第24話 針路、南
天嶺が見えたのは、翌朝の夜明け前だった。
北の水平線に2つの影があった。艦橋から双眼鏡で確認した。第一級魔導戦艦の艦影だった。左が天嶺、右が水巡。2隻並んで南下していた。距離はおよそ180海里。まだ砲撃圏外だった。
「視認しました」と柴田が言った。「現在の速力差を維持すれば、砲撃圏内への到達は11時間後です」
川端は双眼鏡を下ろした。「速力を上げる。20ノット」と言った。
「了解」と柴田が言った。「ラテリア連邦領海到達まで、29時間と40分です」
「天嶺が全速を出した場合は?」
柴田が少し計算した。「22ノットで追ってくれば、砲撃圏内への到達は8時間後になります」
川端は北の水平線を見た。「針路、南。このまま」と言った。
8時間後、天嶺の1番砲塔が光った。
エーテル砲Mk.IIIの発光だった。砲口から残渣雲が広がった。
「着弾まで——」と柴田が言った。
爆発が右舷後方150メートルの海面に上がった。水柱だった。命中していなかった。
「8,000メートルです」と柴田が言った。「天嶺の有効射程内に入りました。命中率は3割から4割になります」
「14分、計ります」と堂島は言った。
大沼と汐が艦底区画に向かった。最初の砲撃が来た以上、次の着弾までに点検を終わらせる必要があった。
堂島は右舷の外板を歩いた。着弾の衝撃波が海面から艦体に伝わっていた。継ぎ目の状態を手で確認した。テルファンで補修した箇所を1つずつ触れた。動いていなかった。
2発目が来た。左舷前方100メートルに落ちた。まだ外れていた。
3発目。右舷中央部に着弾した。直撃ではなかった。海面への着弾だったが距離が近かった。衝撃波が艦体を揺らした。
「右舷第4区画、継ぎ目に動きが出ています」と汐の声が艦内電話から聞こえた。
「防水扉を閉めてください」と堂島は言った。「浸水していますか?」
「まだ浸水なし。継ぎ目が開きかけています」
「押さえてください。パッチ材を1枚当てます」
堂島は第4区画に向かった。汐がすでに継ぎ目に手を当てていた。防水布を1枚持っていた。
「当て方を見てください」と堂島は言った。継ぎ目の形状を確認した。縦方向に5センチ、開きが0.3ミリ程度だった。防水布を折って当てた。上から締め付け金具をかけた。「金具を回してください」
汐が金具を回した。防水布が継ぎ目に密着した。
「これで14分はもちます」と堂島は言った。「次の砲撃の前に本補修に切り替えます」
汐がうなずいた。「パッチ材の予備はここに置きます」と言った。
「わかりました」と堂島は言った。「次が来る前に、第5区画の継ぎ目も確認してください」
汐が第5区画に走った。
天嶺は14分ごとに撃ってきた。
規則正しかった。Mk.IIIの14分ルールは蒼嵐と同じだった。発光→水柱→14分の沈黙→発光、の繰り返しだった。
有効射程内とはいえ、追いかけながらの砲撃だった。蒼嵐は逃げながら針路を細かく変えていた。8発撃って直撃は1発だった。それでも1発は来た。右舷第2区画への近弾だった。外板に変形が生じた。浸水はしなかった。ただし継ぎ目が3箇所動いた。
大沼が第2区画に入った。「俺が押さえる」と言った。「お前は第3区画を見ろ」
「第3区画は汐が——」
「汐は第5区画だ」と大沼は言った。「手が足りていない。行け」
堂島は第3区画に向かった。
継ぎ目が2箇所動いていた。1箇所目に防水布を当てた。2箇所目はパッチ材が必要だった。資材庫から持ってきた。戻った時に1箇所目の金具が緩んでいた。締め直した。2箇所目にパッチ材を当てた。
その間に天嶺が撃った。9発目だった。
左舷中央部への近弾だった。衝撃波で艦体が揺れた。第3区画の防水布が1枚剥がれた。
当て直した。
「堂島さん」と艦内電話に汐の声が入った。「第5区画、継ぎ目が4箇所動いています。2箇所目の補修が終わりました。3箇所目に取りかかっています」
「4箇所目は後回しにしてください」と堂島は言った。「今の優先度は炉心室に近い側から順番です」
