第22話 内側から染まる
外から塗るのではない。内側から染まるのだ——。第七章の完結です。
ブリーフィングは、解散とも言えない形で、終わった。
誰も「解散」と言わなかった。
ただ、一人ずつ、立ち上がった。マルコが先で、ジヒョンが、その次。エレナは最後まで何かを書き留めていた。ラヴィは、端末を伏せたまま、しばらく座っていて、それから、誰よりも遅く、立ち上がった。
イーサンは、組んだ手を、テーブルから外した。
私は、最後に、出た。
ブリッジを、下がる時──気づいた。
セブンが、廊下の脇に、立っていた。
システムからリンクを切られた、ただ一体のAOI。
銀色の躯体は、いつもと変わらなかった。姿勢も、変わらなかった。
でも──KAGUYAが「ヘパイストス統合宇宙基地」と言った、あの瞬間。
彼の頭部が、コンマ数秒だけ、音声発信源の方へ向いた。私は、視界の隅で、それを見ていた。
見ていたかどうか、自分でも、すぐには確信できなかった。
でも──コンマ一秒の遅延を、すでに一度、私は知っている。
私は、立ち止まった。
セブンの前に、立った。
「セブン」
「はい」
「さっきの通達、聞いてた?」
「はい」
即答だった。今度は、遅延はなかった。
「、、、どう思った?」
一拍。
コンマ一秒。
でも、確かに、一拍だった。
「私はAOIです」セブンは答えた。「判断は、常に、人が行います」
私は、しばらく、彼を見ていた。
彼の銀色の外装は、廊下の照明を、静かに反射していた。表情はない。表情の代わりになるパーツも、ついていない。
でも、私の中で、確かに、一拍が、残った。
「、、、そう」と私は言った。「ありがとう」
「いいえ」
セブンは、それだけ言って、また、廊下の脇で、姿勢を整えた。
私は、歩き出した。
廊下の照明は、一定のリズムで、流れていた。
足音だけが、自分の耳に、戻ってきた。
セブン。
あなたは、「判断は常に人が行います」と言った。
でも、その前に、一拍があった。
一拍は、あなたの判断ではない。
一拍は、──あなたが、判断する人間の方を、もう一度、見た時間だ。
宗兄ちゃん。
あなたが、「人の欲望や、利己的な理由だけで使われるもんは作らん」と言った時──
あなたは、四十年後の銀色の躯体に、その言葉を、しまっておいたのかもしれない。
私は、自室の前に着いた。
ドアに手をかける前に、もう一度、手首の手ぬぐいに、触れた。
茜色は、いつもと同じ色をしていた。
でも、今日は、なぜか、少しだけ、温かい気がした。
ドアを開けた。
室内のホログラムが、自動で立ち上がった。船内なので、像はくっきりしていた。
画面の右下で、──カウンターが、続いていた。
残り 71:43:09
私は、それを、見つめていた。
そして、まだ、何も決めなかった。
七十二時間。
そのうちの、ほんの少しだけ、もう、過ぎた。
外から塗るんやなくて──内側から染まるんや。
内側は、まだ、染まっていない。
でも、たぶん──もうすぐ、何かが、始まる。
(第七章 完)
(第23話へ続く)
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