第20話 港を守れ
作業2日目の朝、複合回路の搭載は主回路への接続だけが残っていた。
ゼロが第2砲塔の回路室で作業していた。「あと2時間です。主回路に繋いで、堂島さんに触れてもらって動作確認すれば完了です」
大沼が副砲の最終整備を終えていた。荒木がエーテル回路の診断結果を川端に報告していた。修理リストの7項目が全部埋まる。あと2時間で全部終わる。
「北に艦影3隻」と柴田の声が来た。
通話管ではなかった。甲板から直接だった。声の質が違った。
全員が止まった。
艦橋に上がった。
双眼鏡を借りた。水平線に3つの影があった。大きかった。軽巡ではない。重巡だ。旗がある。ヴァランシア旗。しかし動きがおかしかった。交易路を外れている。テルファンに向かって直進している。
「針路はここへ直進です」と柴田は言った。「速力20ノット。戦速です」
川端は双眼鏡を下ろした。「距離は?」
「現在15,000m。Mk.IVなら射程内です」
「出港する」と川端は言った。「ゼロ、複合回路の接続だけ30分で終わらせろ。動作確認は出港後だ」
「出港後の確認は振動が増えます」とゼロは言った。「精度が落ちます」
「やれ」
「……わかりました」
「柴田」と川端は言った。「テルファン港務局に緊急通報。アイゼン帝国艦がヴァランシア旗を偽装してテルファンに接近中と伝えろ。傭兵艦隊の出動を要請」
「わかりました」と柴田は言った。すでに通信機に向かっていた。
出港準備と並行してゼロが接続作業を進めた。
堂島は回路室に入った。接続部に手を当てた。ゼロが配線を通した。固定した。
「繋ぎます」とゼロは言った。
回路に光が走った。不安定だった。明滅している。手を当てたまま待った。光が少し安定してきた。揺れがあった。しかし消えなかった。
「動いています」とゼロは言った。「出港できます」
係留索が外された。機関が動き始めた。艦体に振動が加わった。回路の光が揺れた。揺れながら、消えなかった。
テルファンの桟橋を離れた。
港の出口に向かった。出口の手前で止まった。川端が乗組員を甲板に集めた。
「命令ではない」と川端は言った。「個人としての判断だ。テルファンは中立港だ。ここで攻撃を受ければ、修理に来た艦船は次から来られなくなる。この港を守る理由がある」川端は全員を見た。「従う義務はない。降りたい者は今降りること」
誰も動かなかった。
大沼が煙草の欠片を噛んだ。汐が副砲の方向を見た。荒木がエーテル砲の照準を確認した。柴田が海図を広げた。
「出港する」と川端は言った。
港を出た。
北の水平線に3隻が見えた。旗が変わった。ヴァランシア旗が降りてアイゼン旗が上がった。
「旗変更確認」と柴田が言った。「アイゼン帝国・重魔導巡艦3隻。縦列陣形。先頭艦との距離12,000m——相手の射程内、こちらの射程外です」
「魚雷、準備」と川端は言った。
着水した。先頭艦が撃ってきた。蒼嵐の右舷前方150mに水柱が上がった。
「南東に転舵」と川端は言った。「速力最大。引きつけながら逃げる」
「魚雷の準備できました」と三島の声が来た。
「先頭艦に向けて発射」と川端は言った。「今すぐ」
発射音が来た。魚雷が水面下に消えた。痕跡がなかった。先頭艦は気づいていない。長射程の酸素魚雷だ。走り続ける。
蒼嵐は逃げた。先頭艦が追ってきた。縦列のまま追ってきた。また着水した。左舷80m。
「距離10,000m」と柴田が言った。
また撃ってきた。右舷後方に着水した。水柱の水が甲板に落ちてきた。
「テルファンから返信」と柴田が言った。「傭兵艦隊、出港準備中。20分かかります」
20分。逃げながら20分稼ぐ。
「距離8,000m」と柴田が言った。「こちらの射程内です」
