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第29話 回路が動いている

 朝になった。


 天嶺が距離を詰めてきた。


 「6,500メートルです」と柴田が言った。「有効射程内での接近が続いています」


 蒼嵐のMk.IIの有効射程は5,000メートルだった。天嶺はその外から撃ち続けていた。こちらの砲は届かなかった。


 「速力は?」と堂島は言った。


 「最大の20ノットです。天嶺は22ノット。縮まります」


 「ラテリア連邦領海の入口まで?」


 「このままで4時間です」と柴田は言った。少し間を置いた。「蒼嵐のMk.IIが届く距離まで詰められたら、反撃できます」


 「撃ちません」と堂島は言った。


 柴田が顔を上げた。


 「撃てばこちらも14分間修理ができなくなります。逃げながら修理する方を選びます」


 柴田は何も言わなかった。航海図に視線を戻した。


 艦橋を出た。



 1発目が右舷第2区画に命中した。外板に破孔が開いた。


 堂島と大沼が入った。破孔の形状を確認した。直径20センチだった。


 「2枚重ねます。大沼さんが上、私が下」


 当てた。金具を締めた。保った。


 廊下に出た瞬間、2発目が来た。左舷第4区画への近弾だった。衝撃波で継ぎ目が動いた。


 「第4区画、継ぎ目2箇所に動きがあります」と汐の声が艦内電話から入った。「防水布で押さえています」


 「金具を」と堂島は言った。


 「締めています。1箇所目、保ちました」


 3発目が来た。右舷第1区画への直撃だった。テルファンで本修理した箇所の隣だった。


 堂島は第1区画に走った。大沼が「第2区画の金具が1本緩んでいる。俺がやる」と言った。


 第1区画に着いた。破孔が2箇所あった。汐がすでに小さい方に手を当てていた。


 「いつのまに?」と堂島は言った。


 「堂島さんより先に来ました」と汐は言った。防水布を当てながら言った。顔を上げなかった。


 堂島は大きい方にパッチ材を当てた。金具を渡した。汐が締めた。


 2箇所の浸水が止まった。



 ゼロから艦内電話が入ったのは、5発目の後だった。


 「複合回路の状態です」とゼロは言った。「今どこにいます?」


 「第3区画の廊下です」


 「回路室から20メートル以上あります。それでも回路が動いています。砲撃が来るたびに光が強くなっています」


 「以前から手を離しても弱い光が——」


 「今日は違います」とゼロは言った。「あなたが遠くにいるのに、砲撃の衝撃を感じるたびに回路が反応しています。確認してほしいことがあります。艦体に触れてみてください。どこでも構いません」


 堂島は廊下の壁に手を当てた。


 「壁でも構いませんか?」


 「構いません。艦体ならどこでも」


 触れた。冷たかった。それだけだった。特に何も変わらなかった。


 「光が上がりました」とゼロは言った。「2割程度。あなたが触れた瞬間に上がりました」


 堂島は壁から手を離した。


 「艦底に向かいます」と堂島は言った。「T艦がまた近づいています」


 「わかりました。計測を続けます」



 艦底は暗かった。


 T艦の振動が来ていた。周期的だった。前回より近かった。


 「柴田さん、針路を10度右に」


 蒼嵐が右に向いた。振動の方向が真後方に移った。距離が少し開いた。


 6発目が来た。天嶺の砲撃だった。右舷中央部への直撃だった。


 艦底にいた堂島に衝撃が来た。鋼板が振動した。体が浮いた。梯子の手すりを掴んだ。


 「右舷第3区画、浸水確認」と汐の声が入った。「毎分150リットルです」


 「防水扉を閉めてください。パッチ材を2枚。大沼さんが向かっています」


 「もう来ています」と汐は言った。


 堂島は艦底の鋼板を両手で押さえた。T艦の振動が両手に伝わった。真後方。150メートル程度。


 「今です。真後方、間隔60メートルで2発」


 爆雷が投下された。


 2回の爆発音が艦底から伝わった。T艦の振動が消えた。前回は遠ざかりながら残っていた。今回は消えた。


 「T艦、大きく後退しています」とゼロが言った。「損傷した可能性があります」


 堂島は鋼板に手を当てたままだった。振動がなかった。海の底の静けさだった。


 「ゼロさん」と堂島は言った。「回路は?」


 「爆雷投下の直前、光が一段階上がりました」とゼロは言った。「あなたが艦底に手を当てていた時です。回路室から20メートル以上離れているのに」


 「艦体のどこに触れても同じですか?」


 「今日確認した限りでは、そうです」とゼロは言った。それだけ言って、少し止まった。「艦全体が回路の経路になっています。テルファンで搭載した時には想定していなかった」


 堂島は鋼板から手を離した。梯子を上がった。



 7発目から砲撃が続いた。


 左舷第5区画への近弾で継ぎ目が3箇所動いた。汐の班が動いていた。堂島が廊下に出た時にはすでに2箇所押さえてあった。


 右舷第2区画への直撃で大沼と堂島が対処した。浸水を止めた。大沼がパッチ材を当てながら「第4区画も確認しろ」と言った。第4区画に行くと汐がいた。「確認済みです」と汐は言った。工具を片付けていた。


