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第19話 複合回路

 右舷第1区画の本修理は、テルファンの工廠職工が加わって午前中に終わった。


 変形した外板の切り取りと新しい鋼板の溶接。工廠側は蒼嵐が夜中に攻撃を受けたことを知っていた。港の中での攻撃だ。テルファン側の問題でもあった。工廠長が自ら職工を3人よこした。「うちの港で起きたことだ」と言った。


 汐が一晩外板を押さえ続けていた。交代の申し出を断って押さえ続けていた。工廠の職工が作業を始めるとき、汐が手を離した。外板の縁に汐の手の跡が残っていた。押さえ続けた跡だった。


 堂島はその跡を見た。何も言わなかった。



 昼、ゼロが来た。


 工廠の資材置き場の隅に場所を取って、2人で向かい合った。ゼロは計算紙を何枚か持っていた。


 「昨夜のことを話してください」とゼロは言った。「外板に触れて何を感じたか。順番に」


 堂島は話した。螺旋状の動き。深度が変わる感触。艦底に手を当てたときの位置の感知。方向と距離の感触。次の魚雷を準備しているという感触がどこから来たのか、それは説明できなかった。


 ゼロは書きながら聞いた。何度か聞き直した。「そのとき手のひらのどの部分で感じましたか?」「距離の感触は温度ですか?それとも振動ですか?」「感知が始まる前に何か変化はありましたか?」


 堂島は答えられるものだけ答えた。答えられないものは「わかりません」と言った。


 ゼロはしばらく計算紙を見ていた。


 「マナは方向性を持ちます」とゼロはやがて言った。「エーテルは均質に広がるがりますが、マナは流れます。川のように流れます。T艦のエーテル機関は水中でマナに干渉します。あなたはその干渉を感知したということになりますね」


 「意識してやっていません」と堂島は言った。


 「わかっています」とゼロは言った。「無意識に感知しているのでしょう。だから制御できないのだと思います。複合回路はその感知を回路に乗せることで、意識的に使える状態にする試みです」


 堂島は手を見た。「私の感知を回路に流すということですか?」


 「流すのではなく、安定させます」とゼロは言った。「あなたが回路に触れているとき、マナの流れが回路内で整流されます。水路を作るようなものです。水は流れようとします。水路がなければ溢れますが、水路があれば方向が定まります」


 堂島は少し間を置いた。「それが昨夜の爆雷の精度につながりますか?」


 「つながると思います」とゼロは言った。「複合回路が完成すれば、昨夜の精度が意識的に再現できるはずです。再現できれば、訓練できます」ゼロは眼鏡を押し上げた。「アイゼン製の部品が今日届きます。午後から組み始めます。あなたに立ち会ってもらいたいです」



