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第37話 それでも浮いている

 砲声が止んでから最初に動いたのは大沼だった。


 艦底から這い上がってきた。野口が横についていた。左腕に新しい包帯が巻かれていた。右手に工具を握ったままだった。


 「大沼さん」と堂島は言った。


 「聞こえてる」と大沼は言った。「次の修理を始める。どこからだ?」


 「右舷第2区画の本修理が終わっていません」と堂島は言った。


 「わかった」と大沼は言った。野口を振り返った。「お前はもう来なくていい」


 「5分後にまた出血します」と野口は言った。


 「来なくていい」


 「行きます」と野口は言った。


 大沼は何も言わなかった。第2区画に向かった。


 「三島さん」と堂島は通信機に向かった。


 「聞こえてる」と三島の声がした。


 「終わりました」と堂島は言った。


 少し間があった。「わかった」と三島は言った。「機関は生きてる。以上」


 通信が切れた。


 堂島は工具箱を開けた。金属板を2枚取った。ボルトを10本取った。ポケットに入れた。



 第7区画から始めた。


 艦尾に近い場所だった。汐の班が午前中に増し締めした外板があった。手で叩いた。音が鈍かった。ずれていなかった。汐の仕事だった。


 継ぎ目を指でなぞった。隙間がなかった。次に右舷側の外板に移った。今日の戦闘で抉れた箇所があった。浸水は止まっていた。仮止めのままだった。金属板を当てた。ボルトを4本打った。


 第6区画に移った。大沼が右手だけで押さえた箇所が2つあった。1つは汐が引き継いでいた。もう1つは大沼が押さえたまま上がってきた。手を当てた。冷たかった。ボルトの頭が不揃いだった。右手だけで打てばそうなる。増し締めした。均した。


 艦底に降りた。


 大沼が今日いた場所だった。外板に油と血の跡があった。血は大沼のものだった。手で外板を押した。動かなかった。大沼が止めた場所だった。ボルトを2本増し締めした。


 外板に手を当てたまま少し止まった。


 海の重さが伝わってきた。何トンか、計算しなくてもわかった。この重さを大沼は右手だけで押さえた。怒りながら押さえた。鋼花はそう言った。


 手を離した。次に移った。



 第5区画は汐が今日直した箇所が3つあった。


 1つ目。継ぎ目に金属板が当たっていた。溶接の跡があった。きれいではなかった。ただし均質だった。力が均等に入っていた。手で叩いた。固かった。


 2つ目。ボルトが10本打ってあった。数えた。10本だった。1本も省いていなかった。


 3つ目。汐が「先手を打った」と言った箇所だった。命中する前に補強した場所だった。今日の戦闘でその隣が被弾した。汐が補強した箇所は持った。隣が開いた。堂島が直した箇所だった。金属板を当てた。ボルトを打った。


 艦底から第5区画の外板を手で押した。動かなかった。


 第4区画に移った。前の戦闘で汐が最初に本修理した箇所があった。継ぎ目に鉄板を溶接した場所だった。手で叩いた。音が均質だった。大沼が合格と言った修理だった。問題なかった。


 第3区画。今日の戦闘で一番繰り返し撃たれた場所だった。大沼と汐が交互に修理して、また外れて、また修理した場所だった。今は汐の班が押さえていた。堂島が来ると古川が横に寄った。


 「私がやります」と堂島は言った。「別の箇所に行ってください」


 古川はうなずいて移動した。


 継ぎ目に手を当てた。冷たかった。わずかに滲みが出ていた。金属板を当てた。ボルトを打った。滲みが止まった。追加で2本打った。次の命中弾が来ても外れない場所にした。


 来ない、と思った。来ないが、来た時のために打った。それがダメコンだ。



 第2砲塔の回路室に入った。


 ゼロが来ていた。計測器を複合回路に繋いでいた。


 「状態は?」と堂島は言った。


 「安定しています」とゼロは言った。「先ほどまでの出力が嘘のようです。珊瑚礁から距離が離れたためか、それとも戦闘が終わったためか、判断できません」


 「光は残っていますか?」


 「残っています」とゼロは言った。「弱い光ですが、あなたがいなくても残っています。回路が覚えています」


 堂島はパネルを開けた。接続部を一つずつ確認した。ゆるみはなかった。腐食はなかった。ゼロが設計した時と変わっていなかった。


 「今日の戦闘で学んだことがあります」とゼロは言った。手帳を見ないで言った。


 「何ですか?」


 「複合回路はあなた固有の能力を必要とすると思っていました」とゼロは言った。「でも今日、大沼さんと汐さんが触れた時にも回路が反応しました。理由はわかりません。あなたの能力が特別なのではなく、修理している手が特別なのかもしれません。あるいは」と言って止まった。