その瞬間、水柱が上がった。先頭艦の艦底付近だった。爆発音が遅れて来た。魚雷が走り続けて届いた。
「先頭艦に命中」と柴田が言った。声が変わっていた。「停止しています。大きく傾いています」
「艦を横に向けろ」と川端は言った。「第1砲と第2砲、2隻目に照準」
蒼嵐が転舵した。横を向いた。前後両砲門が2隻目に向いた。
「第1砲、撃て」
衝撃。
「命中」と荒木が言った。「2隻目、左舷に命中。速力が落ちています」
2隻目と3隻目が動きを変えた。縦列を崩した。3隻目が左に展開した。包囲しようとしていた。
「転舵」と川端は言った。「距離を取る。第1砲のクールタイムが明けるまで逃げる」
蒼嵐が南に向いた。3隻目が回り込もうとした。2隻目が追ってきた。着水が続いた。
「3隻目が南東に展開中」と柴田が言った。「挟まれます」
2隻目が撃ってきた。直撃だった。
右舷中央部に命中した。衝撃が艦体を貫いた。堂島は回路室の壁に叩きつけられた。床に手をついた。回路の光を見た。揺れていた。消えそうだった。
艦内のどこかで誰かが叫んだ。通話管が複数同時に鳴った。
接続部に両手を当てた。
何かが来た。自分の手から何かが流れ込んだ。意識してやったのではなかった。気づいたときには流れていた。回路の光が安定した。明滅が止まった。
「右舷第2区画、浸水開始」と三島の声が来た。
「防水扉を閉めてください」と堂島は通話管に言った。「排水ポンプ起動。浸水速度を報告してください」
「了解」
「マナ反応、急上昇しています」とゼロが言った。隣で計測器を見ていた。「安定しています」
「第2砲、3隻目に撃て」と川端の声が来た。
衝撃。
「至近弾」と荒木が言った。「3隻目、展開を止めました」
「テルファン傭兵艦隊、出港確認」と柴田の声が来た。「2隻。こちらに向かっています」
「第1砲のクールタイム明けまであと何分だ?」と川端の声が来た。
「3分です」と荒木が言った。
「副砲で凌ぐ。全副砲、応戦。距離を保て」
副砲が鳴り始めた。連射だった。重巡の装甲には効かない。しかし牽制にはなる。
着水が続いた。蒼嵐が逃げながら撃ち続けた。
「浸水速度、低下しています」と三島の声が来た。「防水扉が効いています」
持っている。
「第1砲、クールタイム明け」と荒木が言った。
「傭兵艦隊、射程内」と柴田が言った。
ほぼ同時だった。
2隻目が転舵した。傭兵艦隊に気づいた。
「第1砲、2隻目に撃て」と川端は言った。
衝撃。
「命中。2隻目、右舷に命中。減速しています」
傭兵艦隊が撃った。2隻目にまた命中した。
3隻目が反転した。2隻目が続いた。先頭の損傷艦が停止したまま浮いていた。
「3隻目と2隻目、北に向かっています」と柴田が言った。「撤退です。先頭艦は停止したままです」
川端は少し間を置いた。「先頭艦に通信。救助が必要なら応じると伝えろ」
鋼花がいた。
回路室の隅だった。白い服の輪郭が揺れていた。揺れているのに消えなかった。
「あなたが来た気がした」と鋼花は言った。
堂島は接続部を押さえたまま鋼花を見た。「私はずっとここにいます」
「違う」と鋼花は言った。「今、あなたがこの艦の中に入ってきた気がした」
回路の光を見た。自分の手から何かが流れ込んだあの感触を思い出した。
「あなたがいると」と鋼花は言った。「沈まない気がする」
それだけ言って、消えた。
堂島は接続部から手を離した。
回路の光が揺れた。しかし消えなかった。手を離しても消えなかった。
「ゼロさん」と堂島は言った。
ゼロが計測器を見た。「マナ反応、残っています。あなたが手を離してもまだある。弱くなっていますが、消えていません」
2人で回路の光を見た。弱い光だった。しかし確かにあった。
ゼロが静かに言った。「回路が、覚えました」




