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第28話 この艦の癖

 夜明け前、T艦が撃った。


 艦底への衝撃だった。砲撃とは違う伝わり方だった。下から来た。艦体全体が持ち上がるような衝撃だった。


 堂島は第2区画の廊下にいた。衝撃で壁に手をついた。


 「T艦、発射しました」とゼロの声が艦内電話から入った。「艦底への直撃です」


 「爆雷を用意してください」と堂島は言った。「投下のタイミングは私が指示します」


 艦内電話を切った。艦底に手を当てた。


 T艦の位置を感じた。真下よりやや後方だった。距離はわからなかった。ただ、方向はわかった。少し右に寄っていた。


 「柴田さん」と艦内電話に言った。「針路を5度左に変えてください。今すぐ」


 「根拠は?」と柴田が言った。


 「T艦が右後方にいます。距離を開けます」


 「了解です。針路修正、5度左」


 蒼嵐が左に向いた。


 艦底からの感触が変わった。右後方だったT艦が、真後方に移った。距離が少し開いた。


 「爆雷の準備はできていますか?」と堂島は言った。


 「できています」とゼロが言った。


 「待ってください。もう少し距離を開けます」


 T艦は追ってきた。距離が縮まった。縮まり方が一定だった。速力がわかった。蒼嵐より遅かった。少しずつ離れることができた。


 2分が経った。


 「投下してください」と堂島は言った。「真後方に3発。間隔は30メートル」


 爆雷が投下された。


 水中で爆発した。3回連続の爆発音が艦体から伝わった。


 艦底から感じていたT艦の存在が消えた。完全ではなかった。遠ざかっていた。爆発を避けて後退した。


 「T艦、後退しています」とゼロが言った。「再接近まで時間があります」


 「わかりました」と堂島は言った。


 天嶺の砲撃が来た。


 右舷中央部への近弾だった。衝撃波が来た。


 「14分、計ります」と堂島は言った。廊下を走り始めた。



 艦底への直撃の被害が出始めたのは、30分後だった。


 「右舷舵機室、浸水確認」と艦内電話に報告が入った。汐の声だった。「T艦の衝撃が艦底から伝わって舵機室の接合部が裂けました。浸水速度は毎分300リットル以上です」


 「操舵は動いていますか?」と堂島は言った。


 「今はまだ動いています。ただし浸水が続けば舵機が水没します」と汐は言った。「水没すれば操舵不能になります」


 「汐さん、班を3つに分けてください」と堂島は言った。「1班は防水布で破孔を押さえる。2班は排水ポンプを回す。3班は手作業で水を掻き出す。同時にやります。指揮は汐さんが取ってください」


 少し間があった。「わかりました」と汐は言った。


 「私は舵機の応急修理に向かいます。操舵が止まる前に間に合わせます」


 堂島は舵機室に走った。


 舵機室の扉を開けた。水が床に広がっていた。すでに20センチほどの深さだった。舵機が動いていた。油圧ポンプの音がした。


 破孔を確認した。艦底と舵機室の接合部だった。幅30センチ、長さ1メートル以上の裂け目だった。T艦の衝撃が艦底下部から上に向かって抜けた跡だった。これは大きかった。


