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第30話 どこにも属さない艦

 ラテリア連邦領海に入った翌日、堂島は全区画を歩いた。


 戦闘中は走りながら確認するしかなかった。今は時間があった。1箇所ずつ手で触れた。仮修理の箇所を全て書き出した。


 右舷第1区画:仮修理3箇所。外板の変形あり。本修理が先。

 右舷第3区画:防水布が2枚。継ぎ目に微細な滲み残存。

 左舷第4区画:パッチ材5枚。金具の増し締めが必要。

 艦底外板:亀裂にパッチ材1枚。隣接する継ぎ目に動き。


 書き終えた紙を見た。多かった。


 大沼が廊下に出てきた。「どのくらいある?」と言った。


 堂島は紙を渡した。大沼は黙って読んだ。「多い」と言った。


 「多いです」と堂島は言った。


 「順番は?」


 「右舷第1区画から始めます。艦底は並行してやります。汐の班に第3区画と第4区画を任せます」


 「わかった」と大沼は言った。紙を持ったまま詰所に戻った。



 工廠との交渉はゼロがやった。


 その前に、もう1つ交渉があった。


 ラテリア連邦の港湾管理官が朝一番で蒼嵐に来た。書類を持っていた。「名誉旗艦の称号は以前から付与しています」と管理官は言った。「今回はそれとは別に、中立艦としての仮登録を提案します。いかなる国の命令にも拘束されない艦として、ラテリア連邦が一時的に保護します。書類上の処理です」


 ゼロが書類を受け取った。堂島に見せた。


 「署名は?」と堂島は言った。


 「艦長の署名が必要です」とゼロは言った。少し間を置いた。「艦長が不在の場合、事実上の指揮者が署名できます」


 堂島は書類を見た。蒼嵐という艦名があった。瑞穂皇国の軍籍番号があった。その下に中立艦仮登録の欄があった。


 署名した。


 管理官は書類を受け取って去った。ゼロは眼鏡を押し上げた。「これで天嶺が領海に入ってきても、外交問題になります」と言った。「村雨中将は動けません」


 「わかりました」と堂島は言った。


 ポルト・フォルティスは3回目だった。工廠長はゼロの顔を見た瞬間に「また来た」と言った。「また来ました」とゼロは言った。資材の手配は1時間で終わった。


 修理が始まった。


 大沼と堂島が右舷第1区画に入った。外板の変形箇所を確認した。砲撃の直撃を受けた跡だった。内側に3センチほど押し込まれていた。


 「換えるか?」と大沼は言った。


 「補強で対応できます」と堂島は言った。「外板を換えると工期が2日伸びます」


 大沼は変形箇所を手で触れた。「これが広がったらどうなる?」


 「第1区画と第2区画の境の継ぎ目が開きます。次の砲撃で直撃が来れば、その前に開く可能性があります」


 「換えよう」と大沼は言った。「2日かかっても換えた方がいい」


 堂島は外板から手を離した。


 「次に撃たれた時のことを考えろ」と大沼は言った。「今できる本修理はやっておけ」


 工廠に外板の発注を追加した。



 2日目の夕方、ゼロが複合回路室から出てきた。


 手帳を持っていた。いつもより厚かった。


 「時間はありますか?」とゼロは言った。


 「第4区画の増し締めが終わりました。次まで30分あります」


 複合回路室に入った。ゼロが手帳を開いた。


 「追跡戦の2日間で確認したことを報告します」とゼロは言った。「回路が艦体全体に広がっています。あなたが艦体のどこに触れても反応します。テルファンでは回路室の近くだけでした」


 「それだけ変わりましたか?」


 「もう1つあります」とゼロは言った。「第3区画と第5区画で、パッチ材の性能だけでは説明できない浸水抑制が確認されました。マナが内側から継ぎ目を押さえている可能性があります。証明できていません。ただ、数字がそう言っています」


