第14話 解析室
エアロックが閉まる。あの球体は、何なのか——。第六章の始まりです。
エアロックが閉まる音がした。
与圧が戻る。ヘルメットのロックを外す。宇宙服の中に溜まっていた空気が、顔に当たった。
マルコが先にヘルメットを脱いだ。
「......なんだったんだ、あれ」
独り言のような声だった。陽気なマルコ・ベリーニが、こんな声を出すのを、私は初めて聞いた。
少し間があった。マルコが私を見た。
「アキ......おまえ確か量子重力の博士号持ちだろ?
アレがなんなのかわからないのか?」
「わからない」と私は言った。「まだ」
AOIこと“セブン”が無言で宇宙服の点検を始めた。いつも通りの動作だった。
でも──私はその背中を、一秒だけ、見た。
ブリッジに上がると、イーサンが待っていた。腕を組んで、モニターを見ていた。私たちが入ってきても、すぐには振り返らなかった。
「データは見た」イーサンは言った。「怪我や心身に異常はないか?」
「ないよ、だいじょぶ」と私は答えた。
「ジヒョン、解析開始できるか」
「すでに走らせてるわ」ジヒョンの声は平静だった。いつも通りだった。でも──タブレットを持つ手が、わずかに白くなっていた。
「アキ」イーサンが初めて振り返った。疲れた目で、まっすぐ私を見た。「お前はどう見る」
私は少し間を置いた。
「物体じゃない、かもしれない、、、」
沈黙。
「物体じゃない、って?」エレナが言った。
「まだ仮説なんだけど、、、データを見てから」
イーサンは頷いた。「わかった。六時間後の全体ブリーフィングにして、それまで各自データを当たろう」
「了解」とラヴィが言った。その声だけが、少し震えていた。
解析室に籠もったのは、それから五時間だった。
最初の三十分で、私は自分の専門知識の限界を、四回更新した。
まず質量。
直径十メートルの物体が示す重力的影響は、サイズと著しく一致しない。天体級の振る舞いをしている。最初の仮説──「極めて高密度の未知物質」──は、エネルギー密度の計算で崩れた。
ENERGY DENSITY (重力場からの逆算値): 10²⁸ J/m³ 級
通常物質の理論上限: 10¹⁸ J/m³ 以下
→ 差分: 10桁
→ 結論: 通常物質では物理的に存在不可能
なるほど、宇宙は私の「通常物質」という前提など知らないらしい。
次にニュートリノ。
恒星級のフラックスが出ている。だが熱放射はほぼゼロ。内部核反応では説明できない。「エネルギーを内部に持っている」のではなく──
私は計算を止めた。
「......流入させてる?」
声に出ていたようで、隣のジヒョンが顔を上げた。
「何が」
「エネルギーが。内部じゃなくて──外から入ってきてる可能性がある、、、」
ジヒョンは少し黙った。それから「どこから」と言った。
「そこが問題」
(第15話へ続く)
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