 1人では塞げない大きさだった。


 「大沼さん」と艦内電話に言った。「舵機室に来てください」


 「今どこだ」と大沼の声が入った。


 「第5区画です」


 「1分で行く」と大沼は言った。


 堂島は資材を確認した。パッチ材を3枚出した。金属板を1枚出した。金具を4本出した。


 汐の班が入ってきた。6名だった。汐が指示を出した。「1班、こっちの破孔を押さえます。2班、ポンプをここに設置してください。3班は桶を持ってきて手で掻き出します」


 6名が動いた。指示通りだった。


 汐の声は落ち着いていた。声が揺れなかった。


 大沼が来た。状況を見た。「でかい」と言った。


 「3枚のパッチ材を横に並べて金属板で補強します」と堂島は言った。「大沼さんは右側を押さえてください。私が左側をやります」


 「金具は?」


 「4本。上下に2本ずつです」


 2人で作業を始めた。床の水が膝近くまで来ていた。汐の班の排水ポンプが動き始めた。水位が下がり始めた。まだ流入の方が多かった。


 パッチ材を当てた。金属板を当てた。金具を差した。


 天嶺の砲撃が来た。


 左舷への近弾だった。艦体が揺れた。金属板がずれた。大沼が手で押さえた。堂島が金具を締めた。ずれが止まった。


 「右側の金具を締めてください」と堂島は言った。


 大沼が金具を締めた。「これでもつか?」と言った。


 「10分はもちます」と堂島は言った。「本修理ではありません」


 「10分あれば何ができる?」


 「次の手を考えます」と堂島は言った。


 水位が下がっていた。汐の班のポンプと手作業が効いていた。流入量より排水量が上回り始めた。舵機の下部がまだ水につかっていたが、水位が下がれば動き続けられる。


 「操舵、確認してください」と艦内電話に言った。


 「舵、動いています」と柴田の声が返った。「応答正常です」


 堂島は舵機を見た。動いていた。


 汐が堂島の隣に来た。「3班の手作業で水位が下がっています」と言った。「ポンプと合わせれば、あと5分で舵機の下部が水面から出ます」


 「このまま続けてください」と堂島は言った。


 汐はうなずいた。3班に戻った。


 大沼が堂島の隣に立った。パッチ材の状態を確認していた。「今のところ保っている」と言った。


 「次の砲撃が来る前に追加の金具を入れます」と堂島は言った。


 「何分ある?」


 堂島は作業の手順を頭の中で並べた。追加金具が2本。1本の増し締めに1分かからない。パッチ材を押さえながらでも2人なら3分かからない。前の砲撃から天嶺が再装填を終えるまでに3分で収まる。


 「3分あれば終わります」と堂島は言った。「次が来る前に終わります」


 「根拠は?」と大沼は言った。


 「金具が2本。押さえながらでも1本1分半。合わせて3分です」と堂島は言った。「来る前に終わります」


 大沼はパッチ材を押さえながら言った。「わかった。やれ」


 追加金具を入れた。2本とも締まった。2分半で終わった。


 「終わりました」と堂島は言った。


 「早い」と大沼は言った。


 「慣れました」と堂島は言った。


 大沼は少し間を置いた。何も言わなかった。


 天嶺の砲撃が来た。右舷後部への近弾だった。パッチ材は動かなかった。



 舵機室の水位が下がった。


 舵機の下部が水面から出た。汐が確認した。「操舵、問題なく動いています」と報告した。


 「わかりました」と堂島は言った。


 汐は少し間を置いた。「まだ終わっていません」と言った。「防水布を増やします。パッチ材の周囲から滲みが出ています」


 「どこですか?」


 汐が指した。パッチ材の右端だった。わずかな滲みだった。堂島には見えなかった。汐が気づいていた。


 「防水布を当ててください」と堂島は言った。「右端だけで足ります」


 汐が動いた。防水布を当てた。金具を締めた。滲みが止まった。


 堂島は舵機室を出た。廊下を歩いた。


 鋼花が通路の角にいた。


 袖口が黒ずんでいた。髪が乱れていた。半身が濡れた状態だった。T艦の衝撃の後から、この状態が続いていた。


 「舵は動いています」と堂島は言った。


 「わかっている」と鋼花は言った。「汐が押さえたから」


 「汐さんが班を動かしました」と堂島は言った。


 鋼花は堂島を見た。「あなたが教えたことを、汐がやっている」と言った。「あなたがいない区画でも動いている」


 堂島は鋼花を見た。何も言わなかった。


 「下にT艦がいる」と鋼花は言った。「また撃ってくる」


 「わかっています」と堂島は言った。「先に動きます」


 廊下を進んだ。


 第3区画の外板に手を当てた。


 動いていた。


 外側からの力ではなかった。内側からの変形だった。T艦の衝撃が艦底から伝わって、艦体全体に歪みが生じていた。その歪みが第3区画の外板の継ぎ目を少しずつ動かしていた。