 「大沼さんが外側を押さえて、マナが内側を押さえている」と堂島は言った。


 ゼロは手帳を閉じた。「この艦には43年分の記憶を持つ何かがある」と言った。「あなたのマナを受け入れている何かが。そう考えれば数字が説明できます」


 複合回路室を出た。廊下に出ると鋼花が通路の端にいた。


 「聞いていましたか?」と堂島は言った。


 「聞いていた」と鋼花は言った。「覚えている。あなたが触れるたびに、覚えていく」


 「何を覚えているんですか?」


 鋼花は少し間を置いた。「あなたの手の重さ」と言った。「どこを触れたか。どのくらい力をかけたか。それが全部」


 堂島は廊下の壁に手を当てた。冷たかった。それだけだった。


 「重いですか?」と堂島は言った。


 「重くない」と鋼花は言った。「ちょうどいい」



 3日目、ラテリア連邦から通達が届いた。


 ゼロが書類を持ってきた。「中立旗艦として仮登録が認められました」と言った。「ラテリア連邦の庇護下ではなく、連邦が承認した独立した地位です。どこの国の艦でもない、という扱いです」


 堂島は書類を見た。


 「中立旗艦」という言葉があった。蒼嵐の艦名があった。瑞穂皇国の軍籍欄は空白だった。空白のままで書類が成立していた。


 柴田が艦橋から降りてきた。「針路の確認をしたいのですが」と言った。「中立旗艦として登録された場合、針路の決定は誰がやりますか?」


 「私が決めます」と堂島は言った。


 柴田は堂島を見た。「了解しました」と言った。



 夕方、全員を後甲板に集めた。


 276名が並んだ。川端がいた時と同じ場所だった。川端がいなかった。


 堂島は全員の前に立った。川端のようには立てなかった。ただ前に立った。


 「報告します」と堂島は言った。「修理の状況です。右舷第1区画の外板換装が明日完了します。第3区画と第4区画は本日中に本修理が終わります。艦底は明後日の完了を見込んでいます」


 乗組員が聞いていた。


 「ラテリア連邦から中立旗艦の仮登録が認められました」と堂島は言った。「瑞穂皇国の軍籍は保留状態です。解体命令も保留状態です。この艦は今、どこにも属していません」


 誰かが動いた。声ではなかった。


 「どこへ向かうかは、修理が終わってから決めます。以上です」と堂島は言った。「持ち場に戻ってください」


 乗組員が動いた。散っていった。声はなかった。


 大沼が最後に残った。「中立旗艦というのは何だ?」と言った。


 「どこの国にも属さないということです」と堂島は言った。


 大沼は少し間を置いた。「ずっとそうだったんじゃないか、この艦は」と言った。


 堂島は大沼を見た。


 大沼は詰所に向かった。



 夜、鋼花が詰所の入口に現れた。


 袖口の黒ずみは薄くなっていた。追跡戦の傷が少し癒えていた。


 堂島は修理記録を書いていた。終わった箇所に線を引いた。まだ残っている箇所の方が多かった。


 「どこにも属さない艦になった」と鋼花は言った。


 「ずっとそうだったかもしれません」と堂島は言った。「辺境に放置されて、廃艦命令が来て、解体命令が来て。瑞穂皇国の軍籍はあったが、皇国にとって蒼嵐はいない艦だった」


 鋼花は入口に立ったままだった。「それでも修理した?」


 「しました」と堂島は言った。


 「なぜ?」


 堂島は紙を見た。修理記録が並んでいた。テルファンで直した箇所。マナリーフで直した箇所。北方辺境で直した箇所。追跡戦で直した箇所。直した場所の一覧だった。


 「沈まなかったからです」と堂島は言った。「沈まない限り、修理できます」


 鋼花は入口に立っていた。しばらく何も言わなかった。「技術顧問だ」と言った。「あなたは」


 「そうです」と堂島は言った。


 「どこにも属さない艦になった」と鋼花は言った。


 堂島は鋼花を見た。


 「瑞穂の軍籍はある。ラテリアの名誉旗艦でもある。解体命令も生きている。それでも今ここにいる」と鋼花は言った。「どれにも入らない」


 「ずっとそうだったかもしれません」と堂島は言った。


 鋼花は少し間を置いた。「あなたも」と言った。「瑞穂の技術顧問。でも川端がいない時も走っていた。誰の指揮下でもなく走っていた。技術顧問はそういう動き方をしない」


 「そうですか」と堂島は言った。


 「この艦の人間」と鋼花は言った。「43年分の人間と同じ」


 堂島は修理記録を見た。紙に視線を戻した。続きを書いた。


 鋼花は入口を離れた。通路を歩いていった。足音が遠ざかって、消えた。


 堂島は修理記録の続きを書いた。終わっていない箇所がまだあった。

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