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追放された悪役令嬢、辺境の万屋で人生相談を承ります  作者: 秋月 もみじ


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第8話 一人じゃない


「再審請求を受理する。一時入京許可証を同封する」


 王立審問官からの書簡を、私は三度読み返した。


 手が震えた。嬉しさではない。怖さだ。これが受理された以上、もう後戻りはできない。公開審問会の場で、聖女セレスティア・ローゼの横流しネットワークを告発する。


 一時入京許可証は薄い羊皮紙に審問官の署名と印が押されている。追放令の例外規定。この紙一枚が、私を王都に戻す鍵だ。


 万屋の扉が叩かれた。


 開けると、リーザが立っていた。娘の手を引いている。あの頬の痩けていた女の子は、半年前よりずっと健康そうだった。頬がまるい。


「フィーネさま。王都で証言が必要なら、私が参ります」


「リーザさん……」


「あなたに救っていただいた恩を返す時です」


 その後ろから、ハンスが顔を出した。


「俺もだ。偽の借金で店を取られかけた話なら、いくらでも証言するぜ」


 クラーラが手紙を持って来た。ラングナー男爵が使者を寄越した。マルタが息子のトーマスと一緒に現れた。


 五人の依頼人が、全員。


「……皆さん。王都での証言は、危険を伴います。聖女さまに逆らうことになる」


 ハンスが笑った。


「俺たちがあんたに助けられた時、あんただって危険だっただろう。追放令嬢が代官事務所で啖呵を切るなんて、普通はやらない」


 リーザが静かに言った。


「一人で戦わないでください。それだけです」


 奥歯を噛んだ。泣くな。まだ早い。


「ありがとうございます。では、王都行きの準備をしましょう」


 その日の夕方だった。


 万屋の前に、見慣れない男たちが立っていた。四人。全員が外套の下に武器を隠している。体つきは傭兵のそれだ。


「フィーネ・ブラント殿。少々お話を」


 先頭の男が言った。あの時の密偵とは違う。もっと直接的な暴力の気配。


「再審請求を取り下げていただきたい。さもなければ」


「さもなければ?」


 声を震わせなかった。脅す側は、相手が怯えることを前提に組み立てている。怯えなければ、計算が狂う。


「お察しください」


「お察しするまでもありません。辺境領主の管轄下で、武器を持った集団が民間人を脅迫する行為は、領主権の侵害として処罰対象です」


 男たちの目が鋭くなった。


「この場の証人は十分います」


 万屋の周囲に、人が集まり始めていた。ハンスが腕を組んで立っている。通りの向こうからリーザが駆けてきた。鍛冶屋の親方が槌を手にしている。


「辺境の代官事務所はすぐそこです。今すぐ立ち去ることを、お勧めします」


 先頭の男が舌打ちした。四人が一歩前に出る。


 法律は万能ではない。相手が法を無視して動いたら、言葉では止められない。体が強張った。


 大きな影が、私の前に立った。


 ヴォルフだった。


 剣は抜いていない。ただ立っているだけ。だがその背中から発せられる圧が、四人の傭兵を凍りつかせた。数々の戦場を生き延びた男の、静かな重さ。


 先頭の男が一歩退いた。二歩。三歩。四人が踵を返し、走り去った。


 通りに静けさが戻った。


 ヴォルフが振り返った。


「任務じゃない」


 目を見て言った。


「お前が心配だから来た」


 万屋の中。二人きり。


 私は椅子に座ったまま、膝の上で手を握っていた。ヴォルフは向かいの椅子に座っている。十日ぶりに向かい合った。


「……大司教には、俺から話を通した」


「え?」


「聖女位の剥奪には教会大司教の同意がいる。密偵長官は王の名代として大司教と直接交渉する権限を持つ。証拠があれば剥奪の手続きに入ると、内諾を得た」


 この十日間。私がヴォルフを拒絶している間に、ヴォルフは動いていた。


「審問会では密偵長官として名乗ることになる。陛下の許可は取った」


 淡々と報告する声。感情を押し殺しているのが分かる。


「なぜ」


「お前が一人で王都に行くつもりだと分かっていたからだ。法廷で完璧な証拠を並べても、大司教の同意がなければ聖女は落とせない。お前が見落としている穴を、俺が塞いだ」


「……それは、密偵としての判断ですか」


「違う」


 即答。


「一人で行くな。俺も行く。これは任務でも義務でもない。俺の意志だ」


 目の奥が熱くなった。


「……ずるい」


 声がかすれた。


「そういうことを、今言うんですか。私があなたを拒絶して、一人でやると決めて、やっと覚悟を固めたのに。そのタイミングで来て、大司教にまで話を通して」


「ずるくていい。お前が一人で行くのを見送るくらいなら、ずるいと言われるほうがいい」


 涙が一粒だけ落ちた。それ以上は流さなかった。


「……一人じゃ、ないんですね」


「ああ」


 窓の外で、リーザとハンスが王都行きの荷造りをしている声が聞こえた。マルタがトーマスと一緒に保存食を差し入れに来た。


 公開審問会の日取りが決まった。三週間後。


 辺境の万屋から、王都へ。


 荷造りをしながら、気づいた。ヴォルフが黙って買い置きしてくれていた茶葉が、棚の奥にあった。私が好きな、少しだけ高い茶葉。いつから置いてあったんだろう。


 それを旅の荷物に入れた。

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