通う男たち
こまち目当ての客が、みるみる、増えていった。
潰れかけだった霧乃湯は、週末には満室になり、平日でも、そこそこ埋まるようになった。客の大半は、中年の男。彼らは、こまち――俺の、給仕を求めて、通ってくる。
だが、面白いことに。彼らの誰一人として、俺に、手を出せなかった。
理由は、単純だ。俺の、態度である。
男たちは、こまちの色気に、骨抜きにされて通ってくる。だが、いざ、こまちが口を開くと。
「おう、また来たのか、あんた。物好きだな」
「酒? しょうがねえな。飲みすぎて、また廊下で寝るなよ。担ぐの、重いんだよ」
「なんだ、その顔。言いたいことあんなら、はっきり言え。男だろ」
この、絶世の美女の口から飛び出す、完全なるおっさんの言葉。それが、男たちを、絶妙に、翻弄した。色気に誘われて近づくと、ガサツに突き放される。だが、そのギャップが、また、たまらない。「ツンデレ」だの「サバサバ美人」だのと、男たちは、勝手に、解釈した。
ある常連が、意を決して、俺に、言い寄ったことがあった。
「こ、こまちさん。今度、休みの日に、二人で、食事でも……」
俺は、そいつの顔を、じろりと見て、言った。
「あ? なんで、あんたと、飯食わなきゃならねえんだ。俺は、休みは、寝る。以上だ」
ばっさり、である。男は、撃沈した。だが、なぜか、その「塩対応」に、余計に、惚れ込んだ。「あの、媚びない感じが、いい」と。
俺は、湯上がりに、薄い浴衣一枚で、廊下を、だらしなく歩く。暑いからだ。肌が上気して、湯気を纏い、浴衣が汗で、肌に貼りつく。すれ違う男客が、次々と、壁に張りつくようにして、道を譲り、俺を見送る。
俺は、それを、こう解釈した。
「なんだ、みんな、道を譲ってくれて。……この旅館の客、礼儀正しいな。いい客ばっかりだ」
礼儀正しい、わけがない。全員、目のやり場に困って、壁に張りついていただけだ。だが、俺は、心底、良い客に恵まれたと、感謝すらしていた。
女将は、そんな俺を見て、もはや、何も言わなかった。ただ、増えていく売上を見て、涙ぐみ、そして、俺を、拝んだ。
俺は、相変わらず、何も、わかっていなかった。ただ、飯が食えて、寝床があって、給金が出る。それで、満足だった。中身は、おっさんだ。この身体が、周りにどんな騒動を起こしているかなんて、知る由も、なかった。
――だが、この平穏も、長くは続かない。
こまちの噂は、やがて、この温泉街の、別の場所にも、届いていた。霧乃湯の隣、長年のライバルである、大旅館「鳳凰館」の、女主人の耳にも。潰れかけだったはずの霧乃湯が、急に繁盛し始めた。その理由が、一人の、とんでもない仲居にあると知って――鳳凰館は、動き始めていた。