 まだ浸水していなかった。ただし次の砲撃か、T艦の再接近があれば開く。


 堂島は廊下を歩いた。第4区画を確認した。問題なかった。第2区画を確認した。問題なかった。第3区画に戻った。


 継ぎ目はまだ動いていた。少しずつ、砲撃のたびに動いていた。


 汐が廊下に出てきた。「舵機室の状態を報告します。水位は——」


 「第3区画の継ぎ目が次に来ます」と堂島は言った。


 汐が止まった。「第3区画ですか?」


 「外板が動いています。T艦の衝撃の余波です。次の砲撃か、T艦の再接近で継ぎ目が開きます」と堂島は言った。「先に防水布を当てておいてください」


 汐は少し間を置いた。「どのあたりの継ぎ目ですか?」


 「第3区画の艦底寄り。左舷側の継ぎ目です。外側から見ると縦方向に走っている継ぎ目があります。そこです」


 汐がうなずいた。第3区画に向かった。防水布と金具を持っていた。


 堂島は廊下で待った。


 天嶺の砲撃が来た。


 右舷への近弾だった。艦体が揺れた。


 汐の声が艦内電話から入った。「第3区画、継ぎ目が開きました。防水布で押さえています。浸水なし」


 「金具を締めてください」と堂島は言った。


 「締めています」と汐は言った。30秒後、「もちました」と言った。


 堂島は廊下に立っていた。


 汐が第3区画から出てきた。「先手を打てました」と言った。


 「それがダメコンです」と堂島は言った。


 汐は堂島を見た。「先手を打つことですか?」


 「そうです」と堂島は言った。「次にどこに来るかを読んで、来る前に押さえる。修理は後手に回るほど難しくなります。来てから塞ぐより、来る前に塞ぐ方が早い」


 「どうやって読むんですか?」


 「この艦の癖を覚えることです」と堂島は言った。「どの区画が先に動くか。どの継ぎ目が弱いか。衝撃がどこから来てどこに伝わるか。それを全部手で覚えます」


 汐は少し間を置いた。「どれくらいかかりますか?」


 「私は1年かかりました」と堂島は言った。「あなたはもっと早いかもしれません」


 汐はうなずいた。「覚えます」と言った。


 その言葉は最初の頃から変わっていなかった。ただし声の質が違った。怖がりながら言っていた頃と、今とでは違った。



 夜が明けた。


 天嶺の砲撃が続いていた。T艦は後退したままだったが、距離が縮まり始めていた。再接近まで時間がなかった。


 堂島は艦橋に上がった。


 「T艦が戻ってきます」と堂島は言った。「爆雷の追加投下が必要です」


 「爆雷の残数は4発です」とゼロが言った。「前回3発使いました。残り4発です」


 「2発使います」と堂島は言った。「残り2発は取っておきます」


 「なぜ残すのですか?」とゼロは言った。


 「T艦が1隻とは限りません」と堂島は言った。「以前ゼロさんから聞きました。T-1型が20隻、T-21型が10隻。アイゼンが保有する全数です。追跡にT艦が複数使われている可能性があります」


 ゼロは眼鏡を押し上げた。「覚えていましたか」


 「修理に必要な情報は覚えます」と堂島は言った。


 ゼロは少し間を置いた。「わかりました」と言った。「2発で行きます」


 堂島は艦底に手を当てた。T艦の位置を感じた。真後方だった。近づいていた。


 「投下してください。真後方。間隔は50メートル」と堂島は言った。


 爆雷が2発投下された。


 爆発音が2回、艦体から伝わった。


 T艦の感触が遠ざかった。今度は前回より遠くまで後退した。


 「ハルト少将は怖かったと思います」とゼロが言った。独り言のような声だった。


 「誰ですか?」と柴田は言った。


 「テルファンのT艦部隊の指揮官です」とゼロは言った。「水中でも感知されるとは思っていなかったはずです。今の指揮官も同じことを思っているでしょう」


 堂島は艦底から手を離した。T艦の感触がまだわずかにあった。遠ざかりながらも追ってきていた。


 柴田が前方を見た。「南の水平線に何かあります」と言った。双眼鏡を構えた。「艦影です。1隻。小さい。魔導哨戒艦の大きさです。ラテリア連邦の艦旗を掲げています」


 堂島は双眼鏡を借りた。確認した。ラテリア連邦の艦旗だった。小さい艦だった。


 通信が入った。ラテリア連邦の言葉だった。ゼロが通訳した。


 「ポルト・フォルティスの港湾管理官からです」とゼロは言った。「名誉旗艦蒼嵐の安全を確認するために哨戒艦を派遣しました。もし必要なら護衛します、と」


 堂島は哨戒艦を見た。小さい艦だった。天嶺と戦えるような艦ではなかった。それでも来た。


 「感謝を伝えてください」と堂島は言った。「護衛は不要です。ただし、もし私たちが傾いた時は救助をお願いします」


 ゼロが通訳した。哨戒艦から返答があった。「了解しました。並走します」とゼロが訳した。


 堂島は南の水平線を見た。


 天嶺はまだ後ろにいた。T艦はまだ下にいた。ラテリアの哨戒艦が前方に並走し始めた。


 「針路、南。このまま」と堂島は言った。


 柴田がうなずいた。蒼嵐は南に向かい続けた。

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