第20話 協力者
協力するクルーには報酬を。システムは、人の心を金額で試す——。第19話の続きです。
沈黙が、ブリーフィングルームを満たした。
そこへ──KAGUYAが、続けた。
「ただし、本案件に積極的にご協力いただけるクルーには、本社より特別恩赦を提供いたします」
「特別恩赦」
響きはいい。中身は──
響きはいい。でも要するに、「これを断れば下に落ちる」という意味だ。
画面が、切り替わった。
[ 特別恩赦・全クルー共通項目 ]
一.基本給与の昇給。四十パーセント。
二.賞与。年俸二年分。一括支給。
三.永住権の優先審査。希望国を選択可能。
四.退職手当の上昇保障。三十五パーセント。
数字が、整列していた。
脅しの数字と、報酬の数字が、同じ書式で、同じフォントで、並んでいる。罰と恵みが、同じ「条件」のテーブルの上に、並列に置かれている。
これは、選択ではない。
「下に落ちる」か、「上にしがみつく」か──その二つしか用意されていない。
マルコが、低く笑った。
「賞与二年分、、、」
彼の手が、無意識のように、胸ポケットに触れた。中に何が入っているのか、私は知っている。妹さんの、ウエディングドレスを試着した写真。
「ちょうど、式の一回分くらいか」
ジヒョンが、視線だけを彼に向けた。何も言わなかった。
画面が、また切り替わった。
今度は、共通項目ではなかった。
[ 個別最適化通知 --- クルー専用 ]
私の画面に、続きが立ち上がった。
「渡海・亜希子様へ。
量子重力理論分野における特別研究ポストへの推薦。
ヘパイストス統合宇宙基地内、第三研究棟。
最優先貨物・検体ナンバー001への、優先アクセス権を含む」
私は、画面を、しばらく見つめていた。
──SEEDへの、優先アクセス権。
私が一番、見たかったもの。
十年かけて、ここまで来た理由のもの。そして──宗兄ちゃんが、見たかったかもしれないもの。
「式には必ず理由がある。染料が定着する理由も、宇宙が膨張する理由も、根っこは同じや思てる」
宗兄ちゃんが、もし生きていたら──
SEEDのデータを、見たがったと思う。
私の隣で、湯呑みを片手に、楽しそうに、覗き込んだと思う。
でも。
でも、宗兄ちゃんが見たかったものを、宗兄ちゃんが拒んだものと交換に手に入れるのは──
それは、宗兄ちゃんを二度殺すことだ。
画面の右下で、カウンターが動き始めていた。
署名受付期限まで ── 残り 72:00:00
七十二時間。
一秒ずつ、減っていく。
タイタンは怒らない。
怒鳴らない。
ただ──カウントダウンするだけだ。
ふと、隣を見た。
エレナが、自分の画面を見つめていた。彼女の唇が、わずかに、動いた。声には、ならなかった。でも、形で、わかった。
──「論文の公式採択」。
彼女が長年、提出し続けて、却下され続けてきた論文。AI社会における人間の「部品化」への警鐘。それが、今、推薦されようとしていた。
条件付きで。
今になって。
条件付きで。今になって。
彼女の論文は、十年前に出ていれば、十年前に世界を救えたかもしれない。
でも、それが、十年経って、今、SEEDと引き換えに採択される。
救うはずだった世界の、首根っこを、押さえながら。
ジヒョンが、ぽつりと言った。
「私のところは、SEEDデータの優先アクセス権だわ」
彼女は端末を、テーブルに静かに置いた。
「データが好きだから、データで釣る、、、ということね。雑な仕事ね」
マルコが、フッと、息で笑った。
「俺のとこは、機関工資格の上位再認定と、ボーナス上乗せだ」マルコは肩をすくめた。「妹の式と、新婚旅行と、新居の頭金と、──たぶん、向こう五年分くらいの安心が、ここに入ってる」
マルコは、笑っていた。でも、目が笑っていなかった。
ラヴィは、自分の端末を、伏せた。
画面を、誰にも見せようとしなかった。
彼の項目が何だったのか、誰も聞かなかった。聞けなかった。
イーサンは──
自分の端末を、まだ開いてもいなかった。
KAGUYAの音声が、最後の一行を読み上げた。
「コール・イーサン様へ。
永住権・優先審査。希望国指定可能」
「コール・イーサン様」、、、
名字も、名前も、丁寧に、システムが切って読み上げる。それは、彼の名前ではない。システムが管理している、アカウント名だった。
イーサンは、それでも、端末を、まだ開かなかった。
肩で、一度、息をしただけだった。
(第21話へ続く)
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