 天嶺の9発目が艦底近くに落ちた。艦底外板に亀裂が入った。ハーゲンが換えた鋼板の横だった。換えた鋼板は無事だった。亀裂は隣の古い外板に入った。


 堂島は艦底に降りた。亀裂を手で確認した。30センチ以上あった。幅は0.5ミリ程度。浸水していなかった。パッチ材を当てた。金具を締めた。


 ハーゲンが換えた鋼板に触れた。均質な硬さだった。変わっていなかった。


 複合回路室に向かった。


 ゼロが計器に向かっていた。数字を書き続けていた。顔を上げなかった。


 「浸水速度が計算値より遅い区画がいくつかあります」とゼロは言った。「第3区画と第5区画です。パッチ材の性能だけでは説明できない数字です」


 堂島は計器の数字を見た。


 「艦体に広がったマナが浸水箇所を内側から押さえている可能性があります」とゼロは言った。「証明できていません。ただ、数字がそう言っています」


 「大沼さんが外側を押さえて、マナが内側を押さえている」と堂島は言った。


 ゼロは計器から目を離さなかった。「可能性の話です」と言った。


 10発目が来た。艦橋への直撃だった。


 「計器が1つ壊れました。操舵に問題はありません」と柴田の声が入った。


 堂島は複合回路室を出た。



 11発目が左舷第3区画に直撃した。


 第3区画に走った。大沼が先に来ていた。


 「大きい方を俺が押さえる。小さい方を頼む」


 2人で作業した。浸水が止まった。


 大沼が外板を手で叩いた。「ここの鋼板は柔らかい」と言った。「場所によって硬さが違う」


 「43年分です」と堂島は言った。


 大沼は外板を触れ続けた。何も言わなかった。しばらく触れていた。「次に行くぞ」と言った。



 12発目、13発目が続いた。


 汐の班が第5区画で先に動いた。大沼が第4区画を押さえた。堂島が艦底の金具を増し締めした。


 14発目が直撃した。


 右舷第4区画の外板だった。外板が内側に折れ込んだ。パッチ材を当てる面が均質でなかった。隙間から水が入り続けた。毎分300リットルを超えていた。


 大沼が来た。汐が来た。3人で確認した。


 「金属板を2枚、折れ込んだ形に合わせて曲げます」と堂島は言った。


 「時間がかかる」と大沼は言った。


 金属板を持ってきた。第4区画は冷えていた。金属板が動かしにくかった。


 汐が端を押さえた。黙って押さえた。何も言わなかった。


 形になった。当てた。パッチ材を重ねた。金具を締めた。大沼が外側から押さえた。


 浸水が止まった。


 15発目が左舷後部に落ちた。外れた。


 鋼花が区画の入口に現れた。


 袖口が黒ずんでいた。髪が激しく乱れていた。輪郭が少し揺らいでいた。


 大沼には見えていなかった。大沼は補修箇所を確認していた。


 「回路が光っている」と鋼花は言った。「私の中で光っている。あなたが艦底にいた時が一番強かった」


 「感じますか?」と堂島は言った。


 「壁の向こうでも。あなたがどこにいるかがわかる」


 大沼が顔を上げた。堂島が何かを見ていることには気づいていた。何も言わなかった。工具を片付けた。


 「行くぞ」と大沼は言った。


 鋼花の輪郭がまだ揺らいでいた。堂島は廊下に出た。



 「ラテリア連邦領海まで10分です」と柴田の声が艦内電話から入った。


 堂島は第2区画の廊下にいた。継ぎ目を確認していた。


 16発目が来た。右舷第1区画への直撃だった。


 走った。汐がいた。2人で作業した。浸水が止まった。


 「ラテリア連邦領海まで5分です」


 堂島は第1区画を出た。廊下を歩いた。手で触れながら歩いた。動いていない箇所を確認した。動いている箇所を押さえた。


 17発目が来なかった。


 「天嶺、砲撃を停止しました」と柴田が言った。「ラテリア連邦領海の手前で減速を確認します」


 機関の音があった。三島の声が機関室から聞こえた。「機関、まだ生きてる」


 堂島は廊下に立った。


 汐の報告が入った。「第1区画、仮修理済み。第3区画、もっています。第4区画、もっています。第5区画、継ぎ目全て押さえました」


 大沼の声が入った。「第2区画、問題なし。第6区画、異常なし」


 柴田の声が入った。「天嶺、追跡を停止しました。領海手前20海里で停船しています」


 堂島はゆっくり艦橋に上がった。


 天嶺が見えた。北の水平線に艦影があった。動いていなかった。


 通信が入った。


 「蒼嵐」と村雨の声がした。「お前たちは何を守っているんだ」


 堂島は通信機を取った。「艦と、乗組員です」と言った。


 少し間があった。


 「……堂島とか言ったな。技術顧問の」


 「そうです」


 「艦長でも何でもないお前が」と村雨は言った。「そう答えるのか」


 「艦長は不在です。私が判断しています。守っているものは同じです」


 また間があった。


 「……わからん」と村雨は言った。「お前たちが何をしているのかが、わからん」


 通信が切れた。


 窓の外に海があった。南の水平線が明るかった。


 ゼロが艦橋に入ってきた。手帳を持っていた。数字が並んでいた。「報告があります」と言った。


 「聞きます」と堂島は言った。


 「あなたが艦橋に立っているだけで、回路の光が上がっています」とゼロは言った。「艦体に直接触れていなくても。今日1日の計測で確認しました」


 堂島は窓の外を見たままだった。


 「もう1つ」とゼロは言った。「第3区画と第5区画の浸水速度の件です。数字を見直しました。偶然ではありません。何かが内側から押さえています」


 「わかりました」と堂島は言った。


 「何がわかりましたか?」とゼロは言った。


 堂島は窓の外を見た。南の水平線があった。マナリーフの方向だった。何も言わなかった。

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