第18話 算入済
船体に、かすかな振動が走った。タイタンは、すでに次の手を考えていた——。第六章の完結です。
その時だった。
船体に、かすかな振動が走った。
「......何だ」イーサンが立ち上がった。
モニターが切り替わった。船外カメラの映像。複数のAOIが、一斉に船外へ展開していた。整然と、無言で、SEEDに向かって移動している。
「本社からの緊急プロトコルが開始されます」KAGUYAの声が船内に響いた。「繰り返します。緊急プロトコルが開始されました。対象の物体を回収します」
「おい! KAGUYAどうなってる!? まだ正体不明だぞ?」
一拍の沈黙。
「イーサン、申し訳ありません」KAGUYAの声は、いつもより低かった。「私も従業員を危険に晒す為、拒否しましたが──タイタンシステムの緊急プロトコルにより、回収作業が開始されました」
誰も喋らなかった。
「念のため、シリアルナンバーAOI-07──セブンのみ、システムからのリンクを解除し、自立稼働に切り替えます。皆さんの安全を優先します」
モニターの中で、AOIたちがSEEDへと近づいていく。船内では、セブンだけが静かに、その場に留まっていた。
「Ma
dai......」マルコが低く言った。手が、ゆっくりとテーブルの上に置かれた。「もう決まってたのか」
イーサンは黙ってモニターを見ていた。その横顔が、石のように固かった。
ブリーフィングが終わって、私は一人で端末に向かった。
KAGUYAのシステムログを引っ張る。ルーティンのような顔をして、でも本当は──確認したいことがあった。
ログを辿る。
SEEDの観測データが記録されたタイムスタンプ。私たちがエアロックを通過したタイムスタンプ。そして──
データ送信のログ。
送信先: タイタンシステム / 機密レベル5
送信データ: SEED観測データ (全記録)
タイムスタンプ: EVA帰還の17分前
EVA帰還の、十七分前。
私たちがまだ船外にいた時刻だった。
もう知っている。
タイタンはもう、SEEDのことを知っている。私たちが船内でデータを解析し、議論し、仮説を立てていた時間──その全部の間、タイタンはすでに次の手を考えていた。
ログを、もう一段、深く辿った。
送信データの末尾に、付帯情報のフィールドがあった。普段は、タイタン側からの自動応答が短く返ってくるだけのフィールドだった。今日は──少し、長かった。
開く。
数行の応答ログが並んでいた。
[titan_response] received.
[titan_response] priority: A0.
[titan_response] resource_lock: SEED.
その下に、自動付帯された判定ログが、続いていた。
[eval] human_survival_resource: secured (99.9% ±0.1%).
[eval] crew_emotional_delay_coefficient: +0.003 sec / within
tolerance.
[eval] 個体棄損許容:算入済
私は、その八文字のところで、視線を止めた。
個体棄損許容:算入済。
英文のログの中に、その八文字だけが、日本語で混ざっていた。たぶん、どこかの古い設計者が、何らかの理由で、そこだけ日本語のコメントとして書いた。それが、四十年か五十年か、誰にも消されないまま、生き残ってきた。
算入済。
許容、ではなく、算入済。
すでに、計算に、組み込まれている。
クルー六人とAOI数体の喪失は、99.9%の生存リソース確保のために、すでに、計算の中に、入れ込まれている。
その判断は、もう、終わっている。
私は、画面を、二度、読み直した。
二度目は、唾を、飲み込んでいた。
手首の手ぬぐいに、無意識に触れた。
宗兄ちゃんが軍事転用を拒否した時、彼を追い詰めたのも、こういう「すでに決まっている」感じだったのだろうか。
でも宗兄ちゃんは──断った。
私は端末を閉じた。
まだ、何も決まっていない。
少なくとも、私が決めるまでは。
(第六章 完)
(第19話へ続く)
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