第38話 蒼嵐、という艦がいる
封筒は薄かった。
便箋が1枚入っていた。川端稲穂はラテリア連邦の港の宿で、朝の光の中でそれを開いた。橘一郎の字だった。几帳面な字だった。
「よくやった」
それだけだった。
川端は便箋を折って封筒に戻した。窓の外を見た。港が見えた。修理中の船が2隻あった。どちらも漁船だった。今日の午前中に手を入れる予定の船だった。
封筒を机の引き出しに入れた。
上着を着て港に向かった。
昼過ぎ、川端が2隻目の船底の継ぎ目を点検していた時、港の外に艦影が見えた。
軽魔導巡艦だった。古い艦だった。艦齢は見た目でわかった。艦首の形が古かった。
川端は継ぎ目から目を離した。艦影を見た。
蒼嵐だった。
距離があった。艦名は読めなかった。それでもわかった。
艦影が東へ向かって動いていた。止まらなかった。港に入ってこなかった。
川端は艦影が見えなくなるまで見ていた。
それから継ぎ目に戻った。
応急工作班の詰所は変わっていなかった。
狭かった。工具が壁に並んでいた。金属の匂いがした。
大沼が腕を組んで壁にもたれていた。左腕に薄い傷跡があった。煙草の欠片を噛んでいた。
汐が隣にいた。同じように腕を組んでいた。煙草は噛んでいなかった。
詰所の奥に新しい顔が2つあった。若かった。汐より若かった。
「継ぎ目の触り方が違います」と汐は言った。若い2人に言った。「力を入れるのではありません。聞くんです。艦が何を言っているか」
若い1人が継ぎ目に手を当て直した。
「そうです」と汐は言った。「その感じです」
大沼は何も言わなかった。煙草の欠片を噛んでいた。
ゼロは自由都市連合の工廠で設計図を広げていた。
向かいに3人の技術者がいた。テルファンから来ていた。プロスペラの艦に積んだ複合回路が動いたという話を聞いて来ていた。
「マナ感知の能力がなくても動いたのはなぜですか?」と技術者の一人が言った。
ゼロは少し間を置いた。「わかりません」と言った。「計測できていません。ただ、動いたのは事実です。だから渡しました」
「理屈がわからないものを渡すのですか?」
「動くものを渡しました」とゼロは言った。「理屈は後からついてきます。どちらでもいいです」
技術者たちが設計図を見た。ゼロが補足を書き込んだ。
窓の外に港が見えた。蒼嵐は今朝出港した。どこへ向かったかは聞かなかった。聞く必要がなかった。
手帳を開いた。次の寄港地の候補を書いた。3箇所あった。どこにも蒼嵐がいる理由があった。
夜明け前、堂島は前部甲板にいた。
東の水平線が白み始めていた。珊瑚礁の光がまだ残っていた。昼間より暗く、夜より明るい時間だった。
艦橋から柴田の声が来た。「針路の確認です。このまま東で問題ありませんか?」
「問題ありません」と堂島は言った。「このまま東です」
「了解です」
鋼花が来た。
舷側に立った。服が白かった。完全ではなかった。よく見れば灰色の名残があった。でも遠目には白かった。髪が乾いていた。
「東?」と鋼花は言った。
「今日は東です」と堂島は言った。
「明日は?」
「まだ決めていません」
鋼花は東の水平線を見た。光が来ていた。「遠くまで来た」と言った。
「そうですね」
「最初は」と鋼花は言った。「あなたが来た時は、どうせ次の誰かだと思っていた。いつか出ていく誰かだと」
「知っています」と堂島は言った。
「まだいる」と鋼花は言った。
「います」と堂島は言った。
鋼花は水平線を見た。堂島も水平線を見た。
光が来た。
一日が始まった。蒼嵐が東へ向かっていた。