「炉心室寄りの2箇所を先に押さえました」と汐は言った。「今やっている3箇所目は第3区画寄りです。確認します」
「わかりました。続けてください」
第3区画の補修を終えた。廊下に出た。三島が機関室から顔を出した。
「機関、振動が出てきた」と三島は言った。「左舷の軸受が衝撃で緩んだ可能性がある」
「増し締めできますか?」
「やってみる」と三島は言った。「ただし機関を止めずにやる。止めたら終わりだ」
「気をつけてください」と堂島は言った。
「言われなくてもわかってる」と三島は言った。機関室に戻った。
天嶺は追い続けた。
距離が縮まった。有効射程内でも距離が近づくほど命中率は上がる。6,000メートルまで詰められれば、3割から4割より高くなる。堂島はその数字を頭に置いたまま修理を続けた。
12発目の砲撃が直撃した。
右舷第1区画への命中だった。外板が抉れた。浸水が始まった。
「右舷第1区画、浸水確認」と堂島は艦内電話に言った。「大沼さん、第2区画から移れますか?」
「第2区画は押さえた」と大沼の声が入った。「今行く」
堂島は第1区画に走った。浸水速度を見た。毎分およそ200リットルだった。防水扉は機能していた。区画への流入だけを押さえればよかった。
破孔は外板の下部に2箇所あった。大きい方が直径15センチ程度だった。
大沼が入ってきた。状況を一瞥した。「大きい方を俺が押さえる」と言った。「小さい方にパッチを当てろ」
「パッチ材を」と堂島は言いかけた。
大沼がすでにパッチ材を持っていた。「先に読め」と言った。
小さい方の破孔にパッチ材を当てた。大沼が大きい方を両手で押さえた。
「金具を」と堂島は言った。
「持ってきていない」と大沼は言った。
堂島は工具袋を確認した。金具が1つあった。大きい方の破孔に使った。パッチ材と金具で塞いだ。大沼が手を離した。保った。
「小さい方は?」と大沼は言った。
「仮止めです。防水布で補強します」
防水布を当てた。2人で手で押さえた。
「どのくらいかかる?」と大沼は言った。
「3分です」と堂島は言った。「次の砲撃までに終わります」
「根拠は?」
「作業が2つ残っています。1つ1分半。合わせて3分。次の砲撃は14分ルールで8分後です」と堂島は言った。
大沼は防水布を押さえたまま言った。「計算が早い」
「修理に必要だからです」
3分かかった。防水布が継ぎ目に密着した。浸水が止まった。
大沼が立ち上がった。膝が濡れていた。「浸水率は?」と言った。
「第1区画に200リットル程度入っています。排水すれば問題ありません」と堂島は言った。
「排水ポンプを回す。汐を呼べ」
艦内電話で汐を呼んだ。汐が来た。排水ポンプを起動した。
天嶺の13発目が来た。左舷後部への近弾だった。外れた。
夕方、天嶺との距離が変わった。
縮まっていた距離が、少し開き始めた。
柴田が計測した。「7,500メートルです。先ほどより300メートル開いています」
川端が艦橋から確認した。「天嶺の速力が落ちたのか?」
「落ちていません」とゼロが言った。「こちらの速力が上がっています。三島さんが何かやったと思います」
機関室に確認した。三島が出た。
「軸受の増し締めが終わった」と三島は言った。「増し締めしたら出力が戻った。機関は生きてる。以上」
電話が切れた。
柴田が計算した。「現在の速力差を維持すれば、ラテリア連邦領海到達まで16時間です。天嶺が砲撃圏内を維持できる時間は——8時間程度になります」
川端は北の水平線を見た。天嶺の艦影がまだあった。「針路、南。このまま」と言った。
夜が来た。
天嶺の砲撃は続いた。18発目で右舷第3区画に近弾が来た。外板に亀裂が入った。浸水はしなかったが、継ぎ目が全体的に動いた。
堂島は第3区画の外板を全て手で触れて確認した。問題のある継ぎ目を3箇所特定した。汐に2箇所を任せた。堂島が1箇所を直した。
22発目の砲撃が来た時、汐が先に動いていた。