 「あるいは?」


 「沈ませたくないという意志が、特別なのかもしれません」とゼロは言った。「証明できません。計測もできません。ただ、そう見えました」


 堂島はパネルを閉じた。「設計図を各国に渡しました」と言った。「プロスペラで光が出たと言っていました」


 「はい」とゼロは言った。


 「あなたが渡した意味がありました」と堂島は言った。


 ゼロは少し間を置いた。眼鏡を押し上げた。「あなたについて行きます」と言った。「どこへでも」


 「わかりました」と堂島は言った。


 回路室を出た。



 前部に向かった。


 第2区画。大沼が今修理している場所だった。大沼の背中が見えた。左腕を庇いながら右手で工具を動かしていた。野口が5分ごとに来て包帯を確認して去っていた。


 大沼は堂島を見なかった。堂島は大沼の横に来た。工具を出した。大沼が右手で押さえている箇所の隣を点検した。


 「そこは問題ない」と大沼は言った。


 「確認します」と堂島は言った。


 大沼は何も言わなかった。


 2人で並んで作業した。大沼が継ぎ目を押さえた。堂島がボルトを打った。大沼が指で示した場所に打った。5本打った。大沼が手を離した。継ぎ目が動かなかった。


 「12年、この艦にいたと言いましたね」と堂島は言った。


 「言った」と大沼は言った。


 「今日が終わったら聞くことがあると言っていました」と堂島は言った。


 大沼は手を止めた。少し間を置いた。「聞くことがあった」と言った。「今は聞かなくていい」


 「なぜですか?」


 「わかったから」と大沼は言った。「今日の修理でわかった。聞く必要がなくなった」


 「何がわかりましたか?」と堂島は言った。


 大沼は工具を動かした。「お前が何者かがわかった」と言った。「それだけだ」


 堂島は何も言わなかった。


 「余計なことを聞くな」と大沼は言った。煙草の欠片を噛み直した。「手を動かせ」


 「わかりました」と堂島は言った。


 2人で修理を続けた。



 前部主砲の基部に来た。


 山下が作業していた。照準器の交換をしていた。砲身の先端に養生を巻いていた。損傷箇所を保護していた。


 「状態は?」と堂島は言った。


 「照準器は部品が届けば交換できます」と山下は言った。「砲身は港に入れば直せます。今は動きません」


 「今日はやりましたね」と堂島は言った。


 山下は少し間を置いた。「命中しました」と言った。静かに言った。「グランヴェルの主砲塔に命中しました」


 「しました」と堂島は言った。


 「荒木さんに報告したいです」と山下は言った。


 堂島は砲身の基部に手を当てた。金属の冷たさがあった。振動がなかった。今日の戦闘が終わっていた。「報告できる時が来たら報告してください」と堂島は言った。


 「わかりました」と山下は言った。また作業に戻った。


 砲身から手を離した。


 第1区画に向かった。艦首に近い場所だった。汐がかつて配管の中に入った場所だった。バイパスを繋いだ場所だった。点検口を開けた。中を確認した。配管が通っていた。汐が繋いだバイパスがそのまま生きていた。問題なかった。点検口を閉じた。


 艦首の端まで来た。


 甲板に出た。夕方の光が残っていた。珊瑚礁の光が海面の下から来ていた。


 蒼嵐が浮いていた。



 鋼花がいた。


 舷側に立っていた。服がまだ灰色だった。でも昨日より白さが戻っていた。輪郭が揺れていなかった。安定していた。髪がまだ濡れていたが、量が減っていた。


 「終わった?」と鋼花は言った。


 「まだ続きます」と堂島は言った。「本修理が終わっていない箇所が7つあります。港に入れば全部直せます」


 「7つ」と鋼花は言った。


 「数えました」


 鋼花は海を見た。南の方を見た。珊瑚礁の光が揺れていた。少し間が経った。


 「この海が好き」と鋼花は言った。「嫌いだと思っていた。ここで何度も撃たれたから。でも今日、初めて好きだと思えた」


 「なぜですか?」と堂島は言った。


 「みんながここで押さえてくれたから」と鋼花は言った。「大沼さんも。汐さんも。三島さんも。ここで押さえてくれた」


 「そうです」


 鋼花は少し間を置いた。「沈みたくなかった」と言った。


 堂島は鋼花を見た。


 「初めてそう思った」と鋼花は言った。「前は諦めていた。どうせ沈む。どうせ捨てられる。でも今日、沈みたくなかった。沈まなかった。初めてそう思えた」


 「それでいい」と堂島は言った。


 鋼花は堂島を見た。何か言おうとした。やめた。また海を見た。


 2人で海を見た。


 珊瑚礁の光が揺れていた。蒼嵐が浮いていた。どこへ向かうかはまだ決めていなかった。

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