第25話 降りていい
翌朝、堂島は右舷第1区画の本修理から始めた。
仮止めのパッチ材を外した。破孔の縁を確認した。変形はあったが腐食は進んでいなかった。昨夜の追跡で損傷が広がっていないことを確かめてから、工廠に資材の手配を頼んだ。ポルト・フォルティスの工廠長は2回目だったので話が早かった。「また来た」と言った。「また来ました」と堂島は言った。それだけだった。
資材が届くまでの間、第5区画の滲みを本補修した。昨夜追加したパッチ材を外して継ぎ目の形状を確認した。溶接の端が0.8ミリ開いていた。汐を呼んだ。汐が溶接道具を持ってきた。
「ここを埋めてください」と堂島は言った。「縦方向に8センチ。溶接の幅は4ミリで十分です」
汐が溶接を始めた。堂島は継ぎ目の両端を手で押さえた。溶接中に動かないようにするためだった。
汐の溶接は均質だった。テルファンの工廠で指摘されてから変わっていた。均質というのは単に綺麗なだけでなく、力が均等にかかっているということだった。継ぎ目が開こうとする力に対して、溶接が均等に抵抗できるということだった。
「終わりました」と汐は言った。
堂島は溶接の跡を触れた。問題なかった。「本修理完了です」と言った。
汐が道具を片付けた。「堂島さん」と言った。
「はい」
「降艦の返答、今日ですよね」と汐は言った。
「そうです」
汐は道具袋を持ったまま少し間を置いた。「私は残ります」と言った。「伝えておきたかったので」
堂島は汐を見た。「わかりました」と言った。
汐は第5区画を出ていった。
午前中に、3名が川端を訪ねた。
堂島はその場にいなかった。後から大沼に聞いた。
「砲術士の荒木が行った」と大沼は言った。詰所で資材の整理をしながら言った。「あと補給担当の下士官が2名。計3名だ」
「荒木さんが」と堂島は言った。
大沼は資材を積み直した。「荒木は右目の下に古い火傷の跡がある。知ってるか?」
「知っています」
「3年前の戦闘でやられた」と大沼は言った。「その時の艦長が村雨中将だった。村雨の命令で射撃を続けた結果だ。荒木はずっとそれを引きずっていた」
堂島は資材の確認を続けた。
「だから降りるのかもしれないし、だから残るべきかもしれない」と大沼は言った。「俺にはわからん。荒木が決めることだ」
「そうです」と堂島は言った。
大沼は少し間を置いた。「お前は引き止めないのか?」と言った。
「引き止めません」と堂島は言った。
「なぜだ?」
「川端さんが止めないと言ったからです」と堂島は言った。「川端さんの判断が正しい」
大沼は資材を積み終えた。「俺も引き止めない」と言った。「ただ、荒木の残弾1発の話は誰かに引き継がせる。あいつにしかわからん砲の癖がある」
「引き継ぎの時間を取ります」と堂島は言った。
大沼はうなずいた。
昼過ぎ、橘大佐からの補給手配が届いた。
ゼロが書類を持って堂島を探してきた。「橘大佐からです」とゼロは言った。「ポルト・フォルティスの瑞穂連絡事務所経由で補給記録が通っています。燃料、食料、修理資材。3品目です」
「橘咲さんが動きましたか?」
「橘咲さんではなく橘大佐が直接動いています」とゼロは言った。「テルファンの橘咲さんから北方辺境の橘大佐に連絡が行ったと思われます。補給記録の名義は辺境艦隊の定期補給として処理されています」
「定期補給として」と堂島は言った。
「蒼嵐はもう辺境艦隊に属していません」とゼロは言った。「それでも橘大佐は辺境艦隊の定期補給として記録を通した。記録上は正規の補給です。誰も止められません」
堂島はゼロが持ってきた書類を見た。数字が並んでいた。燃料、食料、修理資材の数量だった。十分な量だった。
「橘大佐には知らせますか?」と堂島は言った。
「書類を受け取ったという返信だけ送ります」とゼロは言った。「それ以上の通信は橘大佐の立場を危うくします」
堂島は書類を川端に届けた。川端は書類を見た。何も言わなかった。机の引き出しに入れた。
夕方、桟橋に3名が並んだ。
荒木誠と、補給担当の下士官2名だった。荒木は私物の袋を1つ持っていた。下士官の2名も同じだった。小さい荷物だった。
川端が桟橋に出てきた。3名と向き合った。何か短く言った。堂島には聞こえなかった。3名がうなずいた。川端が戻った。
堂島は甲板から見ていた。
