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第34話 それがダメコンです

 グランヴェルが動き始めたのは昼過ぎだった。


 北縁で止まっていた旗艦が向きを変えた。随伴の第二級魔導戦艦2隻がその両脇に並んだ。それだけで水平線の厚みが変わった。


 「来ます」と柴田は言った。


 「わかりました」と堂島は言った。


 午前中の軽巡との接触で左舷に2箇所、浸水が出ていた。汐の班が押さえていた。大沼が第6区画の本修理を続けていた。14分ルールのために蒼嵐は14分ごとに動きを変えながら、ラテリアとプロスペラの2隻と連携して軽巡を引き回していた。消耗戦だった。狙いはそこにあった。グラントが出てくるまでの時間を稼ぐことではなく、グラントが出てくるまでの間に修理を積み上げることだった。


 「グランヴェル、距離16,000メートル。速力13ノット」


 「ラテリアとプロスペラに伝えてください」と堂島は言った。「グラントが来ます。各艦は珊瑚礁の際に下がってください。蒼嵐が前に出ます」


 ゼロが通信機に向かった。


 堂島は艦橋を出た。甲板を歩いた。前部主砲の砲身を手で触れた。冷えていた。2時間前に撃ったのに冷えていた。海の風のせいだった。砲の基部を叩いた。音が鈍かった。問題なかった。


 砲身の横に山下がいた。照準器の調整をしていた。気づいて顔を上げた。「基部の増し締めをしていました」と言った。「大沼さんから、この砲は振動で左の固定が緩むと聞いていたので」


 「問題ありませんか?」と堂島は言った。


 「今は問題ありません」と山下は言った。「撃った後の確認が荒木さんの習慣でした。同じようにやっています」


 「続けてください」


 山下はうなずいて照準器に戻った。


 前部甲板の端まで来た。北を見た。グランヴェルが来ていた。遠かった。まだ遠かった。


 「堂島さん」と後ろから声がした。


 汐だった。甲板に上がってきていた。防水具を着たままだった。顔に油の跡があった。


 「何ですか?」と堂島は言った。


 「第4区画の本修理が終わりました」と汐は言った。「継ぎ目に鉄板を当てて溶接しました。次の命中弾では開きません」


 「大沼さんに確認してもらいましたか?」


 「してもらいました。合格と言われました」


 「わかりました」と堂島は言った。


 汐は少し間を置いた。「次が来ます」と言った。


 「来ます」


 「第4区画は持ちます」と汐は言った。「でも第1区画の継ぎ目が心配です。午前中の被弾の振動で歪んでいる可能性があります。触れてみないとわかりません」


 堂島は汐を見た。「今から触れてきてください」


 「今ですか?」


 「グランヴェルが射程に入るまで15分あります。触れて確認して戻ってきてください。15分で往復できます」


 汐はうなずいた。艦底へ降りた。


 堂島は甲板に残った。北の水平線を見た。グランヴェルの艦影が大きくなっていた。わずかに大きくなっていた。まだわずかだった。


 鋼花が舷側に来た。袖口の黒ずみが、午前中より濃くなっていた。裾まで広がっていた。


 「来た」と鋼花は言った。


 「来ました」


 鋼花は北を見た。何も言わなかった。髪が風に揺れた。濡れたように見えた。


 「痛いですか?」と堂島は言った。


 「まだ我慢できる」と鋼花は言った。「でも、あれが撃ったら変わる」


 「わかっています」


 「修理が追いつかなくなるかもしれない」と鋼花は言った。


 「追いつかせます」と堂島は言った。


 鋼花は堂島を見た。疑問の顔ではなかった。確かめる顔だった。少し間を置いた。「……わかった」と言った。甲板から離れた。



 グランヴェルの最初の斉射は距離11,500メートルで来た。


 4発だった。海面に水柱が4本上がった。全部外れた。最大射程付近だった。Mk.IIIは命中率が落ちる距離だった。


 「針路を東に変えます。速力を上げます。12ノット」と堂島は言った。「グランヴェルの前を横切ります」


 「横切ります?」と柴田は言った。


 「距離を保ちます。9,000メートルより近づかせません。こちらの有効射程にも入れません。外から見ます」


 「了解です」


 蒼嵐が東へ向かった。グランヴェルが向きを変えた。第2斉射が来た。今度は3発が近かった。右舷前方と後方と左舷。三方から来た。三方から来て、1発が左舷後部に当たった。


