↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
104/106

第〇〇九八話 リリアンルーン◆聖霊に問う

「当面、襲撃事件の詳細と、王国勇者なる者のことは内密に。不幸な事故に対処した兵士に死傷者が出たけれど、そのほかは崩れた家屋の下敷きになった家人以外、大きな被害なしと公表しなさい。家人が事件以前に惨殺されていたことですが、市民にはもちろん、ミリンにも伏せておくように」

 報告を受け(かん)()にそう告げた王国の天下人、リリアンルーン・カピテーレ・パッセレーレ真王陛下は、ミリアンルーン殿下の実母だ。

 夫であるタンノワー侯爵レオルド卿が、プライベートで呼ぶ愛称はリリン。十五年前に即位し、十二年前ミリンを産んだリリンは、今年三十六歳となる。

 思えばこの十五年間、茨の道の連続であった。先王が荒廃させた王国をここまで建て直せたのは、ひとえに自分の(もと)に集まってくれた、多くの優秀な人材の賜物といえるだろう。

(それに引き替え、先王の(もと)には ── 止めよう、この話を思い出すのは)

 先王のそばにいつも居た、魔女の顔がよぎる。魔法使いでありながら、野望を持った毒婦。その顔は、忘れようとしても忘れられない。とはいえ、もっとも封印しておきたい記憶でもあった。

 だが、真王にとってショックは大きい。ミリンの命が狙われた。これまでさんざんレオルド卿から聞かされてきた、マフィアの一員と見られている。何よりの証拠は、麻薬強化人間(ナルコマンダー)と報告があった戦力の登用だ。他にも魔法銃と呼ばれる、彼らの常用する武器が用いられたのも証拠といえるが、裏社会では購入可能なモノらしく、決め手にはならない。さらに、ミリンの命を救った『王国勇者』とは何者なのか、という疑問もある。すでに大司祭を通じて、聖霊のオフィサーが二百六十年ぶりに据えられたこと。また無限の脈を己が身にたたえる偉大な御方(おんかた)と、ミリンが堅い(ちぎ)りを交わしたようだとも報告されていた。

(成人の義を済まさない、王位継承者が純潔を捧げる行為は、厳しく(いまし)めて来たはずなのに。その御方(おんかた)と呼ばれる存在が、今回の ── 王国勇者という者なのだろうか。ミリンが落ち着いたら問いたださねば)

 真王は、王の間の奥に用意された、王個人のための礼拝室に入る。神壇(しんだん)の前に大きな杯が鎮座し、その向こうには聖火が青くともっていた。

「脈の母神、ガニメデの意志によって選ばれし真王の名において呼びかける。聖霊チーフゴースト、姿をお見せください」

 杯に満たされた聖泉(ホリフォンズ)が揺らめいたかと思うと、聖火は赤く色を変え、同時に静かな声が響く。

「お呼びになるのは、王盟(モナーシン)であるか? ならば聖霊チーフゴースト、盟約により呼び出しを(うけたまわ)る。どうか、召喚の符丁(ふちょう)詠唱(えいしょう)(たまわ)りたい」

「脈の母神、ガニメデの意志によって選ばれし王の名によりて召喚する。聖霊主(サンガスデイ)チーフゴースト、御前(おんまえ)へ」

 すると、真王の見知る聖霊の代表チーフゴーストが姿を現す。これは王国建国以来の、盟約による呼び出し時における決まりごとであった。どちらにも、この会見を無駄に権威づける意図があるわけではない。だが召喚と召喚の主題の詠唱(えいしょう)には、問い方と答え方に正しい儀礼が存在する。

聖霊主(サンガスデイ)チーフゴーストへ、真王の名において問う。(なんじ)は王国勇者という者の名を、ご存知でありましたか?」

「真王にお答えいたす。聖霊の知識に、王国勇者などという者の名はない。王国誕生の逸話にある勇者(ブレイバリーズ)は、後年都市聖堂に掲げられたる、架空の魔族退治図から発祥したもの。それまで口承伝承により謡われてきたおとぎ話が、突如具象の尊影(そんえい)を得たことで、信憑性を帯びたに過ぎないのだ」

 それを聞いて、真王はため息をつく。この後の儀礼に定めはない。ようやく真王は胸襟(きょうきん)を開いて、聖霊主(サンガスデイ) ── チーフゴーストに現状を打ち明けた。

聖霊主(サンガスデイ)殿。実は本日午後、王都市街に出ていた首位王位継承者ミリアンルーンが、悪漢の手によって襲撃を受けました」

「なんと、次期王盟(モナーシン)が ──」

「このほど教会(エクレジア)より、魔王討伐に向けられた、軍による護衛部隊五十の手勢はほぼ全滅です。そしてミリアンルーンの命があわやというとき現れた王国勇者と名乗る者。これが敵悪漢をことごとく誅伐(ちゅうばつ)し、ミリアンルーンの命は救われました。その勇者(ブレイバリーズ)は、常にミリアンルーンを守護していると告げ、去ったと報告を受けております」

「そうであったか。王盟(モナーシン)におかれては、アレサンドロに続く憂事(うれいごと)憐憫(れんびん)を覚える。しかしおそらくだが、その王国勇者とやらはあの御方(おんかた)の仮の姿に違いなかろう。かの方は次期王盟(モナーシン)、ミリアンルーン殿下をミリンと呼ばれ、親しくお付き合いされていると言われた。次期王盟(モナーシン)厚情(こうじょう)から御方(おんかた)のことを秘匿(ひとく)され、ずっと一緒にいたいとも ── 間違いあるまい」

