おっさんの逆襲
俺が打った手は、二つだった。
一つ目。「いかがわしい」という噂を、逆手に取る。俺は、女将に提案して、霧乃湯で「**女性・家族向けの、健全さアピール企画**」を、大々的に打った。地元の食材を使った料理教室。子供向けの、川遊びイベント。女性が安心して泊まれる、女性専用フロア。「色っぽい仲居の旅館」という悪評を、「気配りの行き届いた、家族に優しい旅館」という評判で、上書きしにかかった。
そして、その企画の顔に、俺自身が立った。あの、ガサツで、姉御肌の性格が、ここで活きた。子供には気さくで、母親には頼れる姉御。俺の「色気」ではなく「人柄」を、前面に押し出したのだ。取材に来た地元メディアに、俺は、こう言った。
「うちは、色気で売る旅館じゃねえ。客に、腹いっぱい食って、ぐっすり寝て、元気になって帰ってもらう。それだけの、まっとうな旅館だ。文句あるか」
その、飾らない一言が、好感を呼んだ。家族客が、戻ってきた。
二つ目。俺は、鳳凰館の、蘭子の弱みを、掴んでいた。
どうやって? 簡単だ。鳳凰館の客が、こまち目当てに、霧乃湯にも、流れてきていた。その中に、酔って、口の軽くなった客がいた。俺は、そいつらの、与太話を、聞き流さずに、拾っていた。中身は、情報が命の、おっさんだ。人の話を聞くのは、得意だった。
鳳凰館は、温泉の、源泉の使用量を、ごまかしていた。組合に届けた量より、多くの湯を、使っていた。水増しした「かけ流し」を、売りにして。それは、温泉法に、触れる、不正だった。
俺は、その証拠を、そっと、蘭子に、突きつけた。
「あんたの旅館の、湯の件。組合に、ばらされたくなきゃ、下手な噂を流すのは、やめとけ。……お互い、旅館商売だ。潰し合いより、街全体で、客を増やすことを、考えたほうが、利口だろ」
蘭子は、絶句した。この、ただの色っぽい仲居だと思っていた女が、自分の急所を、握っていた。しかも、それを、脅しに使うだけでなく「街全体で儲けよう」という、大局を、語ってきた。
「……あなた、何者なの」蘭子は、掠れた声で、言った。
「ただの、仲居だよ」俺は、にやりと笑った。「中身は、そこらの、おっさんだけどな」




