配膳という戦場
仲居の仕事は、思っていたより、力仕事だった。
布団の上げ下ろし、膳の運搬、掃除。中身がトラック運転手のおっさんの俺には、力仕事自体は、どうということもない。問題は、この身体が、動くたびに、勝手に「事故」を起こすことだった。
その夜、俺は宴会場に、料理を運んでいた。大きな膳を両手で抱え、ずかずかと歩く。客は、地元の企業の、宴会客が十人ほど。全員、中年の男だった。
「お待たせ。料理だ。ほら、どんどん食え」
俺は、膳を、どかっと座卓に置いた。前かがみになって、一人ずつ、料理を配っていく。そのたびに――浴衣の胸元が、ぱっくりと開いて、豊かな谷間が、目の前の客に、丸見えになる。
宴会場が、静まり返った。
十人の男の視線が、俺が屈むたびに、上下に動く。料理を置くために身を乗り出すと、谷間が覗く。次の客へ移ると、また覗く。まるで、男たちの首が、俺の胸に、糸で繋がれているみたいに、一斉に動いた。
俺は、それに、まるで気づかない。
「なんだ、みんな、腹減ってねえのか? せっかくの料理が冷めるぞ。ほら、これ、この土地の名物なんだろ。食え食え」
俺は、気を利かせたつもりで、一人の客に、ぐいと身を寄せて、皿を勧めた。至近距離で、胸が、客の腕に、ふに、と当たる。客が、感電したように、飛び上がった。
「ど、どうした。腰でも痛めたか? 温泉、効くぞ」
俺は、本気で心配して、その客の背中を、ばんばん叩いた。力自慢のおっさんの力で。客は「ぐえ」と呻いた。
宴会は、異様な熱気に包まれた。男たちは、やたらと酒を頼み、やたらと料理を追加し、やたらと「仲居さん、こっちにも!」と俺を呼んだ。俺は、それを「気前のいい客だ」としか思わず、せっせと動いた。動くたびに、浴衣がはだけ、男たちが沸いた。
閉宴後。女将が、伝票を見て、悲鳴のような声を上げた。
「こまちさん! 今夜の宴会、追加注文が、いつもの三倍! 売上が……こんなの、何年ぶりかしら!」
「ああ、あの客、よく飲み食いする連中だったな。いい客だ」
「違うわよ! あなた目当てなの! あなたが、その……サービスが、すごいから!」
「サービス? 普通に、料理運んで、酒注いだだけだぞ」
俺は、本気で、わからなかった。俺は、ただ、仲居の仕事を、ガサツに、こなしただけだ。色目なんぞ、使った覚えは、微塵もない。
女将は、俺の顔を見て、天を仰いで、それから、拝むように、手を合わせた。
「……こまちさん。あなた、本物の、天然だわ。うちの、救いの神よ」
天然の、救いの神。俺には、その言葉の意味が、さっぱり、わからなかった。