「まあ、あの子! では成人の儀を前に、もう雌雄(しゆう)(ちぎ)りを?」

 男女が『ずっと一緒に』と言う限り、将来を誓い合った、あるいはそう希望しているということに違いない。そんな驚きからつい、気になる本音を吐露(とろ)してしまうと、聖霊主(サンガスデイ)は焦って否定する。その人間にも見える反応は、真王が今まで、目にしたことのないものだった。

「いやいやいやあ! そんな、それは心配ない、ないと思う! 無いはずだ!」

「なぜ、そう言えますか? あの年頃は多感なもの。一時の激情に、身を任せることがあるのです。 ── とくに我々人間というものは」

「ウーン、しかし、あの御方(おんかた)に限っては‥‥」

 黙ってしまう。よほどの信頼をおかれる方、あるいはかなりの高齢で、そちらの能力が疑われる。そういうことかと想像するが、真王は(よわい)七十五になって、侍妾を(はら)ませた強者(つわもの)も知っていた。ちなみに七十五才といえば、比較的長寿と呼ばれてきた王国平均の自然寿命、五十二才を大きく上回る年齢(とし)。加えて加齢により聖泉(ホリフォンズ)の治療も及ばず、天命を全うする老衰死がもっとも多い、六十歳代後半をも越すご高齢だ。


 しかし、聖霊主(サンガスデイ)に抗弁しても、所詮は種族の差によって、性に対する考えを埋められるべくもないだろう。さらには成人の儀をおさめるより早く、ふしだらにも雌雄(しゆう)の契りを結んでしまうと、脈がその身に宿らない。そんな習わしは、もともと教会(エクレジア)指導の道徳心から後世に加えられた、頑なな(いまし)めであるということくらい心得ている。

「それほどの人格者とおっしゃるのであれば、聖霊のお言葉を疑いません。ではやはり、王国勇者と言われる方がそうなのですね。お味方として頼っても、よいのでしょうか?」

「そう、我らは信じる。現在その助手なる方をお預かりしているが、聖なる精気に包まれる助手殿は気高く美しい。短い付き合いなれど、我ら聖霊の多くが助手殿に渇仰(かつごう)しておる」

「ほう」

 渇仰(かつごう)とは、宗教心を持って、相手を心から仰ぎ慕うこと。

 その昔、聖脈(ホリアダー)によってヒトが反映する道を説かれた、使徒(ディサイポ)と呼ばれる神の使い。力なき人間は、それなる使徒(ディサイポ)に渇仰し、教会(エクレジア)組織を成したのだ。ただ教えを広めたのは十三人いた弟子のうち、選ばれた十二人であった、と教えの書には記される。

 聖霊主(サンガスデイ)の語る助手の話は、それに酷似するように思えた。

「それが固く御方(おんかた)を尊敬し、忠誠を誓われるに止まらぬ。他にも多くのものが(しも)べでありながら、身命(しんめい)懸けて尽瘁(じんすい)するを、心より願ってやまぬと云う。しかしその地位を(おご)ることなく、それら僕べの身を案じるあまり、自らの血を流す(わざ)もいとわない。常に(しも)べを仲間として扱われる、仁徳厚き人格とお伺いした」

「それはもしや、いずれかの君主一族であられるのですか?」

 そもそも、その身に脈を宿すものは聖脈(ホリアダー)に認められた存在だ。分かりきった話ながら、もしそうであればミリンと愛し合っても、自領へ還らなければならない。女の身であるミリンにとって、待っている不幸な運命が目に見えるようだ。

「いや、我らはその上位に立つ在であると見る。さらに我ら聖霊ノームは、御方(おんかた)に臣従する検討を始めた。今のところ例がないという以外、異議を見出しておらぬ」

 国を持たない、または治めるべき領地を失った君主とも思えた。あるいはその上に立つというなら聖職者であり、だから聖霊主(サンガスデイ)雌雄(しゆう)の契りを強く否定したのかも知れない。

「それは是非、私にもお引き合わせいただけませんでしょうか」

「ウーン、それは御方(おんかた)にお聞きしてみなければ何とも言えん。今はただ、身を潜められていると見ておる」

 先程ミリンにも、その存在を秘匿(ひとく)させていると聞いた。それがわが()の愛情から出たものということは、裏にかなりの事情を疑ってしまう。あるいは、ミリンも添い遂げられない運命を甘受しているとも考えられた。そのため、周りの者にも打ち明けられない悲恋に、身も心も焦がしつつあるというのだろうか。

 かつて愛し愛された男性との仲を引き裂かれ、一度は叶わぬ思いとなった経験もある真王リリン。王位継承者であるがゆえの不条理に、苦しんでいるかも知れない愛娘の心痛を汲んで、言葉を詰まらせる。

「 ── なぜ、でしょうか?」

「それはわからん。だが、王盟(モナーシン)の希望は伝えておこう。おそらく近々、再び拝顔の機会を得るだろうからな。王国勇者の件、また王盟(モナーシン)の接見希望と今後の協力支援については伝えておこうぞ」

「感謝にたえません。アレサンドロのことといい、無理ばかりを押し付け、恐縮しております」

「盟約が在る。我らも、かつてのような窘窮(きんきゅう)(おちい)りたくはない。その意味でも、御方(おんかた)とミリアンルーン次期王盟(モナーシン)に、大きな期待をかけておる。まだあれから、二十の冬も越えていないのだ」

 会見は終了し、真王が呪文を唱えると、速やかに聖霊主(サンガスデイ)の姿は消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。