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追放された悪役令嬢、辺境の万屋で人生相談を承ります  作者: 秋月 もみじ


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第9話 公開審問会


 数ヶ月前、私はこの広間で「国家反逆者」と呼ばれた。


 今日、私はこの広間で真実を語る。


 断罪の間。同じ石柱。同じ天井。同じ反響。だが私の立つ位置が違う。あの日は被告席だった。今日は、請求者席に立っている。


 傍聴席を見渡した。辺境から来た五人がいる。リーザ、ハンス、クラーラ、ラングナー男爵、マルタとトーマス。全員が真っ直ぐに前を向いている。


 正面に王立審問官が三名。左の傍聴席にルドルフ殿下。硬い顔。右の傍聴席にセレスティア・ローゼ。微笑んでいた。余裕の表情。


 そして私の隣に、ヴォルフが立っている。


「緊張しているか」


「……少しだけ」


「お前の仕事を、お前のやり方でやればいい」


 頷いた。


 審問官の一人が槌を打った。


「公開審問会を開廷する。請求者フィーネ・ブラント、申し立てを述べよ」


 息を吸った。


「追放令フィーネ・ブラントに対する国家反逆罪について、再審を請求いたします。根拠となる新証拠は五件です」


「第一の証拠」


 書類を広げた。代官事務所の公式記録の写し。


「辺境の未亡人リーザ・メラーの遺産を横取りしようとした事件。この事件で暗躍した仲介者は、聖女セレスティア・ローゼの側近でした」


 リーザが証言台に立つ。義母が持ち出した偽の遺言書。背後にいた仲介者の名前。声は震えていたが、最後まで言い切った。


「続けて第二、第三の証拠を提出します。商人ハンス・ベッカーに対する偽造借金証書の件、および男爵令嬢クラーラの婚約者替え玉事件。偽造証書を製作した工房は聖女管轄の慈善基金から資金を受けており、替え玉を手配した仲介者はこの工房と同一組織に属していました」


 ハンスとクラーラが続けて証言する。鑑定記録と代官事務所の記録を添える。傍聴席がざわめき始めた。セレスティアの微笑みが、わずかに固くなった。


「第四の証拠。辺境男爵ラングナー領の税収横流し。横流し先は聖女管轄の慈善基金の口座です」


 ラングナー男爵が帳簿の写しと共に証言した。領民が餓死寸前だったこと。管理手数料という名目の架空支出。


 ここまでで四件。だが本番はここからだ。


「そして第五の証拠」


 声を落とした。広間が静まる。


「平民トーマス・ヴェーバーの冤罪事件。この冤罪を作り上げた偽造証拠の手法は、私フィーネ・ブラントの追放に使われた証拠と同一の製作者によるものです」


 マルタとトーマスが証言台に立つ。


「王立鑑定士の魔法鑑定により、筆跡とインク年代の同一性が確認されています。同じ人間が、同じ方法で、トーマスの冤罪と私の冤罪を作り上げました」


 鑑定書を提出した。


「すべてのご依頼の裏には、一つの秘密がございました」


 セレスティアを見た。もう微笑んでいなかった。


「聖女セレスティア・ローゼ様による、組織的な資産横流しです」


「何かの間違いですわ!」


 セレスティアが立ち上がった。


「わたくしは清廉な聖女です。こんな辺境の追放令嬢の戯言を、まさか信じるおつもりですか!」


 涙を流した。いつもの涙。人の心を操る、重さのない涙。


 でも今日は通じない。


「追加証拠を提出する」


 ヴォルフが一歩前に出た。一瞬だけ目を閉じた。覚悟を決めた顔だった。


「王国密偵長官ヴォルフ・ゼーリヒ。国王陛下の勅命により、横流しネットワークの内偵を行っていた。これがその資料だ」


 広間がどよめいた。密偵長官。


 内偵資料が提出された。五件の事件の公式記録、依頼人の証言、魔法鑑定。書証、証人、鑑定。証拠要件の三点すべてが揃っている。


 セレスティアの涙が止まった。


「そして」


 ヴォルフが私の横に戻った。


「この女性の名誉を、俺の名にかけて保証する」


 心臓が跳ねた。今はそれに構っている場合ではない。でも。


「……ヴォルフ」


 自分でも驚いた。「大家さん」でも「密偵長官殿」でもなく、名前が口をついて出た。ヴォルフがほんの一瞬、目を見開いた。すぐに前を向いた。


 沈黙を破ったのは、思いもよらない人物だった。


「……審問官殿」


 マルクス・ブラント公爵が、傍聴席から立ち上がった。父。


 あの日は目を伏せていた。今日は、顔を上げている。


「私もこのネットワークの末端に加担していた。若い頃の借金を握られ、資金の一部を流す役割を担っていた。娘の追放に反対しなかったのは、娘が不正に気づくことを恐れたためだ」


 息が止まった。


「爵位の自主返上を申し出る」


 広間がどよめいた。父の目と、一瞬だけ合った。そこに何があったのか。罪悪感、謝罪、それとも別の何か。今は判断がつかなかった。


 次に立ったのはルドルフ殿下だった。


「フィーネ・ブラントに対する追放令は、俺の判断の誤りだった。国民の前で謝罪する」


 審問官が合議に入った。短かった。証拠が圧倒的だったからだ。


「判決を言い渡す。第一、フィーネ・ブラントに対する追放令を取り消し、名誉を回復する。第二、聖女セレスティア・ローゼの聖女位を剥奪し、辺境への追放を命ずる。第三、マルクス・ブラント公爵の爵位自主返上を受理する」


 退廷の時だった。


 衛兵に両腕を掴まれたセレスティアが叫んだ。


「わたくしだけが悪いのですか! あの方がすべてを、隣国の宰相が」


「静粛に」


 審問官が遮った。セレスティアは引きずられるように退廷していった。


 ヴォルフと目が合った。隣国の宰相。ヴォルフの目が鋭くなった。セレスティアの紋章を見た時と同じ目。


「……まだ、終わっていない?」


「ああ」


 広間の出口に向かいながら、ふと振り返った。


 傍聴席でリーザが目を拭っていた。ハンスが天井を仰いでいた。クラーラが手を合わせていた。ラングナー男爵が目を閉じていた。マルタがトーマスの手を握っていた。


 五人の依頼人。五件の依頼。


 私はただ、目の前の人を助けていただけだった。一件一件、丁寧に。証拠を集め、論証を組み立て、書類を整えた。地味な下準備の仕事を繰り返しただけだった。


 それが全部繋がっていた。


 広間を出ると、秋の空が広がっていた。


 追放された日も、晴れていた。

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