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第31話 最後の戦場へ

 マナリーフ海域に入ったのは出港から2日後だった。


 海の色が変わった。中央内海の青から、緑がかった浅い色へ。珊瑚礁が海面近くまで迫っているためで、海図には「要注意」の印が密集していた。柴田が1時間ごとに水深を計測した。報告のたびに数字が下がった。


 「水深12メートル」と柴田は言った。「珊瑚礁まで左舷300メートル。速力を8ノットに落とします」


 「わかりました」と堂島は言った。


 艦橋の窓から海面を見た。波が穏やかだった。北で天嶺と2日間撃ち合っていたのと同じ海とは思えなかった。珊瑚礁が透けて見えた。青白く光っていた。


 「あれはマナです」とゼロが言った。艦橋の隅から海面を見ていた。「珊瑚礁に蓄積したマナが光っています。エーテル照準装置は乱れます。磁気計器も誤差が出ます」


 「前に入った時と同じですか?」と堂島は言った。


 「濃さが違います」とゼロは言った。「2年前より強い。何かが変わっています」


 鋼花が艦橋の入口に現れた。


 「感じますか?」と堂島は言った。


 「暖かい」と鋼花は言った。「海の底から来ている。前に来た時より強い」


 「2年前ですか?」


 「もっと前」と鋼花は言った。「私が若かった頃。まだ名前を呼ばれていなかった頃」


 堂島は海面を見た。珊瑚礁の光が揺れていた。



 2日目の夜、ゼロが艦橋に書類を持ってきた。


 「報告があります。3点です」


 「聞かせてください」


 「1点目。ヴァランシア共和国がマナリーフ海域への作戦を発動しました。グラント少将が総指揮です。艦隊規模は第一級魔導戦艦1、第二級魔導戦艦2、重魔導巡艦3、軽魔導巡艦6、哨戒艦12。合計24隻です」


 柴田が航海図から顔を上げた。


 「2点目。ラテリア連邦が非公式に接触してきました。テンペスタとアルジェントの2隻を出します。『観測任務』という名目です」


 「観測任務」と堂島は言った。


 「3点目。自由都市連合からプロスペラとリベルタスが来ます。北方同盟からはストームヴィンドが来ます。それぞれ独自判断です。蒼嵐の旗の下に入るという意味ではない。ただ、同じ海域に来る」


 「何隻になりますか?」と柴田は言った。


 「蒼嵐を含めて6隻です」とゼロは言った。「グラントの24隻に対して」


 艦橋が静かになった。


 「なぜ来るんですか?」と堂島は言った。


 ゼロは少し間を置いた。「エーテライトが枯渇します」と言った。「30年で尽きる。ヴァランシアがマナリーフを制圧すれば、次のエネルギー覇権はヴァランシアが握ります。小国には選択肢がなくなる。それがわかっている艦長たちが自分で動いています」


 「複合回路の設計図を渡せますか?」と堂島は言った。


 ゼロが堂島を見た。


 「使えるかどうかは相手が判断します」と堂島は言った。「渡さない理由はありません」


 「設計図だけでは稼働しません」とゼロは言った。「マナ感知能力が必要です。それはあなた固有のものです」


 「わかっています。それでも」


 ゼロは眼鏡を押し上げた。少し間を置いた。「わかりました」と言った。


 「グラントの艦隊はいつ来ますか?」と堂島は柴田に言った。


 「現在の針路と速力であれば、4日後にマナリーフ北縁に到達します」


 「4日あります」と堂島は言った。「修理が足りていない箇所を全部直します。柴田さん、集合地点の海図を整備してください。珊瑚礁の配置と水深を全部入れます」


 「海図が不完全です」と柴田は言った。


 「直接計測します。4日で全部入れます」



 翌朝から水深計測が始まった。


 堂島が艦底から海底の地形を手で感じながら柴田に数字を報告した。柴田が海図に書き込んだ。1海里ごとに針路を変えて計測した。


 大沼は修理を続けた。第1区画の換装した外板の増し締め。第5区画の継ぎ目の本補修。機関室左舷の仮修理箇所の本修理。堂島が計測から戻るたびに進捗を告げた。「第5区画終わった。機関室は明日だ」。それだけだった。


