第33話 珊瑚礁の底
最初の命中弾は左舷後部だった。
衝撃が足の裏から来た。艦橋の床が3センチ動いた。計器が揺れた。柴田が体を支えながら距離を読んだ。「9,200メートル。軽巡3隻、有効射程に入りました」
「第6区画の状態を確認してください」と堂島は言った。通信機に向かった。「大沼さん」
「聞こえてる」と大沼の声がした。「左舷第6区画、外板に凹み。浸水なし。今のところ」
「わかりました」
「今のところ、と言った」と大沼は言った。「次が来たら変わるかもしれない」
「次が来る前に動きます」と堂島は言った。
珊瑚礁の第2水路の入口が右前方に見えていた。幅は200メートル足らずだった。グラントの軽巡は入れない。哨戒艦なら入れる。計算済みだった。
「針路を南南西。第2水路に入ります」と堂島は言った。「速力6ノット。速度を落とさないと座礁します」
「6ノット、入れます」と柴田は言った。「水深9メートル。蒼嵐の喫水6.2メートル。余裕は2.8メートルです」
「了解しました」
蒼嵐が向きを変えた。珊瑚礁の際を滑るように水路に入った。両舷100メートル以内に珊瑚礁が迫った。柴田が連続で水深を計測した。「8.8。8.5。8.9。安定しています」
グラントの軽巡が水路の外で止まった。
「入ってきません」と柴田は言った。
「入れないのではなく、入らない判断をしています」と堂島は言った。「グラントなら入りません。入ったら珊瑚礁に囲まれる。包囲できなくなる。だからここでは撃ちません」
「では水路を抜けた先は?」
「待っています」と堂島は言った。「先に回り込んでいます。水路を出た瞬間に挟まれます」
柴田が海図を確認した。黙った。「なるほど」と言った。
「水路の中で修理します。水路を抜ける前に直せる箇所を全部直します。大沼さん」
「聞こえてる」
「第6区画の外板。本修理は無理です。応急で締め直してください。次の命中弾に耐えられる状態に持っていってください」
「やってる」と大沼は言った。「言われる前にやってる」
水路の中は静かだった。砲声が止んでいた。珊瑚礁が両舷に迫っていた。青白い光が水面下から来ていた。
ゼロが計測器を持って艦橋に来た。「複合回路の出力が上がっています」と言った。「水路に入ってから変わりました。珊瑚礁のマナと共鳴しています」
「今は使えますか?」と堂島は言った。
「観測だけです。制御できません」とゼロは言った。「ただ、艦底に手を当てると出力が安定します。あなたが回路室にいなくても、艦底から回路に届いているようです」
堂島は足の裏を感じた。甲板の振動が伝わってきた。珊瑚礁の光が甲板越しに届いているとは思わなかった。思わなかったが、何かが変わっていることは感じた。
「水路の長さは?」と堂島は言った。
「3,200メートルです」と柴田は言った。「6ノットで通過に約17分かかります」
「17分あります」と堂島は言った。通信機に向かった。「汐さん」
「はい」と汐の声がした。
「第6区画の大沼さんの補助に入ってください。左舷外板の締め直しです。工具は何が必要ですか?」
「油圧締め具と予備ボルトです」と汐は言った。「班の古川に取りに行かせます」
「お願いします。水路を抜ける前に終わらせます」
「わかりました。終わらせます」
通信を切った。
鋼花が艦橋の入口にいた。いつからいたかわからなかった。袖口の黒ずみが広がっていた。戦闘前より濃くなっていた。左舷被弾の影響だった。
「痛いですか?」と堂島は言った。
「さっきのは痛かった」と鋼花は言った。「今は、もう少し耐えられる」
「水路を抜けたら次が来ます」
「わかってる」と鋼花は言った。「覚悟はしてる」
「覚悟は必要ありません」と堂島は言った。「来たら直します。直した後のことを考えながら直します」
鋼花は堂島を見た。「あなたはいつもそう言う」
「そう考えています」
「怖くない? と聞いた。昨夜」
「怖いと言いました」と堂島は言った。
「でも動いている」と鋼花は言った。「今も怖い?」
「今も怖いです」
鋼花は少し間を置いた。何かを確かめるように堂島を見た。「……それでいい」と言った。小さな声だった。「私も今、怖い。あなたと同じくらい怖い。でも、沈みたくない」
「沈みません」と堂島は言った。
「なぜ?」
「直した場所が全部生きています」と堂島は言った。「ハーゲンが直した艦底。汐が繋いだバイパス。大沼と直した機関室。ゼロが組んだ回路。全部今も生きています。それが根拠です」
鋼花は艦橋を見回した。計器を見た。柴田を見た。ゼロを見た。また堂島を見た。
「……そう」と言った。
その言葉は、疑問ではなかった。
水路の中間を過ぎた頃、ゼロが珊瑚礁の光を指さした。
「あそこが一番濃い場所です」とゼロは言った。「ハーゲンの計測データと一致します。マナの密度が鉱脈より高い地点です」
堂島は右舷の珊瑚礁を見た。光が白くなっていた。波が来るたびに揺れた。
「グラントはここを制圧したいはずです」と堂島は言った。
