代の貴族の社会において、都市伝説とも言われるようになった。

 その指輪は、主人のお渡りが途絶えてから二度目の徴があった後、側室は外して返すことになっている。同時にそれは、『ずいぶんご無沙汰ですよ』という合図にもなるようだ。そんな無言の圧力から逃れるため、逢瀬の指輪(メルドバグー)のしきたりを廃した貴族家も少なくない。長く本来の側室を持たないハーンナン家も、その一つであった。アーニャが来るまでは。


 しかし、いくら嫌な女でも、父が今愛しているのは間違いない。なによりも、それを彼女が望んだことというのが大事だ、とグラリスは言った。

 クリムはまだ成人しておらず、自分もいつか嫁ぐ身であるから理解できる。親子ほども離れた男に、女性としてすべてを捧げられるだろうか。

 まだ、クリムはそういった未来を想像しうる男性など、心当たりがあるわけではない。それでもその相手は心から尊敬し、愛することのできる素晴らしい男性だろうと妄想を膨らませる。そこまでの男性でなければ、夫婦の関係を自分から求めたり、そんな行為を我慢できたりはしないはずだ。


(そうだわ。温かく見守ってあげよう。アーニャだって、それほどお父様のことを愛しているのだもの)


 実はこの度縁談が決まったグラリスを含め、クリムの姉たちは七人すべてが、王国の八貴族(オクタジェヌス)たる名家の跡取り息子に嫁いできた。

 これは王国貴族の中でも、際立って頭脳明晰との呼び声の高い、父ハーンナン公爵が画策した政略結婚である。それにより王国の貴族会による政治をコントロールし、一度は落ちるところまで堕ちた王国の未来を、明るいものにするためだ。

 そして最後に残った八貴族(オクタジェヌス)は、クリムの実家ハーンナン公爵自身のみ。今のままなら末妹のクリムが婿を取るという形で、王国一の貴族家を引き継ぐことになるに違いない。


 実は父公爵の眼鏡にかなって、自慢の聡明な長女をめとったのが、既に触れた成り上がりの男爵家の跡継ぎである。この男、王家所有地の緩衝地帯(ボーダーズ)を開拓し、割譲された小さな領地しか持たない没落貴族の縁戚であった。

 何を隠そう没落貴族家は先代の妻の家柄であって、父親は農民の出。しかも王国における男爵とは、王家や上級貴族の家来として仕える官僚に与えられる称号だ。領地を管理していると言っても、正確な意味で領主と呼ばれる地位とはいえず、一代限りの者も少なくない。

 いつかその領地を王家に奉じてハーンナン公爵家に戻り、養子縁組みして跡をとらせる計画。本来ならそれが当初、父が描いた姿だったはずだ。

 だが先代の死後、跡継ぎ自ら立てた功により、いつのまにか子爵位を授かってしまったから侮れない。そればかりか剣の腕と忠誠心を讃えられ、彼は王家から直接、王都の直ぐ隣に正式な領地を授与された。この地は今日(こんにち)、新サイバー子爵領と呼ばれるに至った、王都の西の護りである。

 こうなると、王家にあたる騎士の血統で構成されていた、王国八貴族(オクタジェヌス)の末席に加えないわけにはいかない。ついに父や王家親派の侯爵らに次ぐ、子爵位の中でもっとも将来有望な貴族にまで成り上がった。

 それは王国貴族一の慧眼(けいがん)とも、噂の高い父の眼に、やはり狂いはなかった、ということではある。この有望貴族が長姉デニムの最愛の夫、王国最強の剣士でもあるサイバー子爵なのだ。


 そんな経緯で、今のところもっとも有望なハーンナン家の跡取りは、残るクリム一人ということになってしまう。そうした自分 ── いや父から受け継がれる権力や財産 ── を狙った、だれかさんのような男とは結ばれたくはない。

 もちろん、そんな婿をあの父が選ぶとは思えないが、人間関係に弱い父のこと。よほど眼鏡に叶った人材を見い出せない場合、親しい知人に『薦められた』程度の話でも、婿にとってしまわないかと心配だ。それを防ぐには ── 。


(そうだわ。姉たち、とくにデニムに知らせておこう。好きな殿方、心に決めた男性ができたと)

 そうすればその程度のあやふやな情報でも、いつかは父の耳に届く。いずれ縁談の慫慂(しょうよう)があったときにも、それをもとに父も断りやすくなるだろう、とクリムは画策するのだった。

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