 衝撃が足から来た。艦橋の床が揺れた。


 「左舷後部、第7区画」と柴田は言った。声が変わっていなかった。


 「大沼さん」と堂島は通信機に向かった。


 「聞こえてる」と大沼の声がした。「向かっている」


 「第7区画です」


 「わかってる。音でわかる」


 大沼の通信が切れた。


 「汐さん、艦底にいますか?」


 「います」と汐の声がした。「第7区画に向かいます」


 「大沼さんがいきます。補助に入ってください」


 「わかりました」


 山下から通信が来た。「前部主砲、準備できています。距離が遠すぎます。9,000メートルまで待ちます」


 「待ってください」と堂島は言った。


 グランヴェルが第3斉射を撃った。


 右舷に2発当たった。連続だった。1秒も空かなかった。2発目が来た時にまだ1発目の衝撃が床に残っていた。


 「右舷第3区画と第5区画」と柴田は言った。今度は声がわずかに変わった。2箇所同時だった。


 「汐さん」と堂島は言った。


 「聞こえています」と汐の声がした。落ち着いていた。「第3区画を押さえます。古川を第5区画に送ります。大沼さんには第7区画をお願いします」


 堂島は何も言わなかった。


 「いいですか?」と汐は言った。


 「お願いします」と堂島は言った。


 通信が切れた。


 ゼロが艦橋に来た。「複合回路の出力が上がっています」と言った。「被弾のたびに上がっています。珊瑚礁のマナが反応しています」


 「今は気にしないでおきます」と堂島は言った。「柴田さん、グランヴェルの距離は?」


 「10,200メートル。こちらの速力と向きでは縮まっています。あと4分で9,000メートルに入ります」


 「針路を北に変えます。距離を開きます」


 「北、入れます」


 グランヴェルが第4斉射を撃った。


 今度は外れた。全部外れた。こちらが向きを変えたためだった。


 「汐さん、状態を報告してください」


 「第3区画、浸水を押さえています」と汐の声がした。「古川から報告が来ました。第5区画は浸水なし。外板の凹みだけです。次の命中弾が怖い場所です」


 「今から本修理できますか?」


 「できません。人が足りません」と汐は言った。「第3区画を先にやります。終わったら第5区画に回ります」


 「判断はあなたに任せます」と堂島は言った。


 「わかりました」


 通信が切れた。艦橋に甲板の振動だけが残った。機関が動いていた。


 「大沼さん」


 「第7区画、外板に穴が開いた」と大沼の声がした。「流入量が多い。防水板を当てている。あと5分かかる」


 「速力を落とせますか?」と堂島は言った。


 「落とすな。水圧が変わる。余計に入ってくる」


 「わかりました。速力はこのままです。柴田さん、12ノットを維持してください」


 「了解です」


 グランヴェルが第5斉射を撃った。


 前部に2発当たった。


 1発目が前部甲板の縁を抉った。2発目が前部主砲の基部に当たった。砲身は無事だった。基部の装甲が凹んだ。回路が通じているかどうかわからなかった。


 「山下さん」と堂島は言った。


 応答がなかった。


 「山下さん」


 「聞こえています」と山下の声が来た。少し遅かった。「基部に被弾しました。砲身は動きます。回路を確認しています。少し待ってください」


 「ゼロさん」と堂島は言った。


 「前部主砲の回路に向かいます」とゼロは言った。艦橋を出た。


 「柴田さん、方位を維持してください。速力を10ノットに落とします」


 「10ノット、入れます」


 グランヴェルが距離を詰めてきた。第6斉射が来た。右舷と左舷に同時に当たった。3発だった。艦全体が揺れた。計器が一瞬落ちた。すぐ戻った。


 艦橋の壁に亀裂が入った。細い亀裂だった。浸水ではなかった。ただの亀裂だった。


 「大沼さん」


 「第7区画、止まった」と大沼の声がした。「今から第3区画に向かう。汐は?」


 「第3区画にいます」と堂島は言った。


 「わかった」


 「ゼロさん」と堂島は言った。


 「前部主砲の回路、確認しています」とゼロの声がした。「バイパスが1本切れています。繋ぎ直せば動きます。3分ください」


 「わかりました」


 「山下さん」と堂島は言った。


 「聞いています」と山下は言った。「ゼロさんが繋いだら撃てます」


 「距離が入り次第撃ってください。9,000メートルを切ったら判断はあなたに任せます」


 「了解です」


 堂島は艦橋の窓からグランヴェルを見た。大きくなっていた。旗が見えた。距離が縮まっていた。