 午後、部品が届いた。


 第2砲塔の回路室に入った。ゼロが部品を並べた。通常のエーテル回路より精密な部品だった。アイゼンの精密技術だ。


 「触れていてください」とゼロは言った。接続部を示した。


 堂島は手を当てた。ゼロが組み始めた。


 今回は時間がかかった。30分。途中で2回やり直した。ゼロの手が止まることがあった。止まって、また動いた。


 「通電します」とゼロは言った。


 回路に光が走った。前回より安定していた。揺れがなかった。青白い光が一定の明るさで続いた。


 ゼロが計測器を当てた。「マナ反応、前回の3倍です」と言った。「安定しています」


 堂島は手を当てたまま光を見た。自分の手から何かが回路に流れているとは感じなかった。何も感じなかった。ただ光があった。


 「離してみてください」とゼロは言った。


 手を離した。


 光が揺れた。3秒で消えた。


 「やはり」とゼロは言った。それだけ言って計算紙に書いた。「これで設計の確認が取れました。あとは蒼嵐の主回路に組み込む作業です。2日あればできます」


 「2日後に間に合いますか?」と堂島は言った。


 「何にですか?」


 「T艦の別動隊が来るとしたら?」


 ゼロは少し間を置いた。「情報があるのですか?」


 「まだありません」と堂島は言った。「ただ、T-25が一度攻撃して撤退した。次が来るとしたら、1隻ではないと思います」


 ゼロは計算紙を見た。「2日で組めます。ただし最終調整は搭載後に主機を動かしながらやる必要があります。つまり出港してから調整することになります」


 「出港前に完成しないということですか?」


 「完成はします。調整が終わりません」とゼロは言った。「使えますが、精度が低い状態で出港することになります」



 夕方、橘咲が艦を訪ねてきた。


 顔が昨日より硬かった。川端、堂島、ゼロが集まった。


 「兄から連絡が来ました」と橘咲は言った。「テルファンに向かっている艦隊があります。アイゼン帝国の水上艦隊です。3隻。ヴァランシア旗を掲げています」


 「偽装か?」と川端は言った。


 「おそらく」と橘咲は言った。「兄の情報網からです。正式な確認ではありません。ただ、T-25の件と合わせると」


 「T-25が囮だった可能性があります」とゼロは言った。「蒼嵐を港に釘付けにして、別動艦隊で仕留める」


 川端は海図を見た。テルファンの位置。北の方向。「到着まで何日だ?」


 「早ければ2日です」と橘咲は言った。


 川端はゼロを見た。「複合回路の搭載は?」


 「2日あれば組み込めます」とゼロは言った。「調整は出港後になります」


 川端は海図を見たまま少し間を置いた。「修理の残りは?」と堂島に言った。


 「副砲の薬莢排出機構と、エーテル回路の全面診断が残っています。2日で終わります」


 「並行してやれ」と川端は言った。「複合回路の搭載と残りの修理を同時に。2日後の朝に出港する」


 橘咲は川端を見た。「出港先は」


 「決めていない」と川端は言った。「出てから考える」


 橘咲は少し間を置いた。「兄に伝えることはありますか」


 川端は橘咲を見た。しばらく見ていた。「神崎元大佐によろしくお伝えください」と言った。「それだけだ」


 橘咲は頷いた。川端とゼロが出ていった。


 堂島も出ようとした。


 「堂島さん」と橘咲は言った。


 止まった。振り返った。橘咲が窓の外を見ていた。港の北側を見ていた。


 「兄はエーテライトの話を知っていました」と橘咲は言った。「今朝、直接聞きました。連絡が来たとき、一緒に確認しました。兄は知っていた。いつから知っていたかは言いませんでした」


 堂島は橘咲を見た。


 「この情報を蒼嵐に届けたのは」と橘咲は続けた。「兄の指示です。兄が私をテルファンに置いたのも、蒼嵐が来ることを知っていたからだと思います。全部つながっています」橘咲は窓から目を離した。堂島を見た。「兄が何を考えているのか、私にはまだわかりません。ただ、この艦を守ろうとしていることだけはわかります」


 「橘大佐が川端さんの左遷に関わったのはなぜだと思いますか?」と堂島は言った。


 橘咲は少し間を置いた。「わかりません」と言った。「でも神崎元大佐を連れてきたのも兄です。2年間、機会を探していたんだと思います」


 堂島は何も言わなかった。


 橘咲は立ち上がった。「余計なことを話しました」と言った。「忘れてください」


 橘咲は少し間を置いた。それから小さく頷いて、部屋を出た。



 夜、鋼花がいた。


 第2砲塔の回路室だった。複合回路が組みかけの状態で置いてあった。鋼花はそれを見ていた。白い服の輪郭が定まっていた。


 「新しい回路を入れようとしている」と鋼花は言った。堂島が来ると言った。


 「複合回路です」と堂島は言った。「エーテルとマナを同時に使う」


 鋼花は組みかけの回路を見た。「マナを使う回路は初めてだ」


 「嫌ですか?」


 鋼花は少し間を置いた。「嫌ではない」と言った。「ただ」


 「ただ?」


 「昨夜、あなたが感じていたもの」と鋼花は言った。「私も感じていた」


 堂島は鋼花を見た。「T-25を?」


 「水の中で何かが動いていた。あなたが感じる前から感じていた」鋼花は回路から目を離して堂島を見た。「あなたが外板に手を当てたとき、あなたの感知と私の感知が重なった。だから位置がわかった」


 堂島は少し間を置いた。「私が昨夜感じたのは、あなたが感じていたものを受け取ったということですか?」


 鋼花は答えなかった。


 「わからない」と鋼花はやがて言った。「ただ重なった。それは確かだ」


 それだけ言って、消えた。


 堂島は組みかけの複合回路を見た。エーテルとマナを同時に使う回路。この艦の精霊がマナを感じていた。その感知と自分の感知が重なった。


 ゼロが言っていた。「水路を作るようなものです」。


 手帳を出した。「鋼花の感知と私の感知が重なった。複合回路は鋼花との接続になるかもしれない」


 書いてから、その意味を考えた。閉じた。



 翌朝、2日間の作業が始まった。


 ゼロが複合回路の搭載を進めた。大沼が副砲の整備を進めた。荒木がエーテル回路の全面診断を進めた。堂島は全部を行き来した。


 港の北の水平線を、柴田が交代なしで見続けていた。

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