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第27話 機関を止めるな

 川端が降りて3日が経った。


 その3日でポルト・フォルティスの工廠と修理を進めた。第3区画の外板亀裂を本修理した。第6区画の補強も終えた。複合回路の定期点検をゼロが行い、「安定しています」と言った。艦の状態は追跡前より良くなっていた。


 4日目の朝、ラテリア連邦の港湾管理官が桟橋に来た。


 「申し訳ない」と管理官は言った。ゼロが通訳した。「瑞穂皇国から外交的な照会が来ました。蒼嵐をこれ以上保護し続けることは連邦の利益に反すると。正式な要請ではない。ただ、これ以上は——」


 「わかりました」と堂島は言った。「出港します」


 管理官は頭を下げた。「名誉旗艦称号は維持します。また来た時は受け入れます」


 「ありがとうございます」と堂島は言った。


 管理官が桟橋を戻った。


 ゼロが堂島の隣に立った。「村雨中将が動きました」とゼロは言った。「外交ルートで連邦に圧力をかけた。軍艦を使わずに追い出す方法です」


 「いつ出港できますか?」と堂島は言った。


 「修理は終わっています」とゼロは言った。「燃料と食料はある。今日の午後にでも」


 「午後に出ます」と堂島は言った。「柴田さんに針路を出してもらってください」


 ゼロは眼鏡を押し上げた。「どこへ向かいますか?」


 堂島は南の海を見た。「南です」と言った。「マナリーフの方向に向かいます」


 「天嶺が追ってきます」


 「追ってきますね」と堂島は言った。「逃げながら修理します」



 午後、蒼嵐がポルト・フォルティスを出た。


 276名が持ち場についていた。川端がいなかった。艦橋に上がった時、川端の椅子があった。堂島はその椅子には座らなかった。柴田の隣に立った。


 「針路は?」と柴田は言った。


 「南南東」と堂島は言った。「マナリーフ海域の北縁に向けてください」


 「了解です」と柴田は言った。「ただし——」


 「天嶺が追ってくることはわかっています」と堂島は言った。


 柴田は航海図を見た。「天嶺との距離は現在350海里です。我々が動けば補足されます。追いつかれるまでに——」柴田が計算した。「速力差を考えると、18時間から20時間です」


 「その間に修理できることを終わらせます」と堂島は言った。


 柴田は針路を設定した。蒼嵐が動き始めた。



 出港から6時間後、天嶺の艦影が北の水平線に現れた。


 柴田が確認した。「天嶺と水巡、2隻です。速力22ノット。18時間よりも早く追いつかれます」


 堂島は双眼鏡で北を見た。天嶺の艦影は小さかったが、動いていた。速かった。


 艦橋に通信が入った。


 「蒼嵐、応答せよ」という声だった。「こちら第一級魔導戦艦天嶺。瑞穂皇国中央艦隊司令、村雨剛中将である」


 声は落ち着いていた。感情がなかった。恰幅のいい体格の男が目に浮かぶような、重い声だった。


 「帰還命令に従い、針路を北に取れ。抵抗するならば実力行使もやむを得ない」


 堂島は通信機を取った。「蒼嵐、技術顧問の堂島です。針路は変えません」と言った。


 少し間があった。「技術顧問が艦の針路を決める権限はない」と村雨は言った。


 「艦長が不在のため、私が判断しています」


 また間があった。「艦長は?」


 「降艦しました」と堂島は言った。


 「……理由を言え」


 「艦長の判断によるものです。理由は艦長本人に聞いてください」と堂島は言った。「私は修理と航行の判断をしています。軍の指揮権についてはお答えできる立場にありません」


 通信が切れた。


 柴田が堂島を見た。何も言わなかった。航海図に視線を戻した。


 「速力を上げてください」と堂島は言った。「20ノット」


 「了解です」と柴田は言った。



 天嶺が砲撃圏内に入ったのは、出港から11時間後だった。


 1発目が来た。右舷後方200メートルに落ちた。


 「14分、計ります」と堂島は言った。


 大沼と汐が各区画の点検に向かった。堂島は機関室の前に立った。三島に声をかけた。


 「機関の状態は?」


 「異常なし」と三島は言った。「ただし、左舷の配管に昨日から気になる圧力変動がある」


 「どこの配管ですか?」


 「第3冷却水配管だ」と三島は言った。「微細な振動が出ている。亀裂の前兆かもしれない」


 「場所を教えてください」


 三島が機関室に入るよう手招きした。堂島は機関室に入った。熱かった。機関が動いていた。全体が低い振動に包まれていた。三島が配管の1箇所を指した。


 触れた。


 振動があった。不規則だった。配管の内側の圧力が変動するたびに外壁が微細に動いていた。亀裂ではなかった。継ぎ目の緩みだった。今はまだ漏れていないが、砲撃の衝撃が来れば開く。