 通信機が鳴った。汐だった。


 「堂島さん」と汐は言った。


 「何ですか?」


 「第3区画を止めました」と汐は言った。「大沼さんが来ています。確認してもらっています」


 「わかりました」


 「第5区画に移ります」と汐は言った。「外板の凹みが気になります。次の被弾で開くかもしれません。先手を打ちます」


 堂島は何も言わなかった。


 「いいですか?」と汐は言った。


 「やってください」と堂島は言った。


 「わかりました」


 通信が切れた。


 先手を打つ、と汐は言った。命中していない箇所に先回りして補強する。追跡中に堂島が指示した通りのことを、今度は汐が自分で判断して言った。


 「ゼロさん」と堂島は言った。


 「あと1分です」とゼロの声がした。


 「急かしていません。確認だけです」


 「わかっています」とゼロは言った。


 グランヴェルの第7斉射が来た。


 前部に1発。左舷中央に2発。


 左舷中央の2発がほぼ同時だった。第3区画と第4区画の境界付近。大沼と汐がいる場所の近くだった。


 「大沼さん」と堂島は言った。


 応答がなかった。


 「大沼さん」


 「聞こえてる」と声が来た。少し遅かった。「衝撃で飛ばされた。壁に当たった。問題ない」


 「怪我は?」


 「後で確認する。今は動ける。動ける間は問題ない」と大沼は言った。「第3区画の修理が外れた。やり直す」


 「汐さん」


 「います」と汐の声がした。「第5区画の補強を終わらせます。それから大沼さんの補助に戻ります」


 「第3区画を優先してください」と堂島は言った。


 「第5区画が1分で終わります」と汐は言った。「1分で終わらせてから戻ります。1分だけください」


 堂島は何も言わなかった。


 「1分だけください」と汐は繰り返した。


 「わかりました」と堂島は言った。



 「回路、繋ぎました」とゼロの声がした。「山下さんに伝えてください」


 「山下さん」


 「距離8,800メートル」と山下の声がした。「撃ちます」


 主砲が鳴った。


 蒼嵐全体が震えた。鋼花が艦橋の入口に現れた。輪郭がわずかに揺れていた。白い服が灰色がかっていた。袖口の黒ずみが肘まで来ていた。


 「痛いですか?」と堂島は言った。


 「痛い」と鋼花は言った。短く言った。「でも、まだ浮いている」


 「浮いています」と堂島は言った。


 山下から通信が来た。「外れました。至近弾です。グランヴェルの右舷20メートル」


 「14分です」と堂島は言った。「14分以内に距離を変えます。柴田さん、西に向けてください。速力を上げます」


 「西、13ノット入れます」


 グランヴェルが第8斉射を撃った。


 外れた。蒼嵐がまた向きを変えたためだった。


 「汐さん」と堂島は言った。


 「第5区画、終わりました」と汐の声がした。「今から第3区画に向かいます。大沼さん、待っていてください」


 「待ってねえ」と大沼の声がした。「お前が来る前にやり直した。確認しに来い」


 「今行きます」


 「急がなくていい。走って転ぶな」と大沼は言った。


 艦橋の通信機がそのやり取りを流した。柴田が航海図を見ながら聞いていた。ゼロが艦橋に戻ってきていた。手帳を開いていた。


 堂島は艦橋の窓からグランヴェルを見た。


 グランヴェルが向きを変えていた。西へ向かう蒼嵐に合わせていた。後ろから追う形になっていた。


 「グラントが見ています」とゼロは言った。


 「見ていますね」と堂島は言った。


 「何を見ていると思いますか?」


 「修理が止まらないことを見ています」と堂島は言った。「撃つたびに修理が来る。それを見ています」


 ゼロは手帳に書いた。


 「汐さん、第3区画の状態を報告してください」


 「大沼さんに確認してもらっています」と汐の声がした。「もう少しかかります」


 「急かしていません。報告だけです」


 「わかりました」と汐は言った。少し間を置いた。「大沼さんが合格と言いました」


 「わかりました」


 「堂島さん」と汐は言った。


 「何ですか?」


 「第5区画、次の被弾が来ても大丈夫です」と汐は言った。「補強しておきました。先手です」


 「わかっています」と堂島は言った。


 「……それがダメコンですか?」と汐は言った。


 堂島は少し間を置いた。「そうです。ダメコンです」と言った。


 通信が切れた。


 グランヴェルの第9斉射が来た。


 蒼嵐がまだ浮いていた。

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