荒木が顔を上げた。甲板を見た。堂島と目が合った。
荒木は何も言わなかった。堂島も何も言わなかった。荒木は右目の下の火傷の跡を、いつも通り持っていた。3年間そこにあった跡だった。
荒木が桟橋を歩き始めた。下士官2名が続いた。港の建物の方向に消えた。
堂島は甲板に立っていた。
大沼が隣に来た。煙草の欠片を噛んでいた。桟橋を見ていた。
「引き継ぎは終わりましたか?」と堂島は言った。
「昨夜のうちに荒木と話した」と大沼は言った。「砲の癖を全部聞いた。左前の砲口が0.3度右に偏る。高温時にエーテル流量が落ちる。荒木じゃないと気づかなかった癖だ」
「記録しましたか?」
「頭に入れた」と大沼は言った。「紙に書くより早い」
堂島は桟橋を見た。荒木たちの姿はもうなかった。
「いい砲術士でしたか?」と堂島は言った。
「最悪の状況で一番当てた」と大沼は言った。「残弾1発で外さなかった。それ以上でも以下でもない」
大沼は詰所に戻った。
堂島は甲板にしばらく立っていた。桟橋は空だった。港の水面が夕日を反射していた。
夜、川端が堂島を呼んだ。
艦長室だった。川端が机の前に座っていた。
「残留者の確認をする」と川端は言った。書類を見ながら言った。「降艦者3名。残留者277名」
「確認しました」と堂島は言った。
川端は書類を見たままだった。「堂島」と言った。
「はい」
「あなたは残留者の中に含まれている」と川端は言った。「ただ、私はあなたに残留を求めたわけではない。正式な辞令で乗艦しているわけでもない。もし降りたいなら——」
「降りません」と堂島は言った。
川端は顔を上げた。堂島を見た。
「修理が終わっていません」と堂島は言った。「右舷第1区画の本修理はまだ資材待ちです。第3区画の外板亀裂も経過観察中です。第6区画の補強も必要です。降りる理由がありません」
川端は堂島を見ていた。少し間を置いた。「わかった」と言った。
堂島は艦長室を出た。
廊下を歩いた。機関室の前を通った。三島の声が聞こえた。今夜も機関に向かって何か言っていた。数字だった。回転数だった。
応急工作班の詰所に戻った。
鋼花が詰所の入口にいた。
「3人?」と鋼花は言った。
「はい」と堂島は言った。
「残りは?」
「277名残りました」
鋼花は少し間を置いた。「多い?」と言った。
「蒼嵐の定員は320名です」と堂島は言った。「欠員が40名あって、そこから3名降りました。277名は多いか少ないかで言えば——」
「多い」と鋼花は言った。
「そうです」と堂島は言った。
鋼花は入口の外の通路を見た。「荒木という人が、砲を大事にしていた」と言った。「砲を撃つ前に必ず触れていた。毎回同じ場所を」
堂島は鋼花を見た。
「降りた後も、砲のことを覚えていると思う」と鋼花は言った。「その人の癖が砲に残っている。しばらくは」
堂島は何も言わなかった。
鋼花は通路を見たまま言った。「川端が今夜、甲板にいる」
「わかりました」と堂島は言った。
詰所を出た。甲板に向かった。
川端が後甲板にいた。
欄干に手を置いて、港の水面を見ていた。堂島が来ても振り向かなかった。
2人で港を見た。水面は静かだった。ポルト・フォルティスの港灯が水面に映っていた。
「明日、話がある」と川端は言った。
「何の話ですか?」
川端は水面を見たままだった。「私自身のことだ」と言った。「後日、全員の前で話す。その前にあなたに伝えておきたかった」
堂島は川端を見た。川端は水面を見ていた。表情がわからなかった。
「私はこの艦の艦長として、できることをやった」と川端は言った。「ただ、これ以上艦長として判断し続けることが——」川端が少し止まった。「この艦にとって正しいかどうかを、考えている」
堂島は川端を見た。何も言わなかった。
「明日、話す」と川端は言った。「今夜はここにいる」
堂島は川端の隣に少し立っていた。それから詰所に戻った。
修理の続きがあった。右舷第1区画の資材リストを確認した。明日の朝、工廠から届く予定だった。資材が来れば午前中には本補修を終えられる。
紙に書いた。手順を書いた。大沼に回す作業と、汐に回す作業を分けた。
書き終えた頃、港の外は静かだった。天嶺はもうここまでは来ない。今夜は静かな夜だった。
堂島は腕時計を見た。時間を確認した。それから紙に視線を戻した。