「この地点だけではありません」とゼロは言った。「マナリーフ全体です。でもここが一番濃い。ヴァランシアが調査すれば、最初にここに来ます」
「そうですね」と堂島は言った。
ゼロは頷いた。「グラントがこの海域の目的地を知っているかどうかはわかりません。命令として来ている可能性もあります。でも結果として、24隻がここに向かっています」
堂島は珊瑚礁の光を見た。43年前、この艦が初めてこの海域に来た時も、この光はあった。乗組員たちは気にしなかったか、気にしても理由を知らなかった。今は理由を知っている人間が3人この艦にいた。
「水路を抜けます」と柴田が言った。「出口まで800メートルです。右舷前方にヴァランシア軽巡2隻が確認できます。距離4,500メートル」
「やはり回り込んでいましたね」と堂島は言った。「山下さん、前部主砲の準備をしてください。出口を出た瞬間に有効射程内に入ります」
「準備完了しています」と山下は通信機から言った。「出たら撃てます」
「4,000メートルまで待ちます。それ以内で撃ちます」
「了解です」
「ゼロさん、各艦に伝えてください。蒼嵐が水路を出ます。南の軽巡2隻に向かいます。ラテリアは東から牽制してください。プロスペラは西から動かないでください。ストームヴィンドは北の水路外にいる軽巡を抑えてください」
「伝えます」
蒼嵐が水路の出口に近づいた。珊瑚礁の壁が開けていった。視界が広がった。
右前方に軽巡2隻が見えた。距離4,800メートル。砲口が向いていた。
「速力を上げます。10ノット」と堂島は言った。
「10ノット」
エーテル砲の砲声が来た。海面に水柱が2本上がった。近かった。左舷前方10メートルと右舷20メートル。挟叉だった。次は当たる距離だった。
「距離3900」と柴田は言った。
「山下さん、撃ってください」
主砲が鳴った。蒼嵐の全体が震えた。
2秒後、右舷の軽巡の前甲板に水柱が上がった。命中ではなかった。至近弾だった。
「外れました」と山下は言った。悔しさのない声だった。状況の報告だった。
「14分です」と堂島は言った。「14分以内に動きを変えます。大沼さん、次の被弾に備えてください」
「備えてる」と大沼は言った。
左舷に被弾した。第4区画。衝撃が来た。計器が揺れた。
「第4区画、状態を確認してください」
「汐です」と声が来た。「第4区画、右舷継ぎ目から浸水。少量です。今から押さえます」
「わかりました。大沼さんを呼んでください」
「大沼さんは第6区画にいます。呼びます」
「時間は?」と堂島は言った。
「3分あれば止められます」と汐は言った。
「お願いします」
右舷の軽巡が向きを変えた。14分待つつもりはなかった。再装填ではなく回避に入った。
「ラテリアが動きました」とゼロが言った。「テンペスタが東から接近しています。軽巡の注意がそちらに向きます」
「わかりました。距離を詰めます。柴田さん、南に150度変針。右舷の軽巡に向かいます」
「150度、入れます」
蒼嵐が向きを変えた。軽巡との距離が縮まった。3,600メートル。3,200メートル。
軽巡がテンペスタとの距離を測っていた。2方向への対処が必要になっていた。
「3,000メートル」と柴田は言った。
「山下さん、2発目を準備してください」
「準備しています。14分が来ます」と山下は言った。「あと40秒です」
40秒待った。
「撃ってください」
主砲が鳴った。
今度は命中した。
右舷軽巡の艦橋付近に火が上がった。小さかった。致命的ではなかった。しかし軽巡が速力を落とした。
「第1命中弾です」とゼロは言った。
「沈めません」と堂島は言った。「速力を落としてもらえれば十分です。柴田さん、北の水路に戻ります。グラントの旗艦はどこにいますか?」
「グランヴェル、北縁に停止しています。動いていません」
「グラントは見ています」と堂島は言った。「待っています。珊瑚礁の外で」
「なぜ動かないんですか?」と柴田は言った。珍しい問いだった。
「わかりません」と堂島は言った。「ただ、グラントが動かないうちは本決戦ではありません。今日はまだ序盤です」
柴田は何も言わなかった。海図に視線を落とした。
鋼花が入口にいた。袖口の黒ずみが、さっきより少し薄くなっていた。
堂島は気づいたが何も言わなかった。
「汐さん、第4区画の状態を報告してください」
「止まりました」と汐の声が来た。「継ぎ目に板を当てて押さえています。移動できます」
「わかりました。大沼さん」
「聞こえてる」と大沼は言った。「本修理は後だ。今は動ける状態にするだけだ。それはわかってる」
「そうです」と堂島は言った。
「お前が言わなくてもわかってる」と大沼は言った。少し間を置いた。「命中弾が出たな」
「出ました」
「俺たちが修理を続けている間に」と大沼は言った。
「そうです」
大沼は何も言わなかった。通信が続いていた。機関室の音が聞こえた。蒼嵐が動き続けている音だった。
堂島は北を見た。
水平線の向こうにグランヴェルがいた。グラントが待っていた。




