第21話 亀裂
先頭艦の乗員救助は傭兵艦隊が担当した。
テルファンの規則だった。中立港での戦闘後の救助は港側が仕切る。蒼嵐は関与しなかった。川端が傭兵艦隊の指揮官と通信して確認した。「任せます」と言った。それだけだった。
テルファンに戻った。接岸した。
工廠長が桟橋に出てきた。蒼嵐の右舷を見た。直撃を受けた箇所を見た。「うちの港で起きたことだ」とまた言った。昨日と同じ台詞だった。職工を5人よこした。
右舷中央部の修理は半日かかった。
直撃を受けた外板は変形していた。T-25の魚雷とは違う変形の仕方だった。エーテル砲の衝撃は外板を押し込む。魚雷は艦底から持ち上げる。修理の手順が違った。
大沼が陣頭に立って指揮した。工廠の職工と蒼嵐の乗組員が混じって作業した。汐が溶接を担当した。工廠の職工が汐の溶接を見ていた。何も言わなかった。黙って見ていた。それが評価だと堂島にはわかった。
右舷第2区画の浸水も並行して処理した。防水扉が効いていたので本修理は早かった。継ぎ目の溶接補修だけで済んだ。
夕方、ゼロが複合回路の最終調整を終えた。
「完了しました」とゼロは言った。堂島と2人で回路室にいた。「主回路との統合が安定しています。マナ反応も一定範囲内に収まっています。正式搭載と判断します」
堂島は回路の光を見た。今は手を当てていなかった。それでも光があった。弱かったが、消えていなかった。
「昨日の戦闘で回路が覚えたマナが残っています」とゼロは言った。「完全には消えない。これが正式搭載の状態です」
「私が触れていなくても動くということですか」
「動きます。ただし出力は低い」とゼロは言った。「あなたが触れると出力が上がる。触れていない状態でも最低限の機能は維持される。エーテル砲の補助出力として機能します」
堂島は回路の光を見た。この光の中に、昨日自分の手から流れ込んだ何かが残っている。
「報告書に書きますか?」と堂島は言った。
「私は書きません」とゼロは言った。「川端艦長が書くかどうかは、川端艦長が決めることです」
夜、川端が堂島を呼んだ。
艦長室だった。川端が机の前に座っていた。紙が何枚か並んでいた。報告書だった。
「座れ」と川端は言った。
堂島は座った。
「今回の戦闘の報告書を本国に送る」と川端は言った。「内容を確認してもらいたい」
川端が紙を渡した。堂島は読んだ。
戦闘経緯が書いてあった。アイゼン艦隊の偽装。テルファン傭兵艦隊への要請。魚雷命中。撃退。そして——複合回路の稼働。堂島のマナ感知能力。T-25への爆雷誘導。艦底外板越しの位置感知。
全部書いてあった。
「私のことが書いてあります」と堂島は言った。
「そうだ」と川端は言った。
「これを本国に送れば、私の能力が上層部に伝わります」
「そうだ」
堂島は報告書を見た。「書かない選択はありますか?」
川端は少し間を置いた。「ない」と言った。「私は蒼嵐の艦長だ。戦闘で起きたことを報告する義務がある。書くべきことを書かないのは虚偽報告だ」
「書いた場合、どうなりますか?」
「わからん」と川端は言った。「上層部がどう判断するかは私には決められない。ただ、隠すことはできない」
堂島は報告書を机に置いた。「私が守っているのはこの艦と乗組員です」と言った。「旗は関係ない。本国の上層部が私の能力をどう使うかも関係ない」
川端は堂島を見た。
「わかっている」と川端は言った。「だから報告書に書いている。お前が何者で、何をしたかを正確に。上層部がそれをどう扱うかは私には制御できない。ただ、事実を書くことは私の仕事だ」
「川端さんの仕事と、私の仕事は別です」と堂島は言った。
「そうだ」と川端は言った。「別だ」
2人は少し間を置いた。
堂島は立ち上がった。「わかりました」と言った。
川端は堂島を見ていた。「堂島」と言った。
「はい」
「お前がいなければ、この艦は今日沈んでいたかもしれない」と川端は言った。「それも報告書に書く」
堂島は何も言わなかった。艦長室を出た。
廊下に出た。
何かが変わった気がした。川端が間違っているとは思わなかった。川端の判断は川端の立場として正しかった。ただ、正しいことが2つあって、その2つが並び立たない場合がある。
甲板に出た。テルファンの港の灯りが見えた。
ゼロが甲板にいた。欄干に寄りかかって港を見ていた。
「終わりましたか?」とゼロは言った。
「終わりました」と堂島は言った。
ゼロは港を見たまま言った。「次はどこへ行くのですか?」
「川端さんが決めます」
「川端艦長が決める前に」とゼロは言った。「あなた自身はどこへ行きたいですか?」
堂島は港の灯りを見た。答えがなかった。この世界に来てから、どこへ行きたいかを考えたことがなかった。行くべき場所に行き、やるべきことをやってきた。
「わかりません」と堂島は言った。
ゼロは少し間を置いた。「私はあなたについて行きます」と言った。「どこへでも」
「なぜですか?」
「まだ調べ終わっていないからです」とゼロは言った。眼鏡を押し上げた。「あなたが何者か。複合回路がどこまで機能するか。この艦の精霊が何を感じているか。全部まだわかっていません」
堂島はゼロを見た。「調査対象として、ということですか?」
「調査対象でもあります」とゼロは言った。「それだけでもありません」それだけ言って、港を見続けた。続きを言わなかった。
港の水面が揺れていた。北の方向は静かだった。T-25はもう感じなかった。
翌朝、橘咲が来た。
堂島と甲板で話した。「テルファンが私の持ち場です。蒼嵐がいなくなっても、ここにいます」
「兄への伝言はありますか」と橘咲は言った。
堂島は少し考えた。「橘大佐がエーテライトの話を知っていたなら」と言った。「なぜ動かなかったのか、いつか聞きたいと伝えてください」
橘咲は少し間を置いた。「伝えます」と言った。「兄も、同じことを考えていると思います。なぜ動けなかったか、ということを」
橘咲は頭を下げた。桟橋を歩いて、工廠の方向に消えた。
川端が甲板に出てきた。堂島の隣に立った。橘咲の背中を見た。
「出港する」と川端は言った。「針路は南。ラテリア連邦に向かう」
「マナリーフに戻りますか?」と堂島は言った。
「まだ決めてない」と川端は言った。「ただ、本国の方向には行かない。報告書を送った後、上層部がどう動くかわからない。距離を取る」
堂島は川端を見た。昨夜の艦長室での会話を思った。報告書を送る。事実を書く。その上で距離を取る。川端の中で2つのことが同時に動いていた。
「わかりました」と堂島は言った。
蒼嵐がテルファンを離れた。港の灯りが遠ざかっていった。複合回路の光が回路室の中で揺れていた。弱くても、消えなかった。