 汐の班が艦底の計測に同行した。汐が手を当てて珊瑚礁との距離感を覚え始めた。「底が光っています」と汐は言った。「触れると伝わります」


 「覚えてください。夜間の計測に使います」


 汐はうなずいた。


 2日目の夜、ラテリアのテンペスタが合流した。艦長がボートで来た。握手をした。「ヴァランシアが来れば、マナリーフは終わりです」と艦長は言った。「終わりにさせません」と堂島は言った。


 3日目の朝、プロスペラとリベルタスが来た。ストームヴィンドが来た。5隻が珊瑚礁を挟んで集まった。


 ゼロが各艦に複合回路の設計図を届けた。小舟で回った。1艦ごとに降りて手渡した。


 夕方に戻ってきた。「全艦に渡しました」とゼロは言った。「3艦のエーテル術師が『試せる』と言いました。2艦は『わからない』と言いました」


 「わかりました」と堂島は言った。


 「1艦の艦長が聞いてきました。なぜ設計図を渡すのか、と」


 「何と答えましたか?」


 「答えませんでした」とゼロは言った。「あなたに聞こうと思って」


 堂島は海図を見た。珊瑚礁の配置が4日分で入っていた。グラントの艦隊が来る経路が3本あった。3本とも珊瑚礁の間を通る必要があった。


 「この海域のことを誰かが知ったら、次の戦争の目的地になると言いましたね」と堂島は言った。


 「2年前にそう言いました」とゼロは言った。


 「もうなっています」と堂島は言った。「だから渡しました。蒼嵐だけで止められるものではない」


 ゼロは海図を見た。「エーテライトが枯渇すれば、複合回路の技術が必要になります。それを今渡した。戦いが終わった後の話です」


 「そうです」と堂島は言った。


 「あなたは戦いが終わった後のことを考えていますね」とゼロは言った。


 堂島は海図を見続けた。「修理と同じです」と言った。「直した後のことを考えながら直します。次に撃たれた時のことを考えながら、今の箇所を直します」


 ゼロは少し間を置いた。手帳に何かを書いた。



 4日目の夜、グラントの艦隊が北縁に現れた。


 柴田が計器を確認した。「24隻、確認しました。先頭はグランヴェルです。グラント少将の旗艦です」


 「距離は?」


 「現在28,000メートルです。明朝には射程圏に入ります」


 堂島は艦橋の窓から北を見た。水平線に灯りが並んでいた。24個の灯りだった。


 「無線が入っています」と柴田は言った。「グラント少将からです」


 堂島は通信機を取った。


 「蒼嵐」とグラントの声がした。「北方辺境以来だ。2年になるか」


 「そうなります」と堂島は言った。


 「あの時から見ていた」とグラントは言った。「あの時から、この艦は沈まないとわかっていた。理解できなかった。今も完全には理解できていない」


 「何が理解できませんでしたか?」


 「なぜ沈まないのかではない」とグラントは言った。「なぜあなたがそこにいるのかが理解できない。あなたには帰る場所がある。この艦でなくてもいいはずだ」


 堂島は少し間を置いた。「修理が終わっていません」と言った。


 沈黙があった。


 「……そうか」とグラントは言った。「明朝、作戦を開始する。あなたの判断を尊重する。ただし手は抜かない」


 「そうですか」と堂島は言った。


 通信が切れた。


 柴田が航海図を見ていた。ゼロが手帳に数字を書いていた。


 「堂島さん」と柴田は言った。「針路の確認です」


 「このまま南南西です。グラントが来る。珊瑚礁がある。蒼嵐が浮いている。それだけです」


 柴田はうなずいた。航海図に視線を戻した。


 鋼花が入口に現れた。袖口が少し黒ずんでいた。まだ戦闘前だった。


 「来た?」と鋼花は言った。


 「明朝です」と堂島は言った。


 鋼花は北の水平線を見た。24個の灯りが見えていた。「多い」と言った。


 「多いです」と堂島は言った。


 鋼花は少し間を置いた。「でも」と言った。「ここは私の海。43年分の私の海」


 堂島は北の灯りを見た。「わかっています」と言った。


 鋼花は入口から離れた。通路に消えた。


 南の珊瑚礁が光っていた。北の水平線に24個の灯りがあった。蒼嵐がその間に浮いていた。


 堂島は海図に視線を落とした。艦橋を出た。艦底に向かった。手で確認することがまだあった。

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