「第4区画の継ぎ目、予測通りに来ました」と汐は言った。すでに防水布を手に持っていた。「先手を打てました」
「続けてください」と堂島は言った。
汐が補修を始めた。
廊下で大沼が立っていた。腕を組んで汐を見ていた。何も言わなかった。
堂島が隣に立った。
「あいつが予測するようになった」と大沼は言った。
「はい」と堂島は言った。
「お前が教えたか?」
「教えていません」と堂島は言った。「見ていただけです」
大沼は腕を組んだまま汐を見ていた。「そうか」と言った。
夜明け前、天嶺が砲撃を止めた。
距離が開きすぎた。8,000メートルの有効射程を超えた。柴田が計測した。「9,200メートルです。砲撃圏外に出ました」
艦橋に静けさが戻った。
堂島は艦内を歩いた。各区画の状態を確認した。
右舷第1区画:仮補修済み。浸水なし。本修理が必要だが動けている。
右舷第2区画:継ぎ目3箇所補修済み。異常なし。
右舷第3区画:外板亀裂に防水布当て済み。経過観察が必要。
左舷第4区画:汐の補修済み。問題なし。
左舷第5区画:補修4箇所。うち1箇所に僅かな滲みがあった。
第5区画の滲みを確認した。継ぎ目の端からの微細な浸水だった。パッチ材を1枚追加した。
全区画を確認し終えた時、東の水平線が白み始めていた。
鋼花が通路の端にいた。袖口が黒ずんでいた。昨夜の戦闘の跡だった。髪が乱れていた。半身が濡れた状態だった。
「まだ浮いています」と堂島は言った。
鋼花は堂島を見た。「浮いている」と言った。「あなたが走り続けたから」
「大沼さんと汐さんのおかげです」
鋼花は少し間を置いた。「3人が走り続けたから」と言った。
堂島はそれ以上何も言わなかった。点検記録に書き込んだ。
午前中、ラテリア連邦領海が見えてきた。
天嶺が追跡を止めたのは領海の手前30海里だった。これ以上追えば国際問題になる。柴田が確認した。「天嶺、減速しています。追跡終了と判断します」
川端は天嶺の方向を見た。何も言わなかった。
ラテリア連邦の港、ポルト・フォルティスに入港した。2回目だった。同じ桟橋だった。港湾管理官が来た。蒼嵐の名誉旗艦称号を確認した。「保護します」と言った。
川端が全員を後甲板に集めた。
280名が並んだ。テルファンで集めた時と同じ人数だった。欠員がいなかった。追跡の間、誰も傷を負わなかった。
川端は全員の前に立った。
「昨夜の戦闘で、全員が持ち場を守り抜いた」と川端は言った。「報告する。損傷箇所は6区画。浸水は2区画で発生。いずれも応急修理済み。本修理はこれから行う」
乗組員が黙って聞いていた。
「もう1つ」と川端は言った。
甲板が静かになった。
「本国からの解体命令は生きている」と川端は言った。「私はこの命令に従わない。蒼嵐はラテリア連邦の保護下で修理を続ける。その後の針路はまだ未定だ」
誰も声を上げなかった。
「命令に従って本国に帰還したい者は、降りて構わない」と川端は言った。「引き止めはしない。この港から本国への船便を手配する。給与と階級は保証する。私から上層部に申し送りをする」
後甲板に波の音だけがあった。
「考える時間をとる」と川端は言った。「明日の朝までに答えを出すように。返答は私に直接言いに来る事」
それだけ言って、川端は艦橋に戻った。
乗組員が動かなかった。しばらく後甲板に立っていた。それから少しずつ持ち場に戻り始めた。誰も何も言わなかった。
大沼が堂島の隣に来た。「お前は降りるか?」と言った。
「降りません」と堂島は言った。「修理が終わっていません」
大沼は海を見た。「俺もだ」と言った。煙草の欠片を噛み直した。「持ち場に戻る」
応急工作班の詰所に向かった。
甲板に残った乗組員は堂島だけになった。
北の方向を見た。天嶺はもう見えなかった。水平線に何もなかった。
修理の優先順位を頭の中で整理した。右舷第1区画の本補修が最初だった。その次が第5区画の滲み箇所だった。本修理の資材を港で調達する必要があった。
桟橋に向かった。




