表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/26

第19話 タイタンの命令

SEEDを射出せよ——タイタンから、命令が届いた。第七章の始まりです。


船体の振動が、ようやく収まった。


船外カメラの映像の中で、AOIたちは、SEEDの周囲に観測シェルの骨組みを組み終えていた。整然と。淡々と。誰の感情も介在しない動作で。SEEDは、船体の外壁に沿った係留点へ──いつでも送り出せる位置へと、移されている。


私たちはまだ、ブリーフィングルームを出ていなかった。


出る理由が、見つからなかったから。


マルコがテーブルに肘をついたまま、低く言った。


「で──どこへ運ぶつもりだ」


誰に問いかけたわけでもなかった。でも、答えは、すぐに来た。


「アルバトロス号クルーへ通達があります」


KAGUYAの声だった。船内放送ではない。ブリーフィングルームの中央モニター越しに、直接かけられている。


全員の視線が、モニターに集まった。


「最優先貨物・検体ナンバー001の移送先が確定しました。移送先はヘパイストス統合宇宙基地です。本社の決定事項です」


一瞬、誰も動かなかった。


ヘパイストス。


名前は知っていた。月の裏側を回る軌道上に展開された統合宇宙基地。表向きは深宇宙探査の中継拠点。実態は──軍事施設。


マルコが先に動いた。


「ヘパイストス、、、」


声が、笑っていなかった。


「KAGUYA。冗談だろ。あれは──軍の施設だ」


「統合基地です」KAGUYAが答えた。「公開できる情報は、ここまでです」


「Madonna mia......」マルコは天井を仰いだ。


イーサンは何も言わなかった。


ただ、テーブルに置いた手のひらを、ゆっくりと開いて、また閉じた。それだけだった。


私は──モニターを見ていなかった。


手首の手ぬぐいを見ていた。


ヘパイストス──ギリシャ神話の、鍛冶の神。武器の神。


名前にすら、もう、隠す気がない。


宗兄ちゃん。


あなたが断ったのは──たぶん、こういう場所からの、こういうオファーだった。


「移送スケジュールについては追って通達します」KAGUYAは続けた。「クルーの皆様には、契約上の遵守義務が発生します。詳細は各端末に送信済みです」


各クルーのリスト型端末が、ほぼ同時に、小さく震えた。


私は、自分の端末を開いた。


ホログラムが立ち上がる。船内なので、像はくっきりしている。郊外のように揺らぐことはない。それが──なぜか、今は、嫌な感じだった。鮮明であるということが、逃げ場がないということに見えた。


画面の見出しは、シンプルだった。


[ 契約遵守事項 --- 違反時のペナルティ一覧 ]


項目は、四つだった。


一.違約金。年収の三倍。


二.宇宙航行従事者データベースへの不適格登録。永久。国際共有。


三.宇宙飛行士資格の剥奪申請。


四.居住ビザへの影響。地球統合政府の関連審査において、不利な情報として参照される。


淡々と、箇条書きで、並んでいた。


怒鳴ってもいなかった。脅してもいなかった。ただ、書いてあった。


これが──現代の脅迫の形なのだ。


声を荒げない。指を突きつけない。ただ、「データ」として提示する。


読み手に、自分で計算させる。


ジヒョンが、自分の端末を見たまま、静かに言った。


「永久って書いてあるわ」


「ええ」


「永久に、宇宙では働けないということね。一回これに引っかかったら──もう、ここには戻れない」


声に怒りはなかった。事実を確認しているだけの口調だった。でも、それが、かえって重かった。


ラヴィは、端末を見たまま、しばらく動かなかった。


やがて、誰にも向けるでもなく、つぶやいた。


「数字にされると、怖いな」


全員が、彼を見た。


「自分の人生が──全部、計算されてるみたいで」


ラヴィは、目を上げなかった。端末の画面を、見続けていた。


そこに何があるのか、私には見えなかった。彼の端末の中身は、彼にしか見えない。


でも──彼の目の動きが、画面の中を、何度も、何度も、往復しているのが、わかった。


ラヴィの義母さんは、まだ療養中だ。


彼が時々、夜中にメッセージを打っているのを、私は知っている。


彼は、「数字にされる」のが怖いのではなくて──


彼の家族の生死が、すでに数字になっていて、その数字が、上がっていくのを止められないのが、怖いのだと思う。


マルコが、テーブルを軽く叩いた。


「Uffa──」


舌打ちに似た、短い息だった。


「ペナルティ?なんだか脅迫じみてるな。」


エレナは何も言わなかった。


彼女は端末を一度閉じて、目を閉じた。それから、もう一度開いた。


二度読んでも、項目は四つのままだった。




(第20話へ続く)




© 2025-2026 Masaki Yamashiro. All rights reserved.

本作の内容(本文・設定・キャラクター・固有名詞・固有概念)の無断複製・転載・配布・二次利用を禁じます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