 「増し締めで対処できます」と堂島は言った。


 工具を取り出した。継ぎ目のボルトを締めた。4本あった。3本は問題なく締まった。4本目が回らなかった。固着していた。


 2発目が来た。左舷後方に落ちた。外れた。衝撃波が艦体を揺らした。


 固着したボルトに力をかけた。動かなかった。別の工具を試した。動かなかった。


 「このボルトは?」と堂島は言った。


 「3年前から固着している」と三島は言った。「触ったことがない」


 「3本で押さえます」と堂島は言った。「圧力が上がった時に足りるかどうかは——」


 「足りない」と三島は言った。即答だった。「3本では不十分だ。砲撃が来れば開く」


 「わかりました」と堂島は言った。配管の形状を確認した。材質を確認した。機関室の資材棚を見た。金属板があった。薄い鋼板だった。締め付け金具があった。


 「この金属板を外周に巻いて金具で締めます」と堂島は言った。「ボルトが固着していても外側から締め付ければ圧力に耐えます」


 三島は金属板を見た。「やったことがない」と言った。


 「私もありません」と堂島は言った。「ただ、原理は成立します」


 三島は少し間を置いた。「やってくれ」と言った。


 作業を始めた。金属板を配管の外周に合わせて曲げた。機関室の熱の中で金属板は動かしやすかった。金具を通した。締めた。


 3発目が来た。


 右舷への近弾だった。艦体が大きく揺れた。機関室の棚から工具が落ちた。堂島は配管から手が離れないようにしながら姿勢を保った。金具が1本外れた。拾った。締め直した。


 作業を続けた。


 4本目の金具を締めた。配管全体を外側から均等に押さえていた。触れた。振動が小さくなっていた。完全ではなかったが、砲撃の衝撃を受けても開かない程度には保持されていた。


 「終わりました」と堂島は言った。


 三島は配管に手を当てた。少し間を置いた。「……悪くない」と言った。それだけだった。


 機関室を出ようとした。


 4発目が来た。左舷機関室への近弾だった。


 艦体が大きく傾いた。機関室の内壁から何かが剥がれた。配管の別の箇所から水が噴き出した。


 「浸水だ」と三島が言った。


 堂島は水の出ている箇所を見た。機関室の左舷壁面の下部だった。外板との接合部だった。砲撃の衝撃で接合部が裂けていた。水が機関室の床に広がり始めていた。


 「機関を止めますか?」と堂島は言った。


 「止めたら追いつかれる」と三島は言った。「止めない」


 「止めずに直します」と堂島は言った。


 破孔の位置を確認した。外板の接合部だった。内側からアクセスできた。ただし機関が動いている横だった。熱かった。振動があった。床に水が広がっていた。


 「大沼さんを呼んでください」と堂島は言った。


 三島が艦内電話に向かった。


 堂島は資材を確認した。パッチ材があった。金属板があった。金具があった。問題は空間だった。機関室の左舷壁面の下部は機関との距離が近かった。体を入れる隙間が狭かった。


 大沼が来た。機関室に入った。状況を見た。「狭い」と言った。


 「私が入ります」と堂島は言った。「外側から金具を押さえてください」


 「お前が入れるのか?」と大沼は言った。


 堂島は隙間を見た。入れる幅だった。


 5発目が来た。右舷への近弾だった。機関室の床の水が波打った。


 堂島は隙間に体を入れた。熱かった。機関の振動が直接体に伝わった。破孔が見えた。直径10センチ程度だった。水が流入し続けていた。


 「パッチ材を渡してください」と堂島は言った。


 大沼がパッチ材を差し込んだ。受け取った。破孔に当てた。片手で押さえた。


 「金具を」と言った。


 大沼が金具を差し込んだ。もう片方の手で受け取った。狭い空間で金具を回した。熱かった。汗が目に入った。金具が途中で止まった。角度が悪かった。体を少しずらした。金具が回った。締まった。


