第31話 星の子
判決から数ヶ月後、世界中の空が変わった——。
第30話の続きです。
判決から数ヶ月後、世界中の空が変わった。
SEEDは太陽系を脱出していた。
射出から数ヶ月──太陽系脱出速度を超えた軌道で飛び続けたSEEDは、太陽系外縁部を越えて、星間空間へ出た。閉じ込められていた境界条件が完全に解放されたことで──エネルギーの流入パターンが変化した。外部からの流入が、今度は外向きに、放射として滲み出し始めた。
その放射が、星間空間の希薄なガスと塵を、ゆっくりと巻き込み始めた。
具体的に何が起きているのか──正直なところ、私にも完全にはわからない。ただ、観測データは示していた。特定波長のニュートリノフラックスが急増。その波長帯が、太陽系外縁部の彼方から途方もない距離を越えて、地球の成層圏に存在する硫酸塩エアロゾルと干渉を起こした可能性がある。
ニュートリノが物質と干渉する確率は、通常の物理では限りなくゼロに近い。
でも──SEEDは最初から、通常の物理の外側にいた。
つまりこれも、説明できない。
なるほど、宇宙は最後まで私の専門知識など知らないらしい。
硫酸塩エアロゾルは特定波長の光を散乱させる──火山噴火後の夕焼けが茜色に染まるのと同じ原理で。ただし今回の規模は、火山とは比較にならなかった。
最初に報告したのはニュージーランドの天文台だった。異常な茜色の散乱光。原因不明。それから数時間で、世界中の観測所が同じ報告を上げた。
原因モデルは、複数出た。
SEEDの放射による成層圏干渉説。太陽活動の異常による偶発的な散乱説。太陽系外縁部での未知の核反応説。どれも証明されなかった。どれも否定されなかった。科学者たちは今も議論を続けている。
私にも、正直なところわからない。
SEEDが関係しているとは思う。でも──「証明できる」とは言えない。
それでいい、と思った。宇宙は最後まで私の専門知識など知らないらしい。
太陽系外縁部の先で、観測所のひとつが、微弱な光の点を捉えた。
国際天文学連合は、その物理的正式名称を、「Akane Plasma
Node」と定めた。略してAPN。SEEDの 14
ロナワット級のエネルギーが、真空のポテンシャル勾配を局所的に操作し、周辺の星間物質を茜色のプラズマとして励起させている、と推定される現象──という、長い専門的説明が、論文には添えられた。
でも──一般の人々は、その名前を、ほとんど使わなかった。
CNNは「人類史上最も美しい物理的バグ」と表現した。BBCは「新しい星の誕生」と報じた。そして、人々は、いつの間にか、あの茜色の空のことを「アカネ」と呼ぶようになっていた。あるいは──「原始星アカネ」と。
厳密には、原始星ではない。恒星形成過程の通常の原始星とは、メカニズムも、スケールも、何もかも違う。論文の専門家たちは、その呼び名を、最後まで使わなかった。
でも、人々は、使った。
新しい何かが生まれた。星の子のようなもの。それが、人々の感覚だった。
私は、その呼び方が、好きだった。
(第32話へ続く)
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いよいよ次が最終話となります。