 パッチ材が保持された。水の流入が減った。完全には止まっていなかった。


 「もう1枚」と堂島は言った。


 大沼がパッチ材を差し込んだ。1枚目の横に当てた。金具を渡してもらった。締めた。


 水の流入が止まった。


 6発目が来た。左舷後部への近弾だった。


 艦体が揺れた。金具が緩んだ感触があった。手で押さえた。緩んでいなかった。感触の錯覚だった。


 堂島は隙間から出た。


 床の水は膝下まで来ていた。排水ポンプが起動していた。三島がポンプのスイッチを入れていた。


 大沼が堂島を見た。「どのくらいもつ?」と言った。


 「次の直撃が来るまではもちます」と堂島は言った。「本修理が必要です」


 「本修理は機関を止めないとできないだろう」と大沼は言った。


 「止められない状況では仮修理を重ねるしかありません」と堂島は言った。


 大沼は床の水を見た。排水ポンプが水を吸い上げていた。水位が下がり始めていた。


 「こんな修理は教科書に載っていない」と大沼は言った。


 「載っていません」と堂島は言った。「今考えました」


 大沼は少し間を置いた。それから小さく笑った。音のない笑いだった。堂島がこの世界に来てから大沼が笑ったのを見たのは初めてだった。


 「行くぞ」と大沼は言った。「次が来る前に第2区画も確認する」


 2人は機関室を出た。


 廊下に出ると汐が待っていた。「機関室の報告を聞いていました」と汐は言った。「第2区画の継ぎ目の状態、確認しました。2箇所に動きが出ています」


 「案内してください」と堂島は言った。


 汐が走った。堂島が続いた。



 7発目が来た時、堂島は第2区画にいた。


 左舷への近弾だった。衝撃波で第2区画の継ぎ目が1箇所開いた。微細な浸水が始まった。汐が防水布を当てた。堂島が金具を締めた。


 止まった。


 「先手を打てました」と汐は言った。


 「2箇所目は?」と堂島は言った。


 「ここです」と汐は言った。反対側の継ぎ目を指した。「まだ動いていません。ただ、次が来たら開くと思います」


 「防水布を当てておいてください」と堂島は言った。「開く前に押さえます」


 汐がうなずいた。防水布を継ぎ目に当てた。手で押さえた。


 8発目が来た。右舷への近弾だった。2箇所目の継ぎ目が動いた。汐の手の下で動いた。汐は手を離さなかった。


 「金具を」と汐は言った。


 堂島が金具を渡した。汐が締めた。保った。


 「押さえました」と汐は言った。


 廊下に出た。大沼が第3区画から戻ってきた。「第3区画は問題なし」と言った。「ただし第4区画の艦底が——」


 「艦底ですか?」


 「触れてみろ」と大沼は言った。


 堂島は第4区画の艦底に手を当てた。


 冷たかった。それだけではなかった。外側から何かが当たっているような感触があった。砲撃の衝撃とは違う。周期的だった。


 「波の共鳴ですか?」と堂島は言った。


 「違う」と大沼は言った。「波は不規則だ。これは一定の間隔で来ている」


 堂島は艦底に手を当てたまま考えた。一定の間隔。周期的。水中から来る。


 「T艦です」と堂島は言った。


 大沼が堂島を見た。


 「潜行魔導艦です」と堂島は言った。「天嶺の後ろにT艦がついています。水中から艦底を狙っています」


 大沼は艦底を見た。「天嶺と2正面か」と言った。


 「艦橋に報告します」と堂島は言った。廊下を走った。



 艦橋に上がった。


 「T艦の接近を感知しました」と堂島は言った。「第4区画の艦底からです。水中の周期的な振動です。現在位置は艦底のやや後方と見ます」


 柴田が計器を確認した。「エーテル探知には反応がありません」と言った。


 「T艦はエーテル出力を絞っています」とゼロが言った。艦橋の隅にいた。「低出力で接近する。それがT艦の戦術です。テルファンで経験しました」


 「爆雷を使用します」と堂島は言った。「投下のタイミングは私が指示します」


 「爆雷の準備をします」と柴田は言った。


 堂島は艦橋の窓から海面を見た。北に天嶺の艦影があった。南に進むほどマナリーフに近づく。下にT艦がいた。


 9発目が来た。


 今度は近くに落ちた。右舷第1区画への近弾だった。外板が揺れた。テルファンで直した箇所だった。


 「第1区画を確認します」と堂島は言った。艦橋を出た。



 夜が深くなった。


 天嶺の砲撃は続いた。14分ごとに来た。蒼嵐は逃げながら修理した。


 機関室の仮修理はもっていた。三島が2時間おきに状態を報告した。「機関、まだ生きてる」と言い続けた。


 T艦は距離を保ったまま追ってきた。艦底から感じ続けた。まだ撃ってこなかった。距離を計っていた。


 堂島は各区画を走り続けた。


 鋼花が通路の端に現れた。


 袖口が黒ずんでいた。髪が乱れていた。半身が濡れた状態だった。


 「機関室はもっています」と堂島は言った。立ち止まらなかった。歩きながら言った。


 「わかってる」と鋼花は言った。「あなたが直したから」


 「まだ仮修理です」


 「仮修理でも直したのはあなた」と鋼花は言った。「大沼も汐も走っています。3人が走っています。だから浮いてる」


 堂島は立ち止まった。鋼花を見た。


 「下にT艦がいます」と堂島は言った。「まだ撃ってきていない。来たら艦底が——」


 「来たら、その時に考える」と鋼花は言った。


 堂島は鋼花を見た。「それは私が言う言葉です」


 「あなたから覚えた」と鋼花は言った。


 堂島はそれ以上何も言わなかった。廊下を進んだ。次の区画に向かった。


 修理が終わらない夜